第2話 彼氏じゃ有りません
食卓には、西京焼きの魚と、納豆と大根をあしらえた物が載った豆腐、もやしとスプラウトのナムル、春菊のおひたし、お揚げさんわかめの味噌汁に、大きめのお茶碗に控えめに盛られたご飯が俺の前に品良く並んでいる。
家では、せいぜい2品が食卓に並ぶだけで急な来訪でもここまで準備してくれるとはありがたいことこの上ない。
市ノ瀬さんのお母さんが、急な事で何もないので申し訳ないと謝ってくれるが、俺にしては豪勢な食事だ
市ノ瀬さんの家族構成は、ご両親と弟妹との5人家族らしいのだが、お父さんは忙しいらしく、現在は帰宅されていない。
俺は、お父さんの席に座らされ、とても座り心地が悪い。
二人の弟妹も座っているが、何かをしゃべるわけでも無く、時折ちらちらと此方を見ている。
無理もない、美人の姉が連れてきた男の容姿は、乱れた髪の毛で目を隠した冴えない男なのだから。
事前に、痴漢に遭った姉を助けたということを聞かされているが、家長の席に座っている俺にあまり良くない印象を持っているのがひしひしと伝わってきて、コミュ障の俺としては居心地が悪い、此方から話題を振ることも出来ず頭の中は、真っ白いまである。
市ノ瀬さんは、お母さんの手伝いで台所に行っているので、早く戻ってきてほしい。
市ノ瀬さんなら、家族と話をしてくれてこの場の空気を和ませてくれるに違いないと、淡い期待があるからだ。
お茶を持って、二人が台所から戻ってきた。
お母さんが「それじゃあ、いただきましょうか?」といったところで、皆でいただきますと合掌して食事がはじまった。
「貴方も災難だったわね。娘を助けてくれてありがとう」箸を置いて、最初は市ノ瀬さんに後半は俺の方に向いてしゃべると軽く会釈してくれた。
市ノ瀬さんも、箸を置くと俺に向って「あのときは、怖くてどうしたら良いか分からなかったの。助けてくれてありがとう」とテーブルに手をついてお辞儀をしてくれる。
「いえ、偶然に同じ車両に乗っていて、たまたま目撃しただけですので。当然のことをしたまでです。お礼を言われることの物ではありません」なんとか言葉を返すことが出来た。
そのことがきっかけで、電車内での事を市ノ瀬さんが説明を始めた。リーマンが執拗に体を触ってきたこと、怖いながらも抵抗していると、俺が颯爽と現れてリーマンを取り押さえてくれたこと、警察に事情を説明する間、俺がそばにいてくれて心強かった事などを説明していく。
説明では、かなり俺のことが美化されているように感じた。
体は、それなりに大きいが容姿はぱっとしない俺のことをそんな風に言われると、体中がむず痒くなる。
妹の視線が、次第に和らいでいき、尊敬の念が伺い始めた。
元から、緊張のあまり味を堪能する余裕はなかったが、視線に次第に食事が喉を通りにくくなる。
食事の途中でお母さんからとんでも発言がとびだした。
「ところで、貴方達はつきあっているの?もしそうじゃなければつきあえば良いんじゃない?」
食事中になんてことをおっしゃるの?お陰で喉につかえて盛大にむせた。
口の中の物を、噴き出さなかったのは僥倖と言える。
市ノ瀬さんが、背中をさすってくれる。背後にいるので彼女の表情はうかがい知れないが「食事中に変な事言わないで」と起こっている。
じつは、彼女の顔は真っ赤に染まっていたのだ。
お母さんは、そんな二人を見てニヤニヤとしながら「だって、貴方が男性の友達を連れてくるなんて初めてじゃないの」
「だから、痴漢に遭って暗い道を一人で歩くのが怖かったからよ」という彼女の声のトーンがいつもと違う様に感じたのは錯覚だろうか?
そんな彼女の言い訳を、軽くスルーしながら少し冷ましたお茶を俺に差し出してくれる。
俺は、それをごくごくと飲み干して一息が付けた。
妹の名は、沙羅ちゃん現在中学3年生であるが、市ノ瀬さんを少し幼くしたような美人である。姉妹だから似ててもおかしくないが、一連の様子をニマニマとにやけて傍観している。
対して、中学1年生の弟の亮輔君は、殺気だった視線を俺に向けてくる。
こいつ、口には出さないが極度のシスコンだな。
この後は、俺に対して親娘の質問責めにあった。
学年順位では十位以内であること、体にコンプレックスがあったため柔剣道を習ったこと。
身長、体重、趣味に至るまでゲロさせられた。勿論、ネット小説の事もしゃべらされたが、不思議なことに市ノ瀬さんはそのことを知っていたようで彼氏疑惑を深める原因になった。
食後の後に、豆から淹れたコーヒーをいただくと、逃げる様に帰ることになった。
市ノ瀬さんは、駅まで見送りたそうにしていたが、近いとはいえ駅からの帰りが心配だったのでご遠慮願った。
一人暮らしの女性の場合、自宅でも被害に遭うケースがあるためだ。
女性3人に玄関で見送られて家路を急ぐ。
コミュ障の俺には、他人の家での食事は苦行に近い物が有り、一杯食べたはずなのに満腹感はなかった。
駅に着くまでの間で、家に連絡を入れていないことに気が付いて、スマホを起動させる。
案の定怒られたが、クラスメートの家でごちそうになったことをいうと、やっと友達が出来たかと喜ばれた。
どんな子かといわれ、ついクラス委員長の女の子と言ったもんだから、電話の向こうでは彼女が出来たと、狂喜乱舞する声が響き渡った。
説明する暇も与えず、早く帰ってこいと一方的に電話がきれた。
帰宅後の、騒乱が目に浮かんでため息をついた。
オタクでボッチが恋をした件 モッチー @motyy
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