第30話 「父を愛した」愛された。



コンボイに別れを告げて高速を降りた。

一般道を走る。

片道1車線の県道だった。


交差点。

信号を左折する。

左にウインカーを出す。


対向車がいなくなるのを待って、ハンドルを大きく右に切る。トラックの頭が対向車線に飛び出す。

すぐに、今度は左に目一杯ハンドルを切った。



しばらく走ると石油会社の看板が見えてきた。

東京と同じく広大な敷地だ。


守衛の許可を得て中に入っていく。


石油精製・・・・プラントなどの大きなタンクが並んでいる。


入っていけば赤い棒を持った誘導員が駆けつけてきた。

停車。二言三言言葉を交わす。接舷するタンクの確認をする。


指示されたタンクの脇、白線で仕切られたところに停車しなければいけない。

ピタリと白線内に停車させなければならない。・・・・それがボクの重要な仕事だ。



ここから、バックで車庫入れに入る。



ハンドルを右に切ってバックをすればトラックは・・・・荷台は左を向く・・・・

左にハンドルを切ってバックすれば、荷台は右を向く・・・・



そう・・・・ボクが運転しているのは「大型トレーラー」だ。

全長16mにならんとする大型トレーラーのタンクローリー車だった。

全長13mのタンクローリーの荷台を、大型トラックが牽引している。

こいつの「車庫入れ」は一筋縄ではいかない。

1台の車、1台のトラックの車庫入れとはわけが違う。

・・・・言ってみれば、2両連結の電車を車庫入れするのと同じだ・・・・・それを線路なしで、だ。


よって、高度な運転技術が要求される。

最も難しい運転免許のひとつだ。


「大型トレーラー」

会社内で、同期の中では一番の早さで免許をとった。

4回目の挑戦で合格した。

・・・・父が何度も挑戦して取れなかった免許だ。

その、自分へのご褒美がGTRだった。

今日からこの車両がボクの担当だ。


誘導員の指示。

微妙なハンドル操作。

ピタリと白線内に全長16mの大型トレーラーを停めた。

大きなエアブレーキのリリース音がして、エンジンを止めた。



指示書どおりに、タンク内に各種の油種が積載されていく。

書類のやり取りを完了して、再び走り出す。

守衛に見守られながら敷地を出る。


また、東北自動車道に入っていく。


日が暮れていく。

コンボイが行く。今も昔も、日本の物流を支えているのは大型トラックだ。




父を憎んだ。

酒乱。 クズ。 クソ野郎。 負け犬・・・・あらゆる言葉で憎悪していた。



・・・・いや・・・父を憎まざるを得なかった。


虐められた・・・・・「家」の没落から理不尽なように虐められた。


・・・・しかし、本当に理不尽だったのか・・・


ボクは、自分では気がつかなかったけれど、生意気な小僧だったんだと思う。

どの学年でもクラスの中心だった。

・・・・しかし、それは、ボクの「出自」によるものだった・・・・長年に蓄積された、この地に培われた風土のようなものだった。

その「出自」に底上げをされて、ボクはクラスの中心人物になっていただけだ。


・・・・それがなければ生意気な、我の強い小僧でしかなかったんじゃないのか・・・・気がつかずに他人を傷つけていたこともあったんじゃないのか・・・・

・・・・そうでなければ、あれほど見事に掌を返されることはなかったんじゃないかと思う・・・・


・・・・いや・・・・気づいていた。

自分の生意気さを・・・・自分の我の強さを・・・ただ、それを「虐め」の原因と認めたくない自分がいた・・・・その「虐め」の理由を他に求めた。


・・・・それが父への憎悪だった。


父を憎悪することで・・・・全ては父が悪いんだと・・・・父を恨むことで自分を正当化させ・・・自分の置かれた境遇とのバランスをとっていた。


全てを父のせいにした。


虐める相手を恨むことをせず、喧嘩すらせず・・・戦いもせず・・・立ち向かいもせず・・・・ただ、ひたすらに父を恨むことだけでやり過ごした。


虐めの原因が自分にあると認めるのは、あまりに辛い。

だから、目の前のことを直視しなかった。

目の前の現実を見ず、全ては父の撒いたことが原因・・・諸悪の根源は父にあると自分を正当化させた。


・・・・そうしなければ、精神のバランスが保てなかった・・・そうしていてすら精神のバランスを崩した・・・・・物は食べられなくなり・・・・・喘息を悪化させ・・・壊れる寸前に・・・・否、すでに壊れてしまった。

なんとか、父を憎み、世間を憎むことで生きる糧とした。



・・・・そうして・・・・守のように自ら死を選ばずに済んだ。



そうだ。

ボクは、自分の命を守るために父を憎んだんだ。

・・・・全ての責任を父になすりつけ・・・・父を憎み・・・父を嫌悪することで、なんとか生き永らえた。

手首を切らずに済んだ。




すでに暗くなっていた。

真っ暗だ。

・・・漆黒の路面・・・赤いテールランプの群れ・・・またひとつコンボイに出会う。

深夜の高速道路・・・・みんなが寝静まっている深夜。走っているのは長距離トラックだけだ。

一瞬すら気の緩みが許されない大型トラックの運転。

そして重量物の荷物の積み下ろし・・・・過酷な重労働だ。



トラックターミナルに到着する。

トレーラーを駐車する。

トラック専用の施設だ。

食堂・・・・シャワー・・・コインランドリーなどの施設もある。

今夜はここで宿泊だ。



シャワーを浴び、夕飯を食べた。

歯を磨いてトラックに戻る。


・・・・星が綺麗だった。

思わず立ち止まって見上げる。


運転席で業務日誌を書く。今日の全てが終了した。


運転席の後ろ、簡易ベッドに胡坐をかいて座った。

フロントガラスからは、ズラリと並んでいるトラックが見えた。


父さんと旅をした。

日本全国を旅した。


父さんのトラックでフェリーに乗り海を渡った。


春の桜の下を父さんのトラックで走った。


夏の琵琶湖を父さんのトラックで走った。


冬の雪国を父さんの横で見た。

真っ白な世界・・・・一面の雪が吹きすさぶ中を父さんのトラックで走った。



仕切りのカーテンを閉めた。

横になる。

新車のトラックの匂いがした・・・・・



・・・・父さんと一緒に寝た。

狭いトラックのベッドで・・・・運転席の後ろの狭いベッドで、父さんに抱かれて眠った。

真冬の中・・・・それでも父さんに抱かれて温かかった。ボクには一番落ち着ける安全地帯だった。


まだ「おねしょ」の心配があった幼子だ・・・・父さんは、夜中にトイレに連れて行ってくれた・・・ボクを抱き上げ・・・時には肩車をして、一緒に星空を眺めた・・・・

父さんと一緒にご飯を食べ‥‥父さんと一緒に銭湯に行った。

父さんは、肌身離さずボクを傍に置いて仕事をしていた。

どこへ行くにも、何をするにも父さんと一緒だった。


・・・・間違いなく、父さんに愛されていた。


間違いない。断言できる。父さんに愛されていた。


父さんが直した・・・・ボクが壊した戦艦長門・・・・間違いなく、ボクは父さんに愛されていた。



・・・・父さん・・・・父さん・・・父さん・・・・・・父さん・・・知ってるよね・・・


ボクは・・・ボクはね・・・父さんが・・・父さんが大好きだったんだよ・・・



ボクが、最初に買った車はスカイラインだったよ・・・・そう、父さんが最初に買った我が家の愛車と同じだよ。

・・・・そして、今乗ってるのはスカイラインGTRだよ。

そうだよ・・・・父さんがレースでの活躍の話を・・・・トラックで話してくれた、あのスカイラインGTRだよ。

ボクは、父さんの話をトラックで聞いてるのが大好きだったんだ。


・・・・父さん・・・・父さん・・・父さん・・・


ボクは、みーんな、父さんの真似をしてるんだ。


父さんに褒めてほしくて・・・・父さんに褒めてほしくて頑張ってるんだ。




徳島で・・・・

徳島で子供たちを見た。

子供たちが供えた花を見た。


・・・・ボクは父を嫌悪していた。

見るに見かねた叔父が、ボクにアパート暮らしを勧めた。アパートを手配してくれた。


父は、晩年、阿波踊りの普及に「二拍子」を教えることに情熱を注いだ。

児童館にアイスクリームの差し入れ・・・活動費・・・・


それを支えていたのは叔父だった。


叔父とて・・・分家とて・・・本家が憎くて家屋敷を手に入れていったわけじゃない。

赤の他人・・・全くの余所者の手に渡るぐらいならとの善意から、家屋敷を購入していった。・・・・父の独立の面倒をみたのも分家だ。

・・・・失敗した後の面倒をみたのも分家だ。叔父だ。



ボクは、誰もいなかったときに父さんの祭壇に線香を立てた。

そして・・・・・子供たちが供えた花の横に「鳴門鯛」の一升瓶を供えた。



・・・父さん・・・ゆっくり飲んで・・・高い酒なんだからね・・・味わって飲んでよね・・・・もう、誰にも迷惑かけないだろうから・・・・全部飲んでいいよ・・・・



・・・・父さん・・・・

父さんのトラックで・・・・父さんの新車のトラックで、いろんな所に旅をしたよね。


父さん・・・父さん・・・


・・・・目を閉じた。


眠りに落ちた・・・・




カーテンが明るかった。

朝だ。伸びをして起き上がる。


食堂で朝食を食べた。


ベンチで缶珈琲を飲む。

飲み終わって缶を棄てた。


トレーラーの周りを一周して点検。

運転席に乗り込む。


エンジンをかける。

キーを捻る。ディーゼルエンジンが唸りを上げる。

ギアを入れ、右・・・左・・・安全確認をして走り出す。



父さん・・・

・・・・ボクが、今運転してるのは、大型トレーラーだよ。

そうだよ「トラックの王様」だよ。

今度は、ボクの運転で旅をしよう。

ボクの大型トレーラーで旅をしよう。

「トラックの王様」で、一緒に旅をしよう。



仮面ライダーのキーホルダーが揺れる。

助手席に青いグローブがふたつ。


小さいグローブは、母さんがまとめておいてくれた段ボールから出てきた。

母さんは、父さんの遺品整理のついでと言っていた・・・違うんじゃないかと思った。

前からまとめて保管してあったんじゃないかと思う。


・・・・たぶん、弟用の段ボールもあるはずだ。



父さん・・・・帰るよ。


休みになったら、また帰るよ。


今度は墓参りに帰るよ。



・・・・父さん・・・・ありがとう。





亡き父に捧ぐ。


全てのトラック運転手に捧ぐ。


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「父を愛した」父を憎んだ。 アルグ @aorag

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