妖精のたまご

にゃべ♪

爺さんの遺品

 俺の家には妖精のたまごがある。もちろん本物ではないだろう。大きさはダチョウの卵くらいのもので、その表面はカラフルで独創的な模様で飾られている。多分誰かが作ったアート作品だ。

 これはこの間亡くなった爺さんの遺品で、誰も引き取り手がなかったから貰った物。俺が子供の頃に気に入っていたからって理由だけど、正直その頃の事はあまり覚えてはいない。


 確か爺さんはこのたまごについて、妖精の里に行った時に長に認められて貰ったものだって言ってたんだよな。それと、世界に2つしかないもののひとつだとも。

 今となっては話を信じさせるための方便だって分かるけど、この設定を今でも覚えているって事は当時の俺はそれを強く信じていたのだろう。


 この妖精のたまご、今はリビングの割と目立つところに飾っている。これがあるだけで家の中が落ち着いて見えるんだ。実際、俺だけじゃなくて、妻も子供もこのたまごを気に入っている。息子には爺さんから聞いた話をそのまま伝えた。あいつ、興味深そうに目を輝かせてうんうんと何度も頷いていたっけ。


 息子にたまごの話をしてから一ヶ月が経った頃だろうか。その日の朝、何となくたまごに目をやるとそこにはいつもと違う光景が広がっていた。何と、たまごが割れていたのだ。その中身は当然空っぽ。って言うか、そもそもあれが本物のたまごのように作られていた事にまず驚いてしまう。

 俺はこれを息子の仕業ではないかと考えた。本当に中に妖精がいるのか確かめたくなったのではないかと。


 顎に手を当ててそんな推理をしていたところ、その息子本人が俺の前に現れる。


「おはよ。父さん」

「おはよ。弘樹、たまごが割れてるぞ」

「そうだよ、ついに妖精が生まれたんだ」

「は?」


 弘樹は俺の7歳の息子だ。親バカかも知れんがとても素直にまっすぐ育っている。今まで誰かに嘘をついたのを見た事もない。だからって、妖精が生まれたなんてファンタジーをすぐに信じられるほど俺は純粋ではなくなっていた。ただし、話を合わせる事は出来る。大人だからな。


「その妖精は?」

「僕の近くでふわふわと浮いているよ。名前はマムルって言うんだ。よろしくだって」

「ごめん、父さんには見えないんだ」

「やっぱり? マムルもそう言ってるんだよ。本当だったんだ」


 どうやら、たまごから生まれた妖精は弘樹の至近距離にいるらしい。そう言う設定って事でいいのか? 俺は対応を間違えないように、取り敢えず愛想笑いを浮かべた。これで合っているか分からないけど……。


「で、弘樹と妖精さんは仲良しなのかな?」

「うん。僕こんな素敵な友達が出来て嬉しい!」

「そ、そっか。良かったなぁ」

「じゃあね、父さん」

「妖精さんにもよろしくなぁ~」


 楽しそうに笑いながら去っていく弘樹の背中に向けて、俺は力なく手を振った。正直息子がああなるなんて想定外だ。俺は今後の事も含め、妻に相談しに行った。

 彼女は先に妖精の事を告げられていて、信じる事にしたのだそうだ。


「あの子が今まで嘘ついた事がある?」

「いや、ないけど……」

「じゃあ信じてあげましょうよ。私達の子供なんだから」

「そ、そうだな……」


 正直、妻はそう言う不思議な事を信じやすい傾向にある。彼女の本棚にはそれ系の本が割と並んでいるのだ。俺もいくつか手にとって読んでみたけど、どれも物語のファンタジーの設定のようにしか思えなかった。俺も子供の頃は割とそう言う話は好きだったんだけどな。


 妖精のマムルと友達になった弘樹は、事あるごとに俺達にマムルから教えてもらった事を報告してくれた。ただの空想話なら逆に微笑ましかったものの、その話がどれも聞き覚えのあるものだったから逆に困ってしまう。そう、妻の持っていた本に書かれていた事と同じ事を話していたのだ。弘樹の手の届くところにあの本は置いていないし、そもそもあの手の本に興味を抱いた事すらない――はずだ。これは一体どう言う事なのだろう。


 弘樹はそれからも不思議な事をし始める。庭で野良猫を呼んだり、カラスや野鳥達と楽しく話をしていたり。たまに何もないところに話しかけているから、その辺りにマムルがいるのだろう。そう言う事が続いたため、俺も妖精の存在を信じるしかなくなっていた。

 ただ、こう言う事が起こると心配になるのは彼と周りの子達との関係だ。いきなり友達が理解出来ない事をし始めたらどうだろう? いじめ――にまで発展しないにしても、自然に距離は離れていくのではないか。そうなってしまってからではきっと遅い。


 心配になった俺はそれとなく弘樹に近付き、さりげなく探りを入れてみる。


「妖精さんは友達にも見えているのかい?」

「それがね、僕にしか見えていないみたい……」


 そう話す息子の顔はうつむき加減で淋しそうだ。ただし、いじめを受けているとか、そう言った雰囲気はまだ感じられない。話をするのは今しかないと、俺は覚悟を決めて我が子に向き合った。


「あのな。あんまり妖精の事をみんなに言うんじゃないぞ。見えないって言われてもそれを受け入れるんだ。嘘つきだって言われても……」

「大丈夫。マムルからも同じ事を言われたから。自分の言う事を信じてもらえないのが普通だって。信じてもらえなくてもいいって」

「それで……お前はいいのか?」

「うん、だって僕には見えるから。それでいいんだ」


 俺が心配するよりも先にマムルが先手を打ってくれていた。きっと弘樹の事を思っての行動なのだろう。まだ生まれたばかりだろうに、何て気遣いだろうか。俺は見えない妖精に向かって軽く頭を下げた。通じてはいないかも知れないけど……。


 次の日、弘樹がいつにもなくしょんぼりしていた。妖精関係でポカはしないはずだったのにどうしたと言うのだろう。俺はすぐに息子のもとに駆け寄る。


「あのね。昨日の夜に妖精の里から迎えが来て、マムル、帰って行っちゃった」

「そうかあ。それは淋しいなあ」

「うん。その日はもっと先だって聞いてたのに……」


 落ち込んでいる息子を俺はうまく慰めきれない。どんな言葉をかけていいか分からずにオロオロしていると、そこに妻がやってきて弘樹を優しく抱きしめる。ワンワンと泣く息子と全てを受け入れる母親。ああ、こう言う事なんだなぁ。俺は正しい答えを目の前で見せられてただただ目頭が熱くなる。

 母親に抱きしめられてひとしきり泣いた弘樹は、すっと気持ちを切り替えて現実を受け入れる。我が子の小さな成長を目にして俺はもう一度感動した。


 マムルがいなくなったから不思議な出来事も終わったのかと思いきや、その教えは健在で、今でも弘樹は動物達と話すし、たまに不思議な事を口走る。つまりそれが妖精がいた事、つまり妖精の実在を強く俺に印象付けていた。


「あのね、今日隣のミーヤちゃんが地震の話をしてた。最近は仕組みが変わって大地震は簡単には起こらなくなったんだって」

「そ、そうか。すごいな」


 ミーヤちゃんと言うのは隣の家で飼われている元保護猫の黒猫だ。猫ってそんな事まで知ってるのか……。目をキラキラと輝かせて報告する息子を見ていたら、そう言う才能があってもいいと思える。将来何かの役に立つといいけど、変なのに騙されないように俺も気を付けないといけないな。



 しばらくして、ネットニュースである話題が大きく取り上げられていた。とある芸術作品が80年ぶりに発見されて、それがオークションで高額取引されたと言うものだ。興味本位で記事に目を通すと、そこにあった写真に写っていたのはウチにあった妖精のたまごと瓜二つ。驚いた俺はその記事をじっくりと読み返した。


 記事によると、オークションに出された芸術作品は高名な芸術家が心血を注いで作った最高傑作で、2つ作られたもののすぐに消えてしまったらしい。今回見つかったものはその内のひとつで、専門家は失われたもうひとつも血眼になって探しているのだとか。その作品の名前は『妖精のたまご』。

 記事を読んだ俺は、昔聞いた爺さんの話を思い出していた。もしかしたら、あの話って――。



(おしまい)

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