想像力をもりもり掻き立てられる、不思議な『穴』

 昔から庭にあった「正体不明の蓋」を開けてみたら、どうも地球の反対側まで繋がっているっぽい、ということに気づいてしまった人のお話。
 ショートショートです。日常に突如として湧いた不思議というか、むしろ不条理とでもいうべき存在に悩まされる人の物語。地球の裏側までつながっていると思しき『穴』という、誰しも一度くらいは妄想したことのあるであろうものに、でもここまで引きつける力の強い物語をつけてしまう、その感性の鋭さに舌を巻く思いでした。
 アイデアそのものも面白いのですけれど、好きなのは読んでいる最中の感覚です。細かいところで共感させられるというか、主人公に対する「わかる」だけでグイグイ引っ張られてしまう、〝この感じ〟がもう本当に楽しい! まずもって『蓋』を全然気にしていなかったところから、それに手を出すまでに至る流れが実に見事で、そこからはもう完全にされるがまま、すっかり物語に乗せられてしまいました。
 恐ろしく不条理で、また一応、地球規模のスケールの非現実を描いているのに、あくまで『僕』(主人公)の日常の感覚で進行してゆくというのも良い。特に中盤、「何かを落としてみたい」という願望に悩まされるところなんかはもう共感しかなくて、またそのために出された彼の〝前科〟の、そのエピソードの小気味良いことと言ったら! ホラー的なお話には結構「やっちゃいけないこと(タブー)」が出てくるものですけど、それを普通に実行してしまう感覚が本当にわかるというか、むしろ応援したくなるというのは初めての経験でした。なにこれすごい。
 日常がしっかり感じられていればこそ、より浮き立って見える不条理。あるいは、不条理のフィクションとしての強さに引っ張られないよう、読み手の皮膚感覚をリアルに繋ぎ止めておく〝錨〟としての日常。それを武器として脳内に備えている感性と、そのまま文字にしてしまえる技量。どの角度から見ても掌編ホラー巧者の仕業としか言いようのない、非常にまとまりの良いショートショートでした。