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@altyhalc

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「y公園で炊き出しがあるってよ」

 ヒロトが言った。その表情に悪意は見て取れない。ユウはヒロトの言っていることは真実だと判断した。

 ホームレスとして生きるには思考をシンプルにする必要がある。毎日生きるか死ぬかの戦いをするなかで、余計な考えは命取りになるのだ。嘘か真か、差別か同情か、敵か味方か、危険か安全か。瞬時に見分けて判断する癖が染みついていた。

 「もう始まっているから、早く行かないとジジイ連中に全部食われちゃうよ」

 ヒロトは慌てている。

 ジジイ連中とは、y公園を住処としている中年のホームレスたちのことだ。

ユウはジジイ連中が嫌いだった。炊き出しがあれば、満腹になろうとし、公園の敷地を我が物顔で独占している。自分たちの立場を理解していないのだ。

ホームレスが恥ずかしく惨めなものとして、隠れるように生きるユウにとって、彼らの図々しさは腹立たしいものだった。

 「炊き出しっていつからやってるの?」

 ユウは尋ねた。

 「さあ、30分くらい前からじゃないかな。ハジメが教えてくれたんだ」

 ハジメは、ユウやヒロトと同じ若いホームレスだ。ジジイ連中のように定住地を持たないホームレスは、細々と支え合いながら生きていくしかない。だが、小さなコミュニティで得られる情報は、ジジイ連中のものより乏しく不正確だ。

 「それじゃあ、もう間に合わないんじゃないかな」

 ユウは半分諦めていた。

 「はあ、やっぱりそうかなあ」

 ヒロトの顔が曇った。


 公園に着くと、予想外に炊き出しに並ぶ人は疎らだった。ユウとヒロトは最後尾に並んだ。

 「お、調子はどうだ?ヒロト、ユウ」

 ジジイ連中の一人、川上が話しかけてきた。シケモクを咥えて薄笑いを浮かべている。その顔は卑しい。

 「今日は何でこんなに人が少ないんですか?」

 ユウは、川上の言葉を無視して、疑問に思っていたことを尋ねた。

 「知りたいか?じゃあ、ついてきな」

 川上が踵を返して、肩で風を切って歩きだす。ユウはついていくことにした。

 「あ、ちょっと」

 制止するヒロトに、自分の分の炊き出しも貰うよう頼んだ。卑しいジジイたちが食べ物以上に求めるものに興味があった。

 川上に付いていくと、20人くらいの中年ホームレスが円系にたむろしていた。ユウは、その人混みをかき分けながら、円の中心まで進んだ。

 果たして、そこには一人の女が立っていた。

 年は20前後くらいだろうか、白い肌と大きな瞳が美しい。服装は白シャツにジーンズという格好だったが、シャツはまだ綺麗な白で、ホームレスのそれとはまるで質が違うものだった。

 「よお、彼女も今日からホームレスなんだとよ。んで、住む場所がないっていうんで我がy公園で一緒に暮らそうって誘ったわけ。ユウ、オマエ童貞だろ?2万持ってくれば、やらせてやるよ」

 川上が、欠けた歯を剥き出しにして笑った。川上の顔は期待に満ちていた。ユウにはそれが、気味悪くてたまらなかった。


 その夜、ユウは眠れずに高架下で佇んでいた。ヒロトとハジメが寝ている空き家に行けば寝床には困らないが、どうしても眠る気分にならない。

 y公園で見た、女の顔と川上の表情が、頭から離れなかった。一体、川上は、何を考えていたのだろう。

 「ねえ」

 突然耳元で囁かれたユウは、驚いて振り向いた。

 そこには、y公園の女が立っていた。シャツは皺だらけになり、表情も心なしか荒んでいた。

 「君、公園で私のこと見てたよね。君もホームレスなの?」

 ユウは頷いた。

 「じゃあ、私も仲間に入れてよ」

 女が続けた。

 「ちょっと待ってよ、君はy公園に住むことになったんじゃないの?」

 「最初、住んでいいよって言われた時はラッキーって思ったんだけどね。それで、お礼にやらせてよって言われたんだけど、まあいいかって思った。いざ、川上ってヤツの段ボールハウスでエッチしようとしたら、どうなったと思う?急に10人くらいの男がなだれ込んできたの。そんなの聞いてない。集団レイプだよ」

 ユウには、状況が理解できなかった。身につけていたはずの判断力は、最早失われていた。

 「ねえ、抱いて」

 女は、徐にユウのズボンを脱がせて、ペニスを咥えた。瞬間、思わぬ暖かさと刺激で、ペニスから尿ではない何かが飛び出した。初めての経験だった。

 「もう出ちゃったの。はやすぎ」

 女は、ユウが出したものを地面に吐き出した。その動作には、軽蔑と失望が滲んでいた。ユウは強い屈辱を感じた。

 「ごめんなさい」

 ユウは、その場を一目散に走り去った。そして、走りながら判断した。女は冷たい、敵だ、差別だ、嘘だ、危険だ、と。

 

ユウは、ヒロトとハジメが寝る空き家のドアを開けた。

 「ユウ!一体どこに行っていたんだよ、心配してたんだぞ!」

 ヒロトは、ユウを見るなり叫んだ。ヒロトは自分を待っていた、寝ずに待っていてくれた。そう思うと、涙が出てきた。今までヒロトのこともどこか信頼しきれていなかった自分が情けなくなった。

 「そんなとこに立ってたら風邪ひくぞ」

 ヒロトは、自分がくるまっていた小さな毛布にユウを請じ入れた。そして、そのまま眠ってしまった。

 ユウはゆっくりとヒロトのズボンを下ろして、ペニスを咥えた。それは自分のものよりも太くて長く、立派だった。

 「ちょっとユウ、何してんだよ、止めろよ」

 ヒロトは眠そうな掠れ声で笑った。勿論、傍らで寝ているハジメにも気づいていた。でもその存在さえ、ユウを興奮させていた。

 「ねえ、ヒロトは僕のこと好き?」

 「何言ってんだよ、当たり前だろ」

 ヒロトは、ハッキリと言った。

 ユウは、嬉しさで心が張り裂けそうだった。


それから、ユウは、ヒロトと共に空き家に定住するようになった。当初はハジメも一緒だったが、ユウとハルトの雰囲気を察して、いつの間にか出て行った。

帰る家と人を手に入れただけで、生活は豊かに感じられた。


いつものように空き家に帰ってくると、中から男女の嬌声が聞こえた。ユウは不安な胸騒ぎを感じつつ、ドアを開けた。

果たして、ハルトが女と抱き合っていた。女は、y公園の女だった。

ユウは力が抜けて、その場に頽れた。

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