第79話 各々の道へ

「君たちは全員合格だ。よかったね」


 なんだかとてもあっさりとした様子で合格を告げられてしまった。もちろんある程度予想できていたとはいえ合格できたこと自体はうれしい。


 だが、こうもなんの盛り上がりもなく、さらっと伝えられてしまうと、なんとなく嬉しさが半減してしまうような気もする。


「お、おお...やった...のか?」

「...なぜ、疑問形なんだ」


 微妙そうな表情のウシクに、無表情なソールが突っ込む。まあ、その気持ちはわからんでもない。


「ほら、これ。ギルドカード、作っておいたから」


 そんなウシク達の様子には全く頓着せず、ギルドマスターは手に持っていたギルドカードを全員に配り始めた。


 ワロウは自分に渡されたギルドカードをしげしげと眺める。そこには確かに”Dランク”と記載されていた。


 今度は条件付きではなく、きちんとしたDランクのギルドカードだ。これを手に入れるためにどれだけ苦労したことか...


 自然と達成感が自分の中に湧き上がってくる。ワロウにとってこのような感覚は久しぶりだった。


「いやぁ...これがDランク冒険者の証か...」

「ちょっと感動ものね...これで私も一人前...」


 ウシクとアンジェは自分の手に持っているギルドカードをうっとりと眺めている。彼らの言うようにDランク冒険者と言えば一人前として扱われるランクだ。


 FランクからEランクに上がる時とはだいぶ違う。EランクとDランクは半人前か一人前のどちらかなのだ。


 一方で、ソールの方はギルドカードを一瞥すると、そのまま自分のかばんの中に放り込んでしまった。ギルドカード自体にはあまり興味がないらしい。


 そして、当然と言えば当然だがキール少年にもギルドカードが渡された。キール少年は今までギルドカードを持っていなかったのでこれが初めてのギルドカードだ。


「これが...ギルドカードですか...」

「おうよ。どうだ?初めて持ってみた感想は?」

「...何とも言えませんね。うれしいような...これで終わってしまったのかという寂寥感か...不思議な感覚です」


 キール少年の冒険者生活はこれで終わりなのだ。これからはまた、バングニル家の一族としての生活が始まる。それが少し寂しいのだろう。


 しかし、ワロウはその発言が少し気になった。まるでワロウたちとキール少年の関係もこれで終わりかのような言い方だったからだ。


「別に冒険者を続けなくたって、オレたちの関係が変わるわけじゃねえだろ?」

「...そう...ですか。そう言っていただけると...嬉しいです」


 ワロウの言葉に少しうつむきがちになっていたキール少年の顔にかすかではあるが笑みが浮かぶ。


 別にキール少年がバングニル家に戻ろうとも、ここにいる仲間たちは一緒に死線を潜り抜けてきた仲間なのだ。


 昇格試験という1日限りの短い間でのパーティだったが、その関係はそう簡単に離れてしまうものではない。


「それに...また、いつか。一緒に冒険できるときも来るかもしれねえしな」

「...そん時はもっと楽な奴で頼むぜ。今回みたいなのだったら命がいくつあっても足りねえよ」


 ウシクは少しうんざりしたような顔で言った。いくら冒険好きの冒険者といえども今回の件は流石に容量を超えてしまったらしい。


 強敵との二連続の戦闘。ワロウだってなんど死にかけたかわからない。ワロウとしても今回のような冒険は流石に勘弁願いたかった。


「なーに言ってんのよ。最初のレッドウルフならまだしも、あの化け物からは逃げてただけじゃない」

「その逃げるってのがヤバいんだろうが!あれで俺の精神がどれだけ削られたことか...」

「ああ...ウシク、足遅いもんね。全員で逃げてたら真っ先に食べられてたわよ」

「...ちょ、ちょっとやめろよ...想像しちまっただろうが...」


 ウシクとアンジェがじゃれあっていると辺りが徐々に混雑し始めた。ここはギルドのど真ん中なのだ。ずっとこの人数で突っ立っていると邪魔だろう。


「ほら、そろそろ移動するぞ」

「ああ、邪魔になっているからな」


 ワロウとソールが全員を急かしてギルドの隅の方へと移動する。時間はすでに昼を回り切っていて、依頼を終えて、報酬を受け取ろうと受付に並ぶ冒険者達もちらほらと見える。


「お前らは...これからどうするんだ?」


 ふと気になったワロウはウシク達に今後のことを尋ねた。


「...そうだな。俺はこの町の冒険者だからな。パーティに戻って細々とやっていくさ」


 ウシクはこの町所属の冒険者だ。この町である程度は過ごすことになるのだろう。


 ただ、本人も外の世界を見たくないというわけではなさそうなので、ワロウのように十数年間も同じ町に居続ける...ということはなさそうだ。


「アタシはとりあえず自分の町に戻る予定よ」

「同じく、だ」


 アンジェとソールは元々この町の冒険者ではなく、昇格試験を受けるためにこの町まではるばるやってきたのだ。


 昇格試験が終わった今、戻らない理由もないのだろう。せっかくDランク冒険者となれたのだから故郷に錦を飾るという意味でも戻りたいはずだ。


「方向はどっちの方なんだ?」

「アタシは南東の方よ」

「...ここからまっすぐ西の方だ」


 残念ながら北に行く仲間はいなさそうだ。ということは、残念ながら彼らとはここでお別れということになる。


「...じゃ、ここでお別れってわけだな」

「そうねぇ...ま、ちょっと名残惜しい気持ちはあるけど...」


 出会いがあれば別れもある。特に冒険者はそのサイクルがとても早い。臨時パーティなどで見知らぬ人間と組まされたりすることなぞ日常茶飯事だからである。なので、冒険者はそこまで深い人間関係を築くことはあまりない。


 とはいえ、今回の臨時パーティは強敵への共闘によって、いつもよりもずっと強い絆で結ばれていた。だが、それをずっと惜しんでいるわけにもいかない。それぞれにはそれぞれの道があるのだから。


「...じゃあな。また、いつか会おうぜ」

「ええ。また、お会いできるのを楽しみにしておきます」

「おう!」

「またね~」

「...ああ」


 そしてワロウたちはそれぞれの方向へと歩を進めた。これから先はまたそれぞれが別の道を歩んでいくのだ。その道はまたいつか交わるかもしれないし、一生交わらないかもしれない。


 まさに神のみぞ知る...といったところだろうか。

 

「よし...じゃあ、行くか?」


 去っていくウシク達の後ろ姿を見つめながら、隣にいるレイナに声をかける。レイナはその言葉を待っていたかのように力強く頷きを返す。


「ああ!行くとしようか」


 次の目的地はネクト。ここから少し北の方へ行ったところにある町だ。

 これでようやくワロウはかつての仲間と再会するための旅の、次の一歩を踏み出すことができるのである。


「あ、ごめん。ワロウ君...だっけ?ちょっといいかな?」

「....」


...残念ながらその一歩は、すんなりとは踏み出せなさそうではあるが。

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