第4話 3人目

 弊社のトイレは清潔で広々としている。

 洗面台の鏡を見ながら、長乃おさのは化粧を直していた。

 隣の二人の後輩、三戸みと海美うみ四村しむら栄香えいかが、沈んだ表情で鏡を見つめている。

 

「どうしたの? 二人とも」

 

 話しかけると、三戸が辛そうに、

 

「仁平さん、昨日の夜いきなり倒れたんですよね?」

 

 四村が深くうなずき、

 

「一谷さんもずっと連絡ないって。どうなってるんだろう」

「二人とも彼氏もいて順風満帆だったのに」

 

 最近の人は繊細で優しい。でも世の中には、深入りしないほうがいいできごともある。

 そこで、話題をズラすことにした。

 

「彼氏といえば、三戸さんも彼氏できたのよね。きれいな顔した」

 

 三戸の頬に、さっと朱が差す。

 

「なんで知って……」

 

 四村がニンマリした。


「だから三戸さん最近ますますきれいになってるんだね」

「私、別に……」

「写真みせてよ。美男美女カップル見たい」

 

 モジモジした三戸と、ニヤニヤの四村と、笑顔を張りつけた長乃は、トイレから出ていく。

 閉まっていた個室のドアが、わずかに開いた。間からのぞく猫のような目が、スッと細められる。




 今日は待ちに待った土曜日。

 娯楽施設が入ったビルの12階に、ガラス窓から都会を一望できるカフェがある。窓際の席で、三戸はソワソワと人を待っていた。さっきから、スマホと、腕時計と、外のビル街を、順ぐりに見ている。

 

「遅いなぁ」

 

 彼から誘ってくれたのに。この後の映画のチケットも買ったのに。いつもはマメな連絡もいっこうに来ないし。

 

ビリリリリリリリリリリリリリリリリリリリ 

 

 突如鳴り響いた警報に、飛び上がる。

 けたたましいベルに混じり、無機質な合成音声も流れた。

 

『火事です。火事です。火事です』

 

 嘘でしょ?

 いつのまにか、焦げた臭いと、黒い煙が、店内にジワジワと広がっている。

 騒然とした雰囲気が、店内を支配した。

 他の客たちにまじり、急いで非常階段へ駆け寄った。が、入り口の扉は開かない。エレベーターも動かない。理由はわからない。


「開かないぞ!」

「早く消防車呼んで!」

 

 絶望の涙を浮かべた三戸の足元に、黒い煙が忍び寄る。

 

 

 

 黒い煙の渦巻くビルを、別のビルから眺めている、小柄な女がいた。

 

「あともう少し。私は完璧になれる」

 

 そのビルの下の地上もまた、騒然とした空気に包まれている。

 三戸の彼氏が、きれいな顔を叩き割って、血だまりの中に倒れていたから。

 

 

 小柄な女の姿を、離れたビルの屋上から、背の高い女が、双眼鏡で見つめていた。

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