第3話 2人目

 壁の時計の長針が、カチッ、カチッと時間を刻む。

 長針と短針が、12の数字の上で重なった途端、社員たちはモゾモゾと動き出した。

 外へ食べに行く者。デスクでお弁当を広げる者。お昼の過ごし方はさまざまだ。

 長乃おさのの隣の、同期の仁平にへい恵理が、不思議そうに尋ねてきた。

  

「一谷さんどうしたんだろうね? 無断欠席なんて今までなかったのに」

「疲れてるんじゃない? 仕事続きだったし」

「でも連絡くらい入れてもよさそうだけど……」

 

 真向かいの席の最川円は、カラフルで可愛らしいお弁当を楽しんでいた。

 仁平は鮮やかな弁当に目を見張る。

 

「それ最川さんが作ったの? クオリティ高すぎない?」

 

 最川は謙遜し、

 

「……それほどでも。五島さんのお弁当に比べたら、ねぇ」

 

 長乃のデスクには、売り物のようなお弁当が、白色の照明に煌めいていた。

 長乃は首を横に振る。

 

「そんなことないわ。恵理のおかずのほうがおいしそうじゃない。見るたびにクオリティが上がってる」


 仁平はニヤッと、自分の弁当に視線を落とした。

 おこわ。にんじんの前菜。鶏の照り焼き。手作りのプリン。レストランのメニューのような華やかさがあった。

 最川は猫のような目を細め、仁平の弁当を観察。その様子を、長乃も観察。

 

 

 

 夜の居酒屋は、客たちの賑やかな声で満ち溢れていた。

 仁平は社外の友人たちと、気分よく食事を楽む。

 この店は自分が選んだ。料理と食べ歩きが趣味の自分の、穴場スポット。

 よく見つけたね、と、みんな褒めてくれる。好きなことを極め、認められるのは幸せだ。

 新しく運ばれてきたジョッキに、上機嫌で口をつけた。頼んだ記憶のないハイボール。でもおいしいからいいか。

 ジョッキを運んできたのが、小柄で愛らしい顔立ちの女性店員だということに、アルコールを飲み込んでから気づいた。

 心臓がドクンと、一際大きく鼓動した。途端、胸から激しすぎる痛みが広がる。痙攣けいれんで指から滑り落ちたジョッキの破片が、ハイボールと一緒に、床に飛び散った。

 自分自身も耐えられず、椅子から落ちる。

 

 

 店内は一気に混乱し、騒然とする。

 救急車が呼ばれ、みな、慌ただしく動き回った。

 気配を消して何食わぬ顔で店を出る、小柄な女の店員に、誰も気にも留めない。

 店を出た女は路地裏に隠れ、服を脱ぎ捨てた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る