第5話 4人目

 無数の雫が窓ガラスを叩く。雨粒で歪んだ都会の光が、外の景色を青白く包みこんでいる。

 口に笑顔をはりつけ、黙って仕事をする長乃は、そんな無機質な都会の風景が好きだった。

 窓辺に立った、長乃おさのの後輩の四村しむら栄香えいかも、雨の激しさに目を凝らしている。彼女は好きだから景色を見ているのではなく、物思いに耽っているようだ。

 

「四村さん、あのファイルまだ作れてないですか?」

 

 最川さいかわまどかの声に、四村は我に返ったらしい。

 

「ごめん。考えごとしてて」

「みんなのこと? 残念ね」

 

 最川が詳しく言わずとも伝わったようで、四村は考え深げに頷いた。

 彼女の視界には、映っているのだろう。デスクで楽しそうに仕事をする一谷や、おいしそうにお弁当を食べる仁平や、きれいな顔を赤らめて、スマホを見ている三戸の姿が。

 

「なんでこんなことに。誰も何も悪いことしてないのにどうして」

 

 外の雨は激しくなる。四村の目からは涙が溢れる。

 長乃は手を止め、真剣な表情と、深刻な声音を作った。

 

「そうね。私もそう思うわ」

 

 垂らされた共感の綱に、四村はすぐしがみついた。

 

「ですよね。警察は事故だっていうけど絶対おかしいです。うちの部署の人ばっかり何人も」

「ええ、その通りよ。もしも人為的なものなら、私は犯人を絶対に許さない」

 

 四村も頷く。何度も何度も。

 

「私も許せません。捕まえたら、絶対……」

 

 さっきから最川が、目を細めて四村を見つめているのに、気づいていないんだろう。

 最川のほうも、長乃から見られているのに、多分気づいていない。


 

 

 駅のホームの屋根の間から、暗い雨雲のかかった夜空が見える。雨粒とひんやり湿った空気が入りこみ、肌にじっとり張りつく。

 黄色の点字ブロックの上に立ち、四村栄香は電車を待っていた。まだ滲む涙をこすり、鼻水を啜る。

 今日は落ちこみすぎて、仕事に集中できなかった。しっかりしないと。みんながいない穴を、自分が埋めなければ。

 線路の奥から、電車が轟音を立てて接近する。

 四村は気づかなかった。背後に、猫のような目の、小柄な女が立っていることに。

 背中に女の指先が触れる、ほんの一瞬前、ようやく感じた気配に振り返った。

 刹那、驚く。至近距離にある、見覚えのあるかわいらしい顔にも。少し後方の人混みにいる、ほほえみを浮かべたきれいな顔にも。

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