第6話 最後

現在〇〇線は人身事故の影響で遅れが発生しており……

 

 降りしきる雨。駅の喧騒を背に、傘をさした最川さいかわまどかは、水たまりを踏む。

 これで完璧になれる。あと一仕事すれば。あの完璧な女をどう殺してやろう。

 思案しながら、人気のない歩道橋まで歩む。ふと立ち止まった。

 歩道橋の真ん中に、背の高い女が、傘をさして立っていた。

 五島長乃。最後のターゲット。

 長乃は仏のような、優しい優しいほほえみを浮かべ、尋ねてくる。

 

「四村さんを殺したのはどうして?」

 

 できるだけ冷静に、

 

「なんのことですか?」

「あなたより性格がよかったから?」

 

 表情を変えたりはしない。

 

「なんのことがわかりません」

 

 そのまま、長乃の横を通りすぎようとした。

 すれ違いざま、傘を持っていないほうの手をグッとつかまれる。

 

「……っ」

 

 普通の男の力より強い。腕を捻じ曲げられ、片手の袖に隠していたナイフを、あらわにされた。

 刺そうとしていたの、最初から見抜かれていたか。

 長乃は笑顔のまま、早口で、


「私にはわかるわ。一谷さんはあなたより仕事ができたから。仁平さんはあなたより料理がうまいから。三戸さんはあなたよりかわいいから。違う?」

 

 顔を背けた。見抜かれてしゃくに触るのは、殺人の事実より……。

 

「同じ部署の自分より何かが優れた人間を殺していたのよね」

「……私が異常だって言いたいの?」

 

 異常だって言いたいんだろう。

 あんたに何がわかる? 何もかも完璧なあんたにはわかんないだろうね。

  

「私はね、親が厳しかったの。なぜできないの? こんなこともわかんないの? 完璧じゃないと自分が許せない女のできあがり」

「へぇ」

「自分が完璧じゃない屈辱に耐えられないの。いつでも一番でいなきゃ不安なの」

「そう」

「完璧じゃない自分も、私より完璧な人間も、殺してやりたいくらい大っ嫌い!」

「ふーん」

 

 間抜けな返事が、余計に神経を逆撫でした。

 普段から鍛えている腕の筋肉に、怒りと恨みと全力を込め、ナイフの先を長乃に向ける。

 

「あんたもだ!」

「……っふ。フフ。アハハハ」

 

 長乃がいきなりケラケラ笑ったものだから、一瞬混乱した。

 

「わかるわ! よくわかる! やっぱりあなたは私と同じだったのね」

「……?」

「私もそうなのよ。私も去年部署で一番成果を上げた睦月むつきさんを、こうやって」

 

 手首をつかんでくる手が、万力より強くなった。最川の首のほうへ捻られる力に、抗えなかった。

 手の中のナイフが、最川の首をかき切った。

 

 

 

 雨粒は、下の道路に落ちた女の死体から、流れる血液を洗っていく。自らの首を、自ら握るナイフでかき切ったような、女の死体。

 長乃は歩道橋の上から見下ろす。

 

「ありがとう。あなたは日々成長していくみんなを殺して、私の完璧の助けになってくれた」

 

 結構好きだった。彼女のこと。

 

「でも私、自分より完全犯罪が得意な人がいたら困るの。だって私が完璧じゃなくなるでしょ」

 

 心からの笑顔を浮かべ、歩道橋を降りていった。

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完璧な女 Meg @MegMiki34

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