凍えるほどにあなたをください◇◇◇文芸部
八重垣ケイシ
凍えるほどにあなたをください
「今回のお題は難しいな。『凍えるほどにあなたをください』か。これはどうすればいいのか」
「こんなお題を出すなんて、文芸部の部長、お前に本気になってヤンデレ化してるんじゃないか?」
「だから俺と部長はそんな関係じゃ無くてだな。それよりこのお題はいったいどうすりゃいいんだ?」
「お題の中に反するのが入ってるのが、難しいポイントかな」
「反するものか。凍えるほどに、というワードがな。人が触れあえば暖まるものだから、あなたを求めた結果に凍えるというのがどうしたものか。温もりをくださいというなら解るんだけど」
「こういうのも視点を変えれば発想が変わる」
「お前だったらどんなのがある?」
「冷凍ポケモン、ゲットだぜ」
「凍えるものを欲しがってた!」
「お題にどこまで沿えるかわからんが、例えば凍えるで凍死」
「おい、死んじゃってるぞ」
「ある女が凍死の死体を発見する。その事件を切っ掛けでイケメンの刑事さんと出会い一目惚れ、というのはどうだ?」
「それがどうしてお題の『凍えるほどにあなたをください』に繋がる?」
「この女はイケメン刑事に会いたくてたまらない。だけど会う方法が分からない。また凍死の死体を発見したら会えるかも? と考えた」
「おい、なんだかヤバイ感じになってきた」
「イケメン刑事に会うために、この女は人を殺して凍死体にする事件を繰り返すようになる。というのはどうだ?」
「誰かまともな男女のアプローチを教えてやれ」
「だがまともではない恋の情熱が物語として人を酔わせたりする。愛する人に会うために放火した八百屋お七は、歌舞伎に日舞、浮世絵と、放火の大罪人なのに様々な分野で題材になった」
「あったな、そういうの。日本の古典に。恋の狂気か」
「今回のお題ではそういう闇と言うか病みのある女性が題材になるのが多いんじゃないか? この手のストーリーで男が主役だとキモイってなったりするし。こういうところで女は得かもな」
「そういや、貞子も女だよな。男でそういうホラーは無いか?」
「13日の金曜日のジェイソンは続編では男のようだけど、一作目の殺人鬼の正体は息子への愛情の為に狂った母親だ」
「女の情念、コワー」
「他に『凍えるほどにあなたをください』で思い付くのは古典SFか」
「このお題でSFになるのか?」
「ある男が宇宙飛行士として遠くの星に調査に行くことになる。行って帰ってくるのにざっと百年かかる」
「スケールが宇宙だ。百年か」
「恋人を地球に残していくわけだ。ところでウラシマ効果というのは知ってるか?」
「光の速度に近づく程に流れる時間は遅くなる、ってヤツだろ。浦島太郎にちなんでウラシマ効果って呼ばれてる」
「宇宙飛行士が行って帰ってくるのに本人に流れる時間は約十年としとこうか。その間に地球に残された恋人には百年の時間が過ぎる。宇宙飛行士の十年後は地球で待つ恋人の百年後になる」
「そうなるとかなりのお婆ちゃんになってるか、寿命で死んでるかになるな」
「この恋人は再び宇宙飛行士と生きて会うために冷凍睡眠するんだ」
「冷凍されたまま時を止めて彼を待つのか」
「こういうのは古典SFではわりとあるんじゃないか?」
「なるほど。このお題だと悲しい恋か狂った恋をイメージしてしまうけれど、SFにもなるのか」
「現代でもできるぞ。これも女が主役か。愛する人が不慮の事故で死んでしまう。彼を忘れられない女はある日、その彼が生前、精子をバンクに預けていたことを知る」
「不穏な感じがするぞ。その凍結精子を手に入れようとするのか? その二人の関係は男の家族が反対してて、女が合法的に彼の凍結精子を手にいれられなくて、それでも諦められず仕方無く盗み出すとか?」
「話ができてきたな。そして盗み出した凍結精子で自分と死んだ彼の子供を作ろうとする。そのときには窃盗犯として手配されてて、女には人工受精できる医師を見つけられない、とか」
「『凍えるほどにあなたをください』うわ、想像しちまった」
「ファンタジーなら魔法で相手を氷漬けにしてお持ち帰りとか」
「サイコなファンタジーだな、おい」
「童話の原典なんてサイコなものが多いぞ。シンデレラだってガラスの靴を穿くために足の指を切ったりとか。現代人の感覚だとサイコでも、当時の文化風習ではたいしたことでも無かったりする」
「ヘンゼルとグレーテルも子捨てが当たり前の時代の話だったっけ」
「避妊具の普及してない時代には、子捨て子殺しが有るのも仕方が無いという時代だからな。貧困の家庭をなんとかしようとするなら、避妊具、避妊薬を簡単に入手できるようにして、人工妊娠中絶の無料化が必要になる。この点は日本が先進国の中で遅れている分野か」
「そういや、海外では学校の保健室で無料でコンドームが配られるとこもあるみたいだ」
「『凍えるほどにあなたをください』と言うのが山に捨てられた凍死寸前の子供で、『あなた』と言うのが理想の優しい親だったりとか」
「せつない話になってきた」
「このストーリーで言うと完成形はマッチ売りの少女か」
「このお題の優秀賞はあの古典の名作になるのか」
「凍える、つまり体温が下がることが相手を求めた結果になるというのは、例えば雪女に惚れた男とか」
「出たな雪女」
「俺の愛で溶かしてやるぜ、とか言い出したり」
「それ、どこの女性向けマンガの俺様男なんだよ」
「他に体温が下がることを求めるとなると、ダウナー系の麻薬になるか」
「ヤバイのが出てきたな。しかし、今回のお題だとラブコメとかは難しいのか」
「なんだ? ラブコメでなんか考えてたのか?」
「いやそこまで考えてないけれど。思いついたのはアイスクリームで」
「アイスクリームでどうなる?」
「先輩に憧れる女の子がいて、その女の子が作ったアイスクリームを先輩は、これは美味いと褒めるんだ。女の子は先輩を喜ばせようとアイスクリーム作りに入れ込むというのを考えて」
「それでその女の子は凍えるほどにアイスクリーム作りに没頭するのか。で、オチは?」
「そのオチが思いつかないんだよ。どう発展すればいいのか」
「そうか。じゃ、その先輩は手芸が趣味というのはどうだ?」
「手芸が趣味? ということは、アイスクリーム作りに凍える女の子にマフラーやチョッキを編んでプレゼントするとか?」
「『凍えるほどにあなたをください』に繋がらないかな?」
「繋がるかもしれないが、オチとしては弱いような」
「だよな。なのでところが、その先輩は手芸が趣味だが、センスは壊滅的にダメというのはどうだ?」
「接続詞が何かおかしいが、センスの悪いマフラーとかチョッキとか作って、女の子にプレゼントするのか?」
「女の子は憧れの先輩から貰うマフラーやセーターに喜ぶんだが、そこに編まれたネズミかウシかわからない、可愛くない謎の生き物に困惑するんだ」
「ふむ……? 『凍えるほどにあなたを、くぅ、ダサイッ!』わー、ギャグにされたー!」
凍えるほどにあなたをください◇◇◇文芸部 八重垣ケイシ @NOMAR
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます