4区

 平塚中継所は134ハイパーストレートのほぼ終端部にあり、4区の担当ドライバーはすぐに大磯東インターで下道へ降りなければならない。そこはたった1車線しか無い狭いランプで、だから今年も3台が数珠繋ぎになっていた。

 先頭で蓋をしているのは、法政大学のプリウスPHV。次に東洋大学のカローラが連なっていて、最後尾には日本体育大学のシビックが付けている。攻防入り乱れる10番手争い。この中で最もフラストレーションが溜まっているのは、挟まれた東洋大学の蓮沼選手だ。

「クソっ、法政大学! こうなるんだったら無理して抜くなよ!」

 そもそもどうしてこのような状況になったのか、その答えは134ハイパーストレートにある。3区の藤沢までは東洋大学のカローラがリードをしていたのだが、茅ケ崎合流で法政大学のプリウスPHVがカローラに追い付く。そしてバトルをしている内に日本体育大学のシビックまで後方から争いに加わり、三つ巴のハイスピードバトルとなった。

結局この勝負を制したのはハイブリッドパワーを注ぎ込んだプリウスPHVであり、トラスコ湘南大橋で見事10位を獲得。しかし花水川橋カルーセルまでにバッテリーの充電を全て使い切ってしまい、4区スタート直後から失速。運悪くその時点で既に大磯東インターへ入り込んでいたので、こうして3両編成のトレイン状態になったという経緯だ。

 そして大磯東インターで特筆すべきことが、曲率の厳しい2つのS字セクションだ。まず1つ目は134ハイパーストレートからの分岐、側道へ進入するポイントで折れ曲がっている。ここはまだ線形が直線にも近いのでクリアできるのだが、問題は2つ目のアンダーパス。国道134号・西湘バイパスを斜め45°に横断する必要があるため、強い減速を要するS字コーナーが配置されているのだ。

 プリウスPHVも1つ目のブレーキングで多少は回生できただろうが、それが10番手を守る武器にはならない。東洋大学のカローラも同じハイブリッド車だが、こちらはバッテリー残量が潤沢だった。蓮沼選手はひたすらに法政大学の後ろを眺めるしかなく、同時に日本体育大学からかなり煽られていた。

「日体大も日体大だ……前のプリウスが見えてるんだろ、俺もこれ以上はスピードを出せない! 一体何をそんなに焦って――」

 そこまで悪態をついたところで、彼はバックミラーの中に1つの異変が起きたことに気付く。小さすぎて今まで良く見えなかったが、シビックの後ろにもう1台居るのだ。関東学生連合チームのコペンが、この集団に追い付いてきた。

「マジかよ、あれ連合チームだろ!? 何で10位争いに首を突っ込むんだよ……!」

 彼らが来年のシード権を獲得することは不可能なので、順位を求める意味はどこにも無い。だというのに法政大学以下3台に姿を見せつけては、これから抜かんとプレッシャーで殴ってきている。

 何て事の無いストレートを抜け、先頭のプリウスPHVがようやく2つ目のS字を曲がり始める。若干アンダーステアが出ているところを見ると、法政大学はタイヤにまで酷いダメージを負っている。トラスコ湘南大橋で無理をしすぎたか、それともあれは消える前のロウソクの強火だったのか。

 今となってはそれもどうでもいい、蓮沼選手は気持ちを切り替える。文句を言ったところでプリウスPHVは道を譲ってくれないのだから、手負いの相手を軽々と抜くだけだ。このS字カーブを抜けた先、待ちに待った対向車線が現れる。そこを使って法政大学に並びかけて、後は国道1号までにオーバーテイクすればいい。筋書きはもう頭に浮かんでいる。

 仮に誤算があるとすれば――それは恐らく、このことなのだろう。

「右に移るぜ……コペンも右に来るのか!? 張り付かれる……っ!」

 東洋大学が法政大学を抜くのと時を同じくして、関東学生連合チームが日本体育大学に勝負を仕掛けたのだ。

 2台と2台がサイドバイサイド、右レーンの2校に勢いがある。次は大きく右へ曲がる高速コーナー、そして大磯駅入口交差点で左に曲がらなければならない。リズムが狂わされそうな変速S字が、大磯駅前に身を潜めていた。

 蓮沼選手のカローラは迷わず、高速コーナーでイン側からプリウスPHVを抜く。迷っている暇は無い、背後では同様にコペンがシビックをパスしていた。そしてカローラとコペンのテールとノーズが、勢い余って軽く接触する。つまり、関東学生連合チームの方が速いということだ。

「認められるかよ……にわか仕立てのチームだよなぁっ!?」

 大磯駅入口交差点への進入、東洋大学はブレーキを踏みながら左車線へ入る。直角に曲がる低速コーナー、これでイン側は確保できた。コーナリングスピードは負けているのかもしれないが、曲がってしまえばまた直線がある。そこならばハイブリッドが軽自動車に負ける訳がない。天はまだ彼を見放していない。

 カローラがイン側を保持しているので、相手のコペンは右の対向車線に留まらざるを得ない。いくら向こうの方が一段階速くても、低速コーナーのアウト側では勝負権も手に入らないはずだ。そして大磯駅前歩道橋が見え、蓮沼選手がステアリングを左へ倒す。

 次の瞬間、同じタイミングでコーナーへ進入したコペンが、アウト側から弾丸のようにカローラをオーバーテイクした。

「大外刈りだぁっ!?」

 ショックを露にする蓮沼選手。こんな狭い低速コーナーで、しかも軽自動車にアウトから抜かれた。プライドを酷く傷付けられた。

 こうもあっさりとコーナーで先行されるということは、スピードのレベルが2段階以上違ったのだろう。恐らく大磯東インター2つ目のS字、あそこの立ち上がり加速からここまで繋いできている。そして大磯駅入口交差点も、大外刈りだというのに立ち上がりのことを重視したライン取りだった。脱出側の国道1号に右折レーンがあり、交差点近辺は一時的にかなり広かったから成せた芸当だ。

 ショックと低速コーナーから立ち上がれないカローラは当然コペンに付いていくことが出来ず、それどころかさざれ石交差点の高速コーナーで更に突き放される。後ろのプリウスPHVとシビックも彼と同様のようで、誰もあのコペンに追い付くことが出来なかった。


 国道1号・東海道の大磯区間には、東海大学病院が近くに立地している。そのこともあって東海大学はこの4区をホームコースとしており、今運転しているヴェゼルの鶴川選手がセクター新記録を更新しつつあった。

「どけよどけどけ、ここは俺たちのお膝元だぁ!」

 何台抜く気かと彼に今問えば、トップを目指すと返ってくるだろう。現在はまだ5番手の身だが、前の國學院大學はもう食らいつける距離に居る。後続の駒澤大学と帝京大学が全く離れないのも気がかりだが、鶴川選手はバックミラーに目もくれず、ひたすら前方に集中すると心に決めていた。

 東海道松並木の中央分離帯、順路と対向車線とが一時的に大きく分かれる。先行の國學院大學リーフは車線を変えて対向車線へ転線したが、東海大学のヴェゼルはそのまま直進し左車線を選んだ。後続の2台もカルガモ親子のように付いてくる。

 丁度、2区の高島アンダーで同じ展開があった。この東海道松並木は緩く左にカーブしており、左車線の方がイン側になるので線形が良くなる。しかし海側の方が微高地となっており、若干のアップダウンが待ち構えているのだ。対して対向車線はアウト側に膨らむものの、高低差は小さく比較的平坦である。

 航続距離に不安を抱えるEVならば、対向車線を選ぶのも無理はない。一方で回生電力に飢えているハイブリッド勢は、なるべく縦断曲線を選んでガソリンを電力に変えようとする。そしてどちらのルートが速いのか、それは線形を見れば明らかだった。

 東海大学以下3台が、國學院大學のリーフをオーバーテイク。中央分離帯に隔てられているので、肉弾戦の1つも無かった。2区のHonda eと同じく、もしや乱戦を嫌って進路を譲ったのだろうか? もしそうだとしたら、5区での逆襲が恐ろしい。次のドライバーに言伝をしよう。鶴川選手が心にそう留めて、次なるターゲット、東京国際大学のCT200hに照準を定める。

 あのクルマはこれまで何台かとのバトルを経ていて、多少は消耗しているのだろう。松並木を過ぎたストレートでも、かなり簡単に追い付いてしまった。もうバッテリー残量が心許なくて、ピークパワーがかなり落ちているのか。

 それならば鶴川選手が仕掛けるべきポイントは、数百メートル先に転がっている。旧吉田茂邸の隣、上りの高速右コーナー。この時のために溜めた回生電力を、東海大学は一気に投入する。

 前走のCT200hは彼の目論見通り、この上りコーナーで大分失速していた。もう登坂する余力すら残っていない。それならば短期決戦を決め込み、一思いに刺してやるのが礼儀だ。

 対向車線へと進路を変えて、東海大学以下3台が東京国際大学をオーバーテイク。バトルによる消耗を最低限に抑え、こうしてヴェゼルは表彰台圏内へと楽に上り詰めた。

「箱根駅伝ストリートGPは、やっぱりどう転がっても耐久レースだ……序盤に調子の良かったクルマが、次々とその戦闘力を失っている。だからこうして中団から虎視眈々としてりゃ、後半の4区で十八番が回ってくるって算段よ!」

 ここがホームコースということもあるが、東海大学の走りは実際とてもクレバーだった。例えば神奈川大学のノートは1区と2区でMVPを取るような勢いだったが、続く3区ではタイヤのデグラデーションが酷くて失速。その内シングル入賞圏外にまで後退するだろう。

 また長らくラップリーダーだった早稲田大学のルーテシアも、中盤の3区で明治大学のマツダ3に競り負けた。これもマネジメントの問題であり、安全圏を牛耳っていたところで明治大学から不意打ちを食らい、134ハイパーストレートでかなり消耗してしまっていた。レースの筋書きを丁寧に紐解いていけば、こうして中団に居たはずの東海大学がもうルーテシアに追い付いている経緯も納得できる。

「さぁこんにちわだぜ、2位の早大さん! こっから一緒に東海道をエンジョイしようぜ!」

「変なのが来た……変なのが来たっ!」

 早稲田大学4区担当の茅場選手は、後ろから眺めていても分かるほどに動揺していた。それだけ今の鶴川選手は、まるでボブスレーが迫ってくるかのような恐怖の弾丸としてミラーに映った。

 場所は六所神社入口、右手に大きな鳥居が見えるストレート。この先は左の高速コーナー、そして塩海橋の下りS字カーブ。どう上手く調理してやろうか、鶴川選手が数秒でプランを立案する。相手が勝手にプレッシャーを感じてくれているのなら、そこに漬け込んで譲ってもらうのが得策だろう。

 まずは左高速コーナー、ルーテシアがアンダーステアになりセンターラインを割りながら走る。相手は1年生だろうか、とても素直に動揺してくれる。それならばこちらが打つ手は1つ、アグレッシブに攻め続けることだ。

 イン側がぽっかりと空いてしまっていたので、そこを埋めようとヴェゼルが割り込む。片側1車線の狭い東海道、緊張の糸が張り詰めるサイドバイサイド。路側帯を占有しながら、ルーテシアはセンターラインを跨ぎながら、二宮駅へ向けての直線を疾走する。沿道の巨大な松の傾きも、風圧で真っ直ぐに矯正されそうだった。

 やがて塩海橋へのアプローチ、緩い下りを4台で駆け抜ける。ここの中速S字は1つ目まで下りで、入口にはイン側にバスベイがあり少々広い。そのバスベイへヴェゼルが突っ込み、最初のコーナーでブレーキング。左へ曲がりながらやがてリリースして、右足をアクセルへと置き換える。そして次の右コーナーが見えたところで、ルーテシアの加速が一瞬だけ鈍った。

 茅場選手は2つ目のコーナー内側に封じ込まれて、クリッピングポイントに衝突してしまう錯覚に襲われたのだ。

 ここは中速コーナーになっているので、脱出側の見通しが少々悪くなっている。加えて外側のヴェゼルがアウトインアウトを決めるような動きを見せれば、並走するとイン側にルーテシアが通れるほどのスペースが残らなくなるのだ。当然鶴川選手もクリーンに勝負したいだろうから、1台分のスペースを残してくれはするだろう。しかしそれでは足りないのだ。

 クリッピングと東海大学とで車線の幅が2メートル以下に制限されてしまっては、ハイスピードでのアウトインアウトが決められない。より低速で曲がらなければ、アンダーステアを出して外側のヴェゼルに当たってしまうことになる。そうなればダブルリタイアは必至、誰も得しないアクシデントとなる。

 加速が鈍った早稲田大学の左を、東海大学以下3台が通過してゆく。ドラテクやマネジメントで挑まれたのではない、完成された心理戦で敗北したのだ。

こうしてルーテシアは一気に5番手にまで後退し、東海大学のヴェゼルは2番手。首位の明治大学マツダ3はもう見えている。スリップストリームを限界まで効かせて、モーターの力で必死に追い付く。もう王座はすぐそこにあった。

 東海道線と並走する道を往き、徐々に彼我差を切り詰めてゆく。このポイントは完全なストレートというよりも、ほんの僅かにだが右へ左へと線形がうねっている。走っていても見て取れはするが、減速するようなコーナーではない。だからスリップストリームもフルに使えて、押切坂上交差点でマツダ3のリアハッチに少しだけ触れた。

 ここからは中村川まで一気に下り、左の中高速コーナーを曲がって押切橋へ。明治大学にピタリと張り付くが、今度の前走者はラインが中々膨らんでくれない。Gベクタリングコントロールの自信と、後はドライバーの肝が太いのだろう。ここまでプレッシャーを掛けても全く動じていない。いい勝負が出来そうだ、こいつを抜けばもうバトルはしなくていい。全力で挑むのみ、鶴川選手が前だけを見据える。

 東海大学のヴェゼルはこのコーナーで外側に飛び出し、橋を越えた先の右カーブにおいてのイン側を抑える。ここは急減速の伴う中低速セクション、明治大学は確か3区でブレーキング勝負を制覇している。ラインのスイッチングこそあれども、ここでは分が悪くてヴェゼルも直接抜きに出ない。相手のリアバンパーを横に舐めるようにして、内側のラインから左へと膨らむ。

 ここで鶴川選手が勝負に出た。相手よりも速くアクセルを開けて、左側から一気に捲くし立てては並びかける。その先にあるのは左行きの曲がり道、とても緩いが立派な高速コーナー。押切橋からの立ち上がり加速で、マツダ3に対してクロスラインを仕掛けた。

 東海大学以下3台が、明治大学のマツダ3をオーバーテイク。コーナーの連続するテクニカルセクションで、立ち上がりのバトルをヴェゼルが見事に制した。

 相手のマツダ3の動きを見るに、2つ目の中低速コーナーでブレーキング勝負が起こると予想していたのだろう。押切橋で限界まで突っ込んでいたが、東海大学はそれに付いていくだけで張り合いはしなかった。そしてライン取りを立ち上がり重視のものに切り替えて、読みを間違えた明治大学の隙を突く。今度は心理戦とテクニックを高度に融合させて、東海大学の鶴川選手は遂に暫定首位へと躍り出た。青山学院大学に奪われた総合優勝をこの手に取り戻すため、後続車両を一気に突き放してゆく。

 しかし奇妙なことに、駒澤大学のC-HRと帝京大学のXVが、スタートからずっと背中から離れてくれなかった。


 東海大学病院は確かに大磯にあるが、東海大学のキャンパス自体は平塚市の北側、殆ど秦野のような地域に建っている。東海道よりもむしろ国道246号の方が近く、最寄り駅だって小田急の秦野側だ。そのため彼らにとってのホームコースは、むしろ246の方だろう。

 同じ国道246号をホームコースとして持つ駒澤大学の宮崎選手は、前で浮かれている東海大学を見て呆れていた。

「おいおい、ここは俺たちの大好きな246じゃねぇ……天下の国道1号(キャピタル・スタンダード)なんだぜ? そんな田舎臭い山猿みたいな走りをしてると、秦野のダサい学生だと思われんぞ!」

 東海道の4区は特徴として、線形がかなり良く高低差も少ない。一方の国道246号はアップダウンのテーマパークで、低中高速全てのコーナーを幅広く取り揃えている。どちらかというと2区の後半、権太坂以降に特性が似ており、間違えても4区で246向けの走りをしてはいけない。

 東海大学のヴェゼルは首位に立ったが、それは鶴川選手一人だけでは成し得なかった。後ろに駒澤大学と帝京大学が張り付いていて、HVSUV3兄弟がハイスピードで迫ってきているからこそ、どのライバルにもプレッシャーを掛けられたのだ。スタートからずっと3台が数珠繋ぎでくっ付いていては、誰でも不気味がって進路を譲りたくなる。

 ただし駒澤大学のC-HRは、このヴェゼルに感謝すべき立場だった。東海大学が次々と上位陣を抜いてくれたからこそ、後ろに付けていたC-HRは漁夫の利を得て楽にそれらを追い越せたのである。しかもバトルをしていない時の直線区間も、空気抵抗を東海大学が一手に担ってくれて、駒澤大学はスリップストリームを活用してバッテリーの電力を節約できたのだ。この調子のいい暫定1位も、C-HRにとってはただの風除けだった。

 スタート前、最初に『ヴェゼルの後ろに張り付け』というチームオーダーが出された時は、それで勝てるのかと内心疑問に思っていた。しかしチームの全員がこうしてオーダーを守り、実際にペースカーがトップに立つと、作戦が成功だったのだと身に染みてくる。

 元々東海大学は名門であり、上位争いに食い込んでくることは予測できた。ハイブリッドSUVというクルマの特性上、それがコース幅の広い前半ではなく、狭くコーナーの増えてくる4区以降の話であろうことも、だ。そして駒澤大学のC-HRはそのヴェゼルに近い車格とスペックだったので、同等の条件で勝負を仕掛けたところで勝ち目がない。それならばこちらはタイヤと電力を終盤までセーブして、相手が消耗したところに襲い掛かれば優勝できる。

 現に酒匂川を渡る酒匂橋ストレートにおいて、東海大学はかなり息切れしていた。バッテリー残量も流石に底が見えて来ていて、タイヤは小田原中継所で交換することが前提なので既にオーバーヒートを起こしている。いくら似通った戦闘力とはいえ、ここまで相手が疲弊していれば喉元を突くのは簡単だった。

 この後は5区も控えているので、電力を無理に使ってでも追い越すのは愚策だ。もっと抜きやすいポイント、こちらがハイブリッドであることを加味しなくても戦える場所まで、このままスリップに付いて電力を温存する。何も心配はない、駒澤大学は現在2番手。もう抜くべき対象はこの1台だけなのだから。

 山王川に架かる山王橋、小田原インターからの流入が合流するこの交差点から、小田原中心市街地の片側2車線道路が始まる。中央分離帯は高い壁などではなく、コンクリートが数センチ盛られているだけ。道幅が広がりラインの自由度が高まったこの場所で、駒澤大学の宮崎選手が右レーンへとステアリングを倒した。

「こっから仕掛ける……真の名門はウチの方なんだよっ!」

 数年ぶりの総合優勝に手をかけるべく、C-HRがヴェゼルと並んだ。246のHVSUV同士、1区から続いていた三つ巴のバトル。その関係に終止符を打たんと、宮崎選手が激情のストレートを走る。

 対峙するヴェゼルも力を振り絞る。最後の回生電力を惜しみなく注ぎ込み、このだだっ広い直線を死んだタイヤで蹴る。進行方向の遠くには、目指す箱根の山々がそびえ立っていた。今からこの山を自分たちが上る、そして一番に上るのは誰でも無いこのクルマだ。互いの闘志が接触し合って、相乗効果でスピードを増す。決着は唐人町~国際通り交差点間の、右へと繋がる中低速コーナー。

 C-HRはインベタを決め込み、中央分離帯のコンクリートに右タイヤのサイドウォールを擦り付ける。そしてヴェゼルは一方的に不利なアウト側、コーナーの外へとタイヤが彼を誘ってゆく。やがて2台は徐々に離れていき、離隔はそのままタイム差と等しくなる。勝敗を分けたのはバッテリー電力ではなくタイヤのライフで、駒澤大学の宮崎選手が4区の終盤で首位を奪取した。

 国際通り交差点を抜けたら、間髪入れずにフルブレーキング。東海道は小田原城を迂回するように、左、右へと低速のシケイン区間へ突入するからだ。目の前のT字路は左へ曲がるので、ターンインのためにノーズを左へ向ける。やがて左レーンへ入り、クリッピングポイントを確保して歩道橋の下を潜ったその時。

 右側からまるで亡霊のように、帝京大学のXVがフルブレーキングで登場してきた。

「やっぱり来たか、ここでバトろうぜ帝京大学!」

「ここまで我慢してて本当に良かった、あんたらの作戦をモロパクリさせてもいましたよ!」

 ドアの向こうから牙を剥いて来たのは、まだ新人の金井選手。帝京大学期待のホープは、駒澤大学と同じことを彼らの直後でトレースしていた。

 最初に駒澤大学の作戦に気付いたのは、1区を走った野木選手だった。C-HRの後ろがかなり走りやすいことに気が付き、そして東海大学のヴェゼルに仕掛けられる場所でも全く仕掛けなかったことを訝しんだ。それを2区の間々田選手、3区の小山選手へとフィードバックしてゆき、3区で神奈川大学のノートを全く手こずらずに追い抜けたことを発見した。

小山選手からそのことをピットイン時に教えられた金井選手は、気になり駒澤大学の背後を必死で付いていった。すると自分は一度もバトルらしいバトルをしていないのに、気が付けば3番手まで上がってきているし、東海大学のヴェゼルはいつでも追い越せそうなほどにまで疲弊してしまっていた。実際に先程の中低速コーナーで、ここでも駒澤大学のスリップに付いていたら何の勝負もせずに首位をオーバーテイク出来たのだ。

 そして駒澤大学が取っているだろう作戦が仮説から確信へ変わり、それならば同じことが小田原中継所まででも再現できるはずだと踏んだ。シケイン1つ目のこのコーナーでブレーキングを限界まで遅らせ、宮崎選手のC-HRとのトップ争いを仕掛けてみたのだ。

 裁判所前の短いストレート、幸運にも片側2車線は確保されていた。金井選手は右レーンをキープして、サイドバイサイドを演じて見せる。モーター出力がC-HRに対して遥かに劣るXVだが、こう短ければ相手も回生電力は活用できない。次の本町交差点低速カーブを曲がってしまえば、すぐに小田原中継所へと到達してしまう。

 三の丸交番前の信号を越えてすぐ、2台とも同じタイミングで減速。4つのブレーキランプが小田原に煌めき、ブレーキディスクが甲高い悲鳴を奏でる。タイヤの寿命はもう必要ない、残していても宝の持ち腐れ。どうせ使い捨ててしまうのならば、小田原城の堀にでも投げ入れてしまえ。

 クリッピングポイントはXVが抑えた、歩道を抉るようにして、2台がホイールトゥホイールを維持しながら曲がる。その先はコーナーとも言えないようなコーナー、大きな直線をアクセル全開。エンジンとモーターに全てを委ねて、箱根口交差点を疾駆する。もう箱根は目と鼻の先、長い4区も終わりを告げる。

東海道線のガード下、そこに設けられた小田原中継所。5区のドライバーが待ち構えている、紫と赤のロリポップが見えた。赤熱したブレーキを更に痛めつけ、小田原中継所へと飛び込んでゆく。

 指定されたピットへ停車したのは、両大学ともに全く同じタイミングだった。


<4区リザルト(トップ10)>


1st…トヨタ C-HR GR SPORT(駒澤大学)

2nd…スバル XV Advance(帝京大学)

3rd…ホンダ ヴェゼル RS(東海大学)

4th…マツダ 3 FASTBACK X PROACTIVE(明治大学)

5th…ルノー ルーテシアR.S. トロフィー(早稲田大学)

6th…日産 リーフnismo(國學院大學)

7th…Honda e Advance(山梨学院大学)

8th…レクサス CT200h F SPORT(東京国際大学)

9th…トヨタ/ダイハツ コペンGR SPORT(関東学生連合チーム)

10th…日産 ノートnismo S(神奈川大学)

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