箱根駅伝ストリートGP

柊 恭

introduction

 20XX年、世界は未曽有のパンデミックに恐怖した。

 某国にて発見された新型のウイルスにより、全世界的に感染症が流行。人類は犠牲者を出しながらこの脅威に対抗せんと苦心するものの、ウイルス側も幾度となく変異を重ね、人類の努力を無碍にしてきた。ワクチンを作っては特性が変わり、またワクチンを作っても新種が出てくる……そんないたちごっこを続けていく中で、人類は「他人との接触を避ける」というとても原始的な解決策しか導き出せなかった。

 社会的な距離を取るということは、様々な活動に支障をきたす。仕事や買い物のような日常行動は可能な限りリモートで済ませ、旅行のような長距離移動も規制され、ついにはスポーツ活動も制限された。

 オープン空間で周囲に他人が居ない状況でない限り、感染症対策が取れないスポーツは自粛という名の禁止に束縛された。マスクの着用、肉体的接触の規制、そして何より観客の応援の禁止――これら全ての条件を満たそうとすると、スポーツ大会の開催は絶望的となった。それは数年に一度の世界大会でも、毎年行われる国内の風物詩でも例外ではない。

 東洋の島国、日本。ここでは年始に必ず、大学選抜チームが5人で一つのタスキを繋ぐ『箱根駅伝』が開催される。多くの国民が中継に釘付けとなり、コースに近い地域では直接沿道に集まってエールを送る。普段は物流の大幹線である国道1号を通行止めにしてまで行う、国を挙げての一大イベントだ。

 その箱根駅伝もまた、パンデミックにより開催の危機に瀕した。選手は呼吸が苦しくなるためマスクの着用も不可能で、追い抜きの際には当然選手同士の社会的な距離も縮まるし、何より沿道での観客規制は困難を極める。諸条件をクリアして大会を行うことは、この感染症に支配された世界では無理に等しかった。

 しかし、たった一つの冴えたやり方が存在した。

 この頃に時を同じくして、国会でモータースポーツ振興法案が可決された。これは公道上でエンジンを積んだ二輪車や四輪車によるレースを許可する法案であり、事前に警察や省庁の許可さえ獲得できれば公道レースが可能になるのだ。本来であればヒトとヒトがその肉体で競争する箱根駅伝には縁遠い法案だが、奇しくもこれが箱根駅伝の救世主となった。

 ドライバーはフルフェイスヘルメットを装着するため、これがマスク着用の代わりとなる。四輪車ならば一般的に車幅が1.5メートル以上ある上にドアとルーフで区切られているので、接近戦でも社会的な距離が保てる。バリアやエスケープゾーンが無い公道上で行えば、危険なので観客は誰も現地で観戦せずに中継を見る。

 そして重要なのは、例年この時期は公道をクローズドにしているということだ。毎年行ってきた実績があるため、道路利用者も慣例として封鎖に協力しやすい。交通規制を行う側も、普段からやっている仕事に変わりない。このことを理由に警察や省庁が許可を出すのにも、さほどのハードルは存在しなかった。

『箱根駅伝ストリートGP(グランプリ)』。

 徐々に恒例として浸透してきた20XY年、今年もまた読売新聞本社前に21台のモンスターマシンが集結した――。


 駅伝時代から変わらずに、箱根駅伝ストリートGPの往路コース総延長は107.5kmである。ドライバーは各大学5名を選出し、鶴見中継所、戸塚中継所、平塚中継所、小田原中継所のそれぞれでドライバー交代を行う。基本的に無給油・タイヤ交換無しだが、小田原中継所でのみ唯一、スタッドレスタイヤへの交換作業が義務付けられている。

 狭い公道を走るためコンパクトな車種がよくベース車両に使われ、このことから各車に180PS規制が課せられている。これは車両の出力が180PSを超える場合にウェイトハンデを積載し、更に200PSを越えるとエンジンに燃料流量リストリクターが搭載され200PSにデチューンされるというレギュレーションだ。反対に180PSを下回る車種の場合はチューニングが認められ、出力の弱いクルマでも対等に戦えるような性能調整(BoP)が導入されている。

 今年エントリーしたのは合計で21台。どれもドッグファイトで取り回しの良い車幅1.7m前後で、新車販売がされている最新鋭のクルマだ。

 青山学院大学、『フォルクスワーゲン ポロGTI』。

 東海大学、『ホンダ ヴェゼル RS』。

 國學院大學、『日産 リーフnismo』。

 帝京大学、『スバル XV Advance』。

 東京国際大学、『レクサス CT200h F SPORT』。

 明治大学、『マツダ 3 FASTBACK X PROACTIVE』。

 早稲田大学、『ルノー ルーテシアR.S. トロフィー』。

 駒澤大学、『トヨタ C-HR GR SPORT』。

 創価大学、『MINI COOPER S』。

 東洋大学、『トヨタ カローラスポーツ HYBRID G』。

 順天堂大学、『三菱 エクリプスクロス P』。

 中央大学、『マツダ CX-30 X PROACTIVE』。

 城西大学、『アルファロメオ ジュリエッタ』。

 神奈川大学、『日産 ノートnismo S』。

 国士舘大学、『スズキ スイフトスポーツ』。

 日本体育大学、『ホンダ シビックハッチバック』。

 山梨学院大学、『Honda e Advance』。

 法政大学、『トヨタ プリウスPHV GR SPORT』。

 拓殖大学、『スバル インプレッサ STI Sport』。

 専修大学、『日産 マーチnismo S』。

 関東学生連合チーム、『トヨタ/ダイハツ コペンGR SPORT』。

 これら全てのクルマが全大学の想いとハイオクガソリンやバッテリーを載せながら、午前8時よりアクセルを全開にして駆け抜ける。そして現在時刻は午前7時59分。グリッドガールが『Start Your Engine』のボードを掲げ、各車ともにアクセルを踏んで慣らし始める。車線のうち7レーンを3台ずつで占拠しているその光景は、スタート直前のサルテ・サーキットと全く同一だった。

 記録的な寒波が猛威を振るう1月2日。一般車は全て締め出されている。すっかり冷え切ったアスファルトも、もうすぐハイグリップタイヤに踏み均されて熱を帯びる。澄んだ空気と緊張感がシンクロし、日比谷通りに一道の風が吹く。

 信号機がレッドからグリーンに変わった瞬間、21の轟音が丸の内を震撼させた。

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