1区

 スタートダッシュを決めたのは、少数派のEV勢だった。

「こっちはトルクがフラット、ここで前に出なくちゃどこで出るんだよ!?」

 全車が換気のため窓を開けているので、國學院大學1区の宮前選手が吐いた啖呵も全選手が聞いていた。彼のリーフは回転数の概念が無くアクセルオンですぐ最大トルクになるEVであり、有言実行でまずリーフが集団の先頭となる。次に続いたのが山梨学院大学のHonda eで、こちらは下馬評をかなり覆す好走だ。やはりEV勢が特性上スタートに強かった。

 スタートで3位に上がったのは、東京国際大学のCT200hを筆頭としたHVグループ。モーターを積んでいるのは何もEVだけではなく、出力こそ劣るもののHVも負けていない。そしてそんなHVグループの中でも、徐々にだが序列が出来始めていた。

「パラレル式ハイブリッド、その真髄に後塵を拝せっ!」

「だぁっ……ホンダなんかに負けるかよ!」

 東海大学ヴェゼルと駒澤大学C-HRの2台が、東京駅前で早くも4位争いを始めていた。どちらもスタートに強いHVだが、その中でも走行システムに違いが出てくる。パラレル式ハイブリッドと、シリーズパラレル式ハイブリッドだ。

 一般的にホンダ車が前者で、トヨタ車が後者のシステムを採用している。その違いはエンジン介入の有無。ホンダのパラレル式ハイブリッドが低速走行時にモーターとエンジンの両方で加速するのに対し、トヨタのシリーズパラレル式ハイブリッドはモーターのみで加速する。この差が僅かだが決定的な違いとなり、この勝負の決着はすぐについた。

 馬場先門交差点で、ヴェゼルがC-HRよりも半車身分だけ前に出た。そして信号を1つ、2つと越えてゆく度に、そのリードは徐々に開かれてゆく。スタートの競り合いを見事に制したのは、ホンダのパラレル式ハイブリッドだった。

 対抗しても無理だということを悟り、C-HRのドライバーである駒澤大学の高津選手がアクセルを僅かに緩める。あくまでも東海大学に先を譲るだけで、後ろに張り付いている帝京大学のXVまでは追い抜きをさせない程度の速度だ。

「これで良いんだ、まだ1区もスタートしたばかり……挽回のチャンスはいくらでもある。同じコンパクトSUV、5区までずっとやり合うんなら、今は戦闘力を温存しておいた方が良い……!」

 箱根駅伝ストリートGPでは、タイヤの交換が小田原中継所のみとなる。そのため1区から4区までは同じタイヤで走り切らなければならず、小田原に入ったあたりでタイヤのグリップ力が落ちてくる(デグラデーション)のが例年の流れだ。激しいバトルを行った場合はそのデグラデーションが顕著になり、それまでトップを快走していたクルマが4区でいきなり失速するという前例もいくつかある。そのためこの先もずっと相手と変わらないペースで付いていける自信があるのなら、1区ではタイヤを温存するのも一つの手だ。

 後ろのXVはモーターの出力も特に弱く、C-HRをオーバーテイクするほどの実力も無い。前を行くヴェゼルもタイヤを気にしてか、スタートダッシュの勢いを継続するのは難しい。わざわざここで全力を出して後半がきつくなるよりは、こうしてアクセルを9割ほどに抑えて様子見をするべきだ。

 しかしその様子見が、一瞬の油断となった。

「――マズい、追いつかれているっ!?」

 高津選手がサイドミラーを見ると、そこにはもう別のクルマが陣取っていた。青山学院大学のポロと、早稲田大学のルーテシア。この2台が、既にすぐ後ろのXVを追い抜いていたのだ。

 相手はどちらも、180PSオーバーの外車クラス。いくらウェイトハンデを課せられているとはいえ、両者のエンジンは200PSを越えているのだ。必死に搾り出してようやく180PSであるHV勢とは、条件がまるで違っている。ここは最初のロングストレート、馬力がある方が最高速も伸びるのは当然なのだ。

 日比谷通りは片側4車線という、屈指のレーン数を誇る幹線道路だ。広すぎるためブロッキングも不可能で、C-HRに打てる対抗手段は何一つ無い。日比谷公園に差し掛かった高速S字において、彼は虚しくも2台のハイスピードバトルを傍観することしか出来なかった。

 そして休む暇もなく、次なるハイパワーマシンが迫ってくる。今度は190PSのマツダ3と、そして意外にも140PSをチューンしているノートがXVをオーバーテイク。次はC-HRの番だ。

「何も出来ないなら……いや、せめて相手の分析くらいは出来る。次に繋げるんだ、タスキと一緒に情報を!」

 高津選手が2台を注視する。特に警戒すべきは、あの神奈川大学のノートだ。自分たちと同じ180PSアンダー勢だというのに、何故明治大学のマツダ3に付いていけるのか?

 対向車線を爆走するノートは、特別おかしなラインで走っている訳ではない。確かに修正舵が少なくタイヤを効率的に扱えているが、それがマツダ3との差を埋める決定打とは考えづらい。パワーが横並びになっている以上、両者の相違はボディサイズ――。

 マツダ3とノートに抜かれた直後、2台を後ろから見て彼は気付いた。

「走行ラインが綺麗になぞられている……スリップストリームがかなり効くのか!」

 クルマが走行する際、当然だが前面からかなり大きな空気抵抗を受ける。しかし前走者にピッタリと張り付いているのなら、その空気抵抗も前走者が肩代わりしてくれる。後続車は抵抗を受けずに走れるのでスピードが前走者よりも乗るようになる、というのがスリップストリームだ。

 ここで鍵となってくるのがボディサイズで、コンパクトカーであるノートはやや大きめなハッチバックスタイルのマツダ3より一回りほど小さい。そのためマツダ3の背後に付けばすっぽりと収まる形になり、スリップストリームの効力が最大限に発揮されるのだ。この位置ということは恐らくスタート直後から神奈川大学のドライバーは明治大学に目を付けていて、ずっと後ろに張り付いていたのだろう。

 この調子ならば東海大学のヴェゼルはすぐに抜く。特に広い日比谷通りを走っているのなら、誰もそのオーバーテイクを阻めない。高津選手がC-HRのカーナビに表示されている、他車の走行位置に目をやって考える。

 神奈川大学が攻略できるのはヴェゼルまで。その先のCT200hは、恐らくかなり手こずるだろう……。


 東京国際大学のCT200hは、勝負所を品定めしていた。ドライバーである赤塚選手は現在5番手、外車とEVの2台ずつに先行されている。彼我差もそう離れずにしっかりと付いていっているのだが、如何せんバトルを仕掛ける切っ掛けに飢えていた。

 先頭は見えている、青山学院大学のポロだ。次に早稲田大学のルーテシアが居て、國學院大學のリーフ、山梨学院大学のHonda eと続いている。180PSオーバーとトルクの怪物が行く手を阻む、ここまではスタート前から想定していた流れの通り。果たしてこの手強いクルマをどこで抜こうか、芝公園の増上寺付近を通過しても悩んでいた。

 事態が動き出したのは三田の右コーナーを曲がって国道15号・第一京浜に合流した後、品川駅を左手に見た時。トレイン状態で上位5台がそのまま流れるかと思ったが、ルーテシアがいち早く痺れを切らした。

 五反田・都道317号方面へと分かれる新八ッ山橋・品川分岐の高速S字で、ルーテシアがポロのインサイドを突いてオーバーテイク。一瞬の隙を突いた首位争いは、あっけないほどに一瞬で終わった。

ここはそれまでのコースから特性が変化する場所なので、仕掛ける切っ掛けとしては理にかなっている。このポイントは平坦な道から上り勾配に切り替わるのでより多くのパワーが必要となる上、車線が4レーンから2レーンへと一気に減少するので非常にスリリングだ。コースの変化に対応してアタックした者だけが、このセクターで最も速いタイムを刻める。攻められる場所で早稲田大学は限界まで攻め、前年度王者である青山学院大学からトップの座を奪い取った。

 これは使える、とCT200hの赤塚選手は確信した。こちらが相手にするのは現在4位のHonda e。スタートではこのEVに競り負けてしまったが、しかしこれはレースなのだ。区間賞を獲った者が優勝する訳でもなく、最後にトップチェッカーを受けた者だけが唯一の勝者となる。抜かれても抜き返せば問題は無い。

 相手のEVは重量が弱点だ。クルマが重ければ重いほど、コーナーで遠心力がかかりアンダーステアとなる。上りの高速コーナーならば尚更だ。しかも今回は単独のコーナーではなく、連続した右、左のS字カーブ。要素は全て、こちらに味方している。

 CT200hがHonda eを、同じ品川分岐でとても静かに追い抜いた。

 相手の走行ラインが膨らんだところを、赤塚選手は見逃さなかった。隙を突いてHonda eのインを刺して、一つ目の右コーナーで並びかけた。そして二つ目の左コーナーでは相手よりもいち早くアクセルを踏み倒し、国道15号の立ち上がり加速勝負で競り勝った。

 これがきっと決定打となる、と彼は自信を持った。最初にこのCT200hで箱根駅伝を走ると聞いた時は冷や汗をかいたが、こうして実際にバトルをしてみると解る。比較的長めに取られたCT200hのホイールベースは、1区のハイスピードセクションにぴたりと嵌っているのだ。

 この調子で行けば3区を終える頃には、このCT200hがトップに立っているだろう。3位のリーフはHonda eと同じように攻略すればいいし、その前の外車2台はウェイトハンデが理由でどうせ順位を落としてくる。モーターまで合わせたシステム出力がおおよそ180PS丁度であるこのクルマには何のハンデも課せられていないので、思う存分に走ることが出来る。

 しかしそんな赤塚選手の淡い期待を、後続の2台が奪っていった。

 彼のスリップを使うようにして、明治大学マツダ3と神奈川大学のノートがみるみると迫ってくる。スタートからそこまで経っていないというのに、こちらとのスピード差がかなり現れていた。この2台は確かHV4台の後ろに居たはず。東海大学のヴェゼルは一体何をやっていた?

第一京浜のストレートで、マツダ3がHonda eを難なく追い越す。やがて青物横丁駅と鮫洲駅の中間にある右の高速コーナーで、明治大学にインを突かれた。スリップストリームを利用している相手に対し、こちらが出せる手札はまず存在しない。

 しかしただで終わる赤塚選手ではない。マツダ3にこそ先行を許したものの、その次に居るノートまでをも行かせることは許さない。向こうは140PSとこちらよりも格下なのだから、例え出力がイコールでもプライドが敗北を認めない。

 それまで並走していた京急が一旦遠のく、第一京浜大井消防署前。ハイブリッドとレクサスの名誉にかけて、日産のコンパクトカーに負けるわけにはいかなかった。


 自分の大学のエースをどの区に投入するかは、それぞれの大学の采配にかかっている。その中でも神奈川大学の導いた答えは、『1区にいきなりエースを走らせる』というものだった。そんなチームの期待に応えるように、三崎選手のノートは1区の中間地点で暫定6位という結果を叩き出していた。

「山梨学院大学を抜いた……次は!?」

 あまり活躍しているとは言い難い例年と比べて、今年の神奈川大学は一味違った。三崎選手が大学を担うエースとして成長したことに加え、6位という結果をしっかりと残しているのだ。ここまではとてもいい流れであり、そして勢いが衰える予感も無い。目の前のCT200hは、絶対にオーバーテイクできる。

 大井消防署前のコーナーで明治大学に抜かれるのを見て、CT200hがコーナーを苦手としていることが分かった。東京国際大学のドライバー――確か赤塚選手と言ったか――は、このことに恐らく気付いていない。自分は山梨学院大学のHonda eをコーナーで抜いたからと勘違いしているだろうが、確実にあのクルマは曲がり道が苦手なのだ。

「仕掛けるのは……それならば、この先の鈴ヶ森!」

 ステアリングをしっかりと握り、CT200hのスリップストリームを維持する。勝負所はもうすぐだ、それまでに無理矢理抜いてはいけない。このクルマを追い越すだけじゃない、まだ何台も前に待ち構えているのだから。

 立会川駅を過ぎた先、勝島運河と直角に交わる。そのポイントを過ぎてすぐに、神奈川大学はスリップを抜けた。ステアリングを右に倒して、相手のサイドミラーに自身のノートをちらつかせる。東京国際大学の赤塚選手も、このモーションにいち早く反応した。

「パッシング……ここで仕掛けるのか!?」

 赤塚選手の驚嘆が聴こえる。鈴ヶ森インター手前、平坦で緩い第二の高速S字。神奈川大学のノートはここでアウト側を選び、CT200hに並びかけた。

「しかもコーナーのアウト側、まさか!」

「そのまさかだよ、東京国際大学っ!」

 片側2車線の狭いS字。左カーブの1つ目を抜けて首都高をくぐると、次に待ち構えるは緩い右コーナー。今度は神奈川大学がイン側を取っていた。

「カウンターアタックを5区ではなく、この1区で仕掛けるのか……!」

 ハイブリッドの絶望が木霊する。カウンターアタック。S字コーナーはその特性上、1つ目と2つ目でインとアウトが入れ替わる。だからノートのように最初アウト側へ位置取っていれば、次には有利なイン側のポジションを確保できるのだ。

 東京国際大学のCT200hにとって、最初の左コーナーでノートに並走されたのが敗因だった。相手は不利なアウト側だったのに、こちらと同等のパフォーマンスで曲がってきた。それならば次の右コーナーで相手の方に分があるのは当然な話で、このように鈴ヶ森インター手前でコンパクトカーにオーバーテイクされてしまった。

 仕掛けた側である神奈川大学のノートは、コーナーからの立ち上がり加速も考慮していた。いくらストレートで有利なCT200hとはいえ、不意な襲撃を受けてレコードラインを外せば打つ手が無い。先行を許すしかなかった。

 神奈川大学、暫定5番手。

「次はEVのリーフ、あれはこっちより8人分も重い!」

 明治大学のマツダ3がHonda eを抜いたのならば、同様にしてリーフも抜けるはず。しかもマツダ3は190PSなので、リーフよりもウェイトハンデが軽い。実際、三崎選手の前にあるのはマツダではなく同じ日産のエンブレムだった。

 第一京浜に入った直後は直接対決をしていたというのに、明治大学には差を付けられてしまった。東京国際大学のCT200hに引っかかったのが原因だ。しかし1区はまだ中盤、巻き返せるチャンスはいくらでもある。まずはこの國學院大學のリーフを抜かなければ。

 重量級のEVが相手ならば、こちらに出来ることは幾つかある。ここが大森海岸駅を抜けた先だということも含めると、やるべきことはもう三崎選手の頭の中で決まっていた。

 平和島駅に至るまでの国道15号は、第三の高速S字を孕んでいる。ここで前走者との差を一気に詰めて、環七分岐の陸橋を登る。綺麗にリーフのラインをなぞるようにして、神奈川大学のノートは國學院大學の背後にピタリと張り付いた。

 そして陸橋を登り切ったところで、三崎選手が今度はステアリングを左に倒す。2車線ある走行ラインの左側へ移り、リーフの左斜め後方に位置取った。

 その先にあるのは大森分岐、国道131号・産業道路との分かれ道だ。右車線が目指す川崎方向、そして左車線が羽田方向。つまり右車線を走らなければコースを外れてしまい、1区で早々にリタイアとなる。そのことが分かっていて國學院大學はずっと右レーンを走っているし、神奈川大学は普通ならばそのままリーフの後ろに付いていかなければならない。オーバーテイクは不可能なはずだった。

 しかし三崎選手には賭けに勝てる確信があった。正規ルートである川崎方向の細い1車線は、下りながら緩く右へ曲がっている。そのためブレーキを踏まなければオーバースピードとなり曲がり切れないので、前走のリーフも教本通りにブレーキランプを光らせた。

 一方で、神奈川大学のノートはそのままノーブレーキで勝負を仕掛けた。

 相手のリーフは減速中なので、一時的にノートが前へ躍り出る。そのまま1車身分ほどのリードを作り出してからようやくブレーキング、右のウインカーを明滅させる。袂を分かつ黄色いクッションドラムに左サイドスポイラーをキスさせながら、ギリギリのタイミングで三崎選手は川崎方面のレーンへと捻じ込んだ。

 バックミラーに少し目をやれば、相手のドライバーが肝を冷やしているのが分かる。そして同時に、怒りよりも失望の感情が勝っていることも。彼が今しがたやってのけたのは悪質な割り込みではない、クルマの重量差を武器にしたブレーキングバトルだということを理解してくれたのだろう。

 神奈川大学のノートは國學院大學のリーフに比して、実に500キログラムも軽量だ。人間おおよそ8人分も軽ければ、それだけブレーキで止めるのも楽になる。つまりブレーキングでかなり攻められるということで、今回のようなレイトブレーキングからの限界割り込みも可能とした。

 この大森分岐で仕掛けるドライバーはまず居ないという、國學院大學の油断が勝敗を分けた。EVは重い上に回生電力を少しでも稼ぐため、ブレーキングを手前から始めがちだ。特に1車線しかないこの大森分岐ならば、追い抜きをされる心配も普通は無い。だからリーフは早めにブレーキを踏み、そこに神奈川大学のノートが漬け込んだ。

 下りの右コーナーを全力で曲がり、目の前100メートル程に待ち構えるはマツダ3。日比谷通りでは仲良くバトルしていた明治大学に、ようやく再び追いついた。相手のドライバーは、1区ならば高井選手のはずだ。彼と三崎選手の2人は、去年も同じ1区でやり合っている。

「よぉ高井、日比谷振りだなぁ……今度は去年のようには行かない!」

「後ろに三崎が出てきたな、やっぱり神大は今年も来るか!」

 去年はスタートから何キロもやり合ったうえ、川崎駅~八丁畷駅間の第四高速S字で高井選手に追い抜かれた。それからクルマを変えて鍛錬を積み、もう今度は負けまいとノートに誓った。しかしスタートではマツダ3の後塵を拝し、今もこうしてオーバーテイク出来ていない。

「こっからだ……京急蒲田に向けてのストレート、環八を越えてからが本番だ!」

 三崎選手が大きく気を吐く。京急空港線をアンダーパスし、環八を下越しするために長い下りを猛進する。そこから登り雑色駅を通過すれば、次に待ち構えるは多摩川を越える六郷橋。東京都と神奈川県の境目、ここが神奈川大学にとっての勝負所だ。

 六郷橋北詰交差点を過ぎ、2車線から3車線へと拡幅される。リーフの時と同様にマツダ3のスリップを維持し、六郷橋への緩く登るアプローチを猛進。六郷土手駅の左コーナーを曲がったところで、三崎選手のノートがアクションを起こした。

 それまでのスリップラインからオーバーステアで外れてゆき、左コーナーのイン側についてマツダ3と並走する。CT200hの時とは真逆、今度はよりアグレッシブな勝負に打って出た。

「三崎、お前……この先を知ってるだろ!?」

 高井選手がドア越しに叫ぶ。彼が驚くのも当然で、六郷橋の終端は左車線が分岐するのだ。高架から降りて国道409号・大師道方面の交差点へ行き、不必要な減速を強いられてしまう。

「1区は車線の増減をマスターした者が勝つ、そうだろう三崎! それがどうしてそんなラインを取るんだよ!?」

「そうだぜ高井、だから俺はこのラインを選んだ!」

 六郷橋の長いストレートを、変わらぬ間隔で2台が突き抜ける。ノートはマツダ3の左斜め後方、相手のミラーに映り込む位置だ。パッシングをして高井選手にプレッシャーをかけるが、マツダ3も動じず一歩も退かない。

 多摩川緑地公園を越えた先、遂に大師道への分岐が姿を現す。明治大学は中央のレーンから動かず、左の1車線が口を開けて下りへと誘う。神奈川大学のノートが掴んだ選択肢は、ほんの僅かにアクセルを抜いてマツダ3の後ろに張り付くことだった。

 テールトゥノーズで2車線を走る。そびえ立つ防音壁に挟まれながら、ただ前にのみ行き場を求める。競馬場前交差点を飛び越えて高架から下るポイントは、丁度右への中速コーナー。

 3度目の勝負は、ここで完成させる。

「右が光る――ヘッドライトの反射!?」

 高井選手がノートを見つけたのは、右のサイドミラーの中だった。この右の下り中速コーナーで、三崎選手はイン側のラインを選んだ。先程は左側を走っていたのに、だ。

「くそっ、六郷橋進入はフェイントだったのか!」

「そういうことだぜ、今年はここだっ!」

 下り勾配を味方に付けて、軽量車体のノートがインベタに曲がる。軽く運動性能も勝る相手に、明治大学のマツダ3は虚しくも無力だ。

「神奈川県に入って抜かれた……俺のリードは都内だけかよ!?」

「残念だったな、明治大学……ようこそ神奈川県(おれたちのホーム)へ!」

 中速コーナーを転げ落ちるように、神奈川大学のノートが駆け抜けてゆく。スピード差は歴然としていて、次に追い付くチャンスは恐らく2区以降。川崎を短く横断すれば、そこはもう鶴見中継所。1区はそこで終わりを告げる。

 神奈川大学・三崎選手のジャンプアップは、こうして暫定3位という結果を叩き出した。


<1区リザルト(トップ10)>

1st…ルノー ルーテシアR.S. トロフィー(早稲田大学)

2nd…フォルクスワーゲン ポロGTI(青山学院大学)

3rd…日産 ノートnismo S(神奈川大学)

4th…マツダ 3 FASTBACK X PROACTIVE(明治大学)

5th…日産 リーフnismo(國學院大學)

6th…レクサス CT200h F SPORT(東京国際大学)

7th…Honda e Advance(山梨学院大学)

8th…ホンダ ヴェゼル RS(東海大学)

9th…トヨタ C-HR GR SPORT(駒澤大学)

10th…スバル XV Advance(帝京大学)


DNF…三菱 エクリプスクロス P(順天堂大学)

DNF…アルファロメオ ジュリエッタ(城西大学)

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