第4話 トイレに閉じ込められた話(2023.02.20)

 二〇二三年二月一九日。

 深夜の一時頃。

 ディスコードで、小説書きの友人と小説の話をしていた。

 お互いが今書いている小説と、これから書こうと思っている小説の話だ。


 話に熱中していたのでトイレを我慢していた。

 さすがに長時間に渡ったので、ついに我慢できなくなり、トイレに駆け込んだ。


 出られなくなった。


 ……何を言っているのかわからないと思うので、言いなおそう。


 トイレに閉じ込められた。

 うん。わかんねえな。


 こういうことだったりする。

 我が家のトイレのドアノブが壊れていることは認識していた。

 ノブを回しても留め金(いわゆるラッチと呼ばれる部分)が引っ込まないのだ。

 したがって、うっかりトイレに入って扉を閉めてしまうと、留め金ラッチが出っ張ったままで戻らずに閉じ込められてしまう。

 そのことは理解していた。


 なので、我が家のトイレはガムテープで留め金ラッチを引っ込んだままにしてある。

 鍵は、留め金ラッチとは別に、その上のところにあるので掛けられる。入ってから鍵を掛ければドアが開くこともないし、外から勝手に開けられることもない。なので実用には困らないからと長年放置していた。


 ご存じだろうか。

 ガムテープは劣化するのである。


 慌ててトイレに入った私は、焦っていたのか、常とはちがって勢いよくドアを閉めた。我が家には私以外には誰もいないから鍵を掛ける必要もないのだが(なんなら扉が開いたままだって問題はない)、何故か律儀に鍵も掛けた。まあ、習慣だ。そして、このときだけは何故か携帯を机に置いたままにしていた。たぶん焦っていたんだろう。


 すっきりして手を洗い、手を拭き、そして鍵を開け──。


 繰り返すけれども、留め金ラッチはガムテで押さえて引っ込んだままにしてあるから、扉を押せばそのまますんなり開く──はずだった。


 開かない。

 

 開かない。


 ……ああ、そうか。

 ガムテープが劣化して破れたんだ……。

 

 真相は想像がついた。

 ノブをいくら回してもバネが壊れて飛び出た留め金ラッチは引っ込まず、トイレは密室と化していた。


 家には私以外には誰もいない。

 トイレは二階にあり、しかも通りには面していないから、古式ゆかしくメッセージを乗せた飛行機を折って飛ばしても、拾ってもらえる当てはない。まあ、紙はあってもペンがないのでそもそもメッセージなんて書けないわけだが。

 窓は格子窓であってガラスを叩き割って枠を捻じ曲げれば出られそうだが、ぶあつい窓ガラスをどうやって割るか……。まあ、最終手段かな。


 扉のほうに向きなおる。

 ぶあつい扉を蹴破れるだろうか?

 強度を試してみようと、蹴る前にまず殴ってみた。

 ……痛い。

 拳で叩き割るのは無理そうだ。


 助けを呼ぼうにも携帯は机の上だ。もってきていない。

 あれ? これ、詰んでね?

 そう思った途端にパニックになった。心拍数が上がり、嫌な汗が背中を伝う。


『ライトノベル作家、トイレで餓死。白骨死体で発見される!』


 待て待て待て。

 落ち着け。

 水はある。そう簡単には死なない。たしか水さえあれば1週間ていどは生き延びられるはずだ。さすがに1週間連絡が取れなければ心配してくれる人もいるだろう。

 なにより! そうだ、先ほどまでディスコードで語り合っていた友人ならばもっと早く気づいてくれるはずだ。叫んでも声が届かない距離ではあるが。さすがにトイレに行って数時間も連絡がなくなれば何かあったとわかるはず。


 よし。だいじょうぶだ。とりあえず白骨死体までには至るまい。

 ……とはいえ、できれば早く助かりたい。


 扉を蹴破るか。

 窓をぶち破るか。

 どちらにしても骨のひとつふたつ折れてしまいそうな気もするが……。


 まあ、その前に、ダメ元で助けを呼んでみるべきだろうか。

 深夜1時だが。

 ……恥ずかしいな。


『ライトノベル作家、トイレで餓死。白骨死体で発見される!』

 

 っていうのと、


『ライトノベル作家、トイレで絶叫。警察に通報される!』


 どっちがマシか。


 ……後者、かなあ。まだマシ。いくらかマシ──だよね?


 でも、最初から大声は恥ずかしい。


「あの~。どなたか居ますか~」


 沈黙だけが返事だった。

 うん。まあ、夜だし。


「すいませーん! 誰かぁああ! トイレに閉じ込められちゃったんですけどー! 誰かその辺にいませんかあああ!」


「はぁい」

 え?

「どうしましたか?」

 わお。

 庭の向こう。我が家の裏手の家から声が聞こえた。


「すいません! 裏手の家のはせがわです! 鍵が壊れて、出られなくなってしまったんです! 警察か消防に連絡をお願いします!」


「……あ、はい。わかりました」


 信じてもらえた!

 名前と住所を伝えると、十分ほどでサイレンが鳴って警察と消防──つまり、パトカーと救急車が四台ほどもやってきたのだった。

 いやほんと申し訳なさでいっぱいである。


 かくして一時間ほどで私はトイレという密室から脱出できたのだ。

 やれやれ。

 もつべきものは親切な隣人。そしてトイレにはいつ閉じ込められても良いようにドライバーかバールを常に備えておくべきだと悟った私である。 

 あと、連絡を取れるように携帯は常に持ち歩こう!


 隣人には翌日、埼玉銘菓を手にして改めてお礼に伺ったのだった。


 あ、扉のドアノブは修理すべく、すでに業者に手配しました。

 もう閉じ込められたくはないので。


 そんなこんなで無事に生き延びたみやびです。

 生きてるって素晴らしい!


 教訓。

 隣人は大切にしよう。

 携帯は常備すること。

 トイレにはバールを! いざとなれば物理破壊!


 以上、はせがわみやびが「トイレに閉じ込められた話」でした。


 うん……、あえて言うまでもないでしょうが、実話なのです。 

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みやびごと はせがわみやび @miyabi_hasegawa

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