コミカライズ化記念SS

虚構と現実

「大衆小説?」

「はい。殿下はご存じありませんか?」


 そう質問しながら、殿下の私室にあった本棚を思い出してみる。

 たくさんの本が並べられてはいたけれど、平民が好みそうなものは置いていなかったかもしれない。


「存在は知っているが、読んだことはないな。歴史書などは好んで読むが……」

「ですよね」


 いつもの休憩時間、最近の色々な話をしている時にふと思い出したので切り出してはみたものの。

 仕事一筋と言っても過言ではない殿下が、当然知っているはずはなかった。


 ただ。


「殿下と私を参考にして書かれた小説らしいので、興味がありましたら今度お持ちしましょうか?」


 全くの無関係というわけでもないから、もしかしたら今後耳にするかもしれない。

 それなら折角なので、私から話しておきたかったというのが本音だったりする。


「ふむ……全くないと言えば、嘘になるな」

「ちなみに演劇にもなる予定だそうですよ?」

「それは、また……展開が早いな……」


 若干驚いたような表情で見開かれた淡いブルーの瞳は、そのまま数回瞬きを繰り返しながらこちらを見ていて。

 これは結構興味が出てきたんだろうなと判断して、もう少しだけ内容を詳しく話してみることにした。


「何でも記者の方が教会のシスターと知り合いだったらしくて、たまたま耳にしたそれを小説にしたいと申し出てきたとのことでした」

「だが私とカリーナの婚約を発表してから、まだそう日が経ってはいないぞ?」

「参考にしているだけで、お話自体は全くの別物ですからね。主人公はお城の掃除係ですし」

「それは……どうやって王族と出会うのか……」


 妙に現実的ですね、殿下。

 まぁでも確かに、本来掃除係は目につかない間に終わらせるお仕事が基本だから。

 普通に考えたら、出会えませんよねぇ。


「そこは物語ですから。偶然目に留まるという形です」

「…………そこに関しては、事実とあまり変わらないから何とも言えぬな……」


 でしょうね。

 実際私と殿下が出会うことになったのは、本当にただの偶然だったんだから。

 あの日シスターがあのお菓子を出さなければ、きっと今頃私はここにはいない。

 まぁ、オルランディ家には引き取られてたかもしれないけれど。


「様々な事件も起きつつ、最終的に二人は結ばれるという内容ですから。女の子が好きそうな、恋愛小説ですよ」


 そしてわざわざシスターが、オルランディ家の使用人にそれを持たせて私に届けてくれた。

 ちゃんと出版されるようになったその経緯まで書かれた、あの少し硬い懐かしい文字の手紙まで添えられた状態で。


 ちなみに内容は、実は掃除係になった主人公は昔攫われてしまった公爵家の令嬢で。

 王子様とは生まれる前からの許嫁だったけど、小さい頃にちゃんと二人で結婚の約束をしていたり。

 攫われるというあまりの衝撃に、それまでの記憶を主人公はなくしていたり、と。

 まぁ、かなり事実とは別物に仕上がっていた。


「ふむ……。ちなみにカリーナは、その小説を読んでどう思ったのだ?」

「私ですか?そうですねぇ……。物語としては面白いと思いました。ただ参考にしたらしいと聞いていた割には、全く違う物語になっていましたけれど」


 あくまで登場人物と設定を参考にしただけで、そこから先は分かりようもないからということなのだろうけれど。

 違う意味でドキドキしながら読み進めたので、ちょっとだけ拍子抜けしてしまったのかもしれない。


「なるほど、な。では折角だ。その劇の方を、共に観に行くか?」

「…………え……!?」


 思ってもみなかった返答だったから、すぐには反応できなかった。

 と、いうか……。


「小説は読んだのだろう?では劇の方を二人で観れば良い。本は、そうだな……セルジオ」

「はい。すぐに手配いたします。お時間の調整もいたしましょう」

「うむ。頼んだぞ」


 え、いや……色々決定が早すぎませんか……!?

 というか、だからこれ……!!


「……デート」

「あぁ。逢引きを市井ではそう言うのだったな」


 逢引き……!!

 なんか、こう……!!ちょっといけない雰囲気な気がする言葉に思えてしまうのはなぜだろうか……!!

 公認なのに……!!なんなら国内で知らない人はいないんじゃないかってくらい知られてるのに……!!


「だが、ふむ……。何と都合のいい事だろうな」

「え……?」

「いや、何でもない」


 小さく殿下が呟いた言葉は気になったけれど、別段重要な事でもなかったみたいで。

 結局話題はそのまま劇の日取りはいつがいいのか、に移ってしまった。



 本当は、そういった情報操作のような事をして国民に受け入れてもらうのは、王侯貴族の知略の内だったはずなのだと。

 私がその真実を知るのは、もっとずっと先の事だった。



 ちなみに。


 当然観劇は王族用の特等席。個室も個室。

 誰にも邪魔されずに劇に集中できたのは、とてもありがたかったけれど……。


 休憩時間に、すぐに甘い雰囲気に持っていく殿下は流石だなと。

 そう、思いました。


 劇はすごく楽しかったけどね!!それ以上に殿下の甘い瞳が強く印象に残っちゃったんですよ!!

 しかも後から結構噂になったことも、私は全然知らなかったんですからね!?

 もうっ!!



 





―――ちょっとしたあとがき―――



 本日ついに、Renta!様にてコミカライズが配信開始されました!(>ω<*)

 今もまだたくさんの方に読んでいただけていて、本当に本当に感謝しかありません…!

 ありがとうございます!!m(>ω<*m))ペコペコ





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【コミカライズ完結!】王弟殿下のお茶くみ係【電子書籍化!】 朝姫 夢 @asaki_yumemishi

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