書籍化記念SS
無自覚な予感 -王弟殿下視点-
「食の癒し、ですか?」
孤児院の視察から戻ってすぐ、いくつかの調べ事を任せると同時に。城に例の少女を連れて来るべきだと決断した一番の理由をセルジオに話しておく。
「あぁ。あれは間違いない。何より私の目で確認済みだ。これ以上の説明は、不要だろう?」
「そう、ですね。……そうですか、血の奇跡が市井に。一瞬でも、殿下が女性に興味を持ってくださったのだと期待した私が愚かでした」
「それは残念だったな」
皮肉には皮肉で返す。
そも平民の娘を召し上げよう等と、本来であれば何を考えているのだと諫められて然るべき事だろうに。
どうにも最近のセルジオは、見境という物がなくなってきている気がしてならない。
「けれど一方で深く納得も致しました。なぜ平民の少女をと、流石に疑問に思っておりましたので」
「だろうな。私とてあの能力が無ければ、何一つ引っかかりもしなかっただろうに」
偶然とはいえ、まさか市井で王族の血を継いだ娘を見つけるなど。本来あってはならぬ事であるというのに。
急ぎ兄上にもお伝えしたい所ではあるが、今後の最重要事項となりそうな案件だ。鳥たちへの伝言だけを先行させ、詳しくは宮殿に戻ってからの方が良いだろう。
セルジオもその辺りは心得ているのか、陛下への伝言は等と口にする事は無い。
「ただそう簡単には見つからない可能性も高かったかと。何せあの孤児院にいたというのに、何一つ報告が無かったのですから」
「かもしれぬな」
あそこはただの孤児院ではない。先代の国王と宰相の時代から、ある種王家の監視下に置かれていたようなものなのだから。
にもかかわらず、血の奇跡であると気付かれずに過ごしてきた少女。おそらくは本人すら、自らの能力を知らないままなのだろう。
「だがまぁ、見つけてしまったのだから早急に手配せねばなるまい?」
「そうですね。ちなみに住まいはどちらにいたしましょう?下手に侍女たちと同じ場所にしては、いずれどこかから存在が漏れてしまう可能性もございますが」
「こことは反対側の部屋が、今は使われていないはずだ」
「……よろしいのですか?」
「基本この階から出さぬのであれば、誰に知られる事も無い。第一あの能力、使わず腐らせたまま等出来ぬだろう?」
「でしたら、急ぎ魔術師達に作らせねばなりませんね」
食の癒しを受けられるよう、調理場と器具を部屋に取り揃え。
あわよくば、その能力を兄上も享受できるようになれば良いと。
「あぁ。基本的に色は白で統一しておけ」
「白、ですか?」
「孤児院は基本的に白を基調としているからな。何より平民育ちの少女が入る部屋だ。下手に派手になり過ぎない程度に、だがここから逃げ出そうなどと思えないような場所にせねばなるまい?」
血の奇跡である以上、ここから出すことは叶わぬ。であれば、少しでも過ごしやすくしてやるべきだろう。
何か要望があれば、今後はそれを取り入れてやれば良いのだし。
「珍しいですね。殿下がそのように気に掛けるなど……」
「お前な……。今回は貴族でも、ましてや罪人でもない。むしろこちらの都合を、何も知らない少女に無理矢理押し付けるようなものだ。そのくらいは配慮して然るべきだろう」
全く。この従者は私を何だと思っているのか。
「では、家具なども一式それで揃えさせましょう。名目は……」
「私の側仕えという事で構わぬ。陛下より他の命を賜れば、その時にまた変えれば問題はないからな」
孤児院にいたという事は、おそらく未成年なのだろう。本来であれば、まだ働くべき年齢ではない少女。
だが何か理由をつけて城に留め置かなければならない以上、役職を与えるのが一番手っ取り早い。
何より、連れて来られた少女が納得する理由が必要なのだ。でなければただの誘拐と大差ない。
「承知いたしました。……しかし、まさか本当に血の奇跡が市井にいるなどとは。想像もしておりませんでした」
「そうだな。……あぁ、そうだ。作法についてはセルジオ、お前がしっかりと教えておけ」
「他に教師をつけるわけにもいきませんからね。ですがその間、殿下はお一人で執務を?」
「不可能ではない」
関わる人間が多ければ多いほど、その存在が知られる危険性も高くなるのだ。これに関しては、致し方あるまい。
「第一、あの孤児院出身者だ。そこまで手間取る事もあるまい」
「そうかもしれませんね。現に発案者でもあったオルランディ家では、既に試験運用として何人か雇い入れているようですし」
「問題は無いと、報告が上がっていたな」
流石に大勢の貴族たちの目に触れる場所に、いきなり孤児の使用人を放り込むことは出来ない。当然だ。
むしろ前例として宰相家でもある筆頭公爵家が問題なしと判じていれば、その分後が楽になるのは明白だった。
「十日以内に仕上がれば、十分だろう」
何より今回は、関わるのは基本私とセルジオのみだ。扉の前の護衛にも最低限話を通しておけば、それだけで問題は無い。
それで血の奇跡の存在が公になるようであれば、セルジオも護衛も処断すれば良いだけの話。
「では早速、調査と指示に行ってまいります」
「あぁ。頼んだぞ」
だがそれは、そうなった時に考えれば良い。
今はまず、兄上への報告と今後の扱いについて考えねば。
「さて。あの瞳は果たして、ヴェレッツァアイかどうか」
セルジオが出て行き、一人になった執務室で呟いて。
だがそこは少女と改めて顔を合わせた時に確認すれば良いだろうと結論付け、今は窓の外にいる鳥たちへ兄上への伝言を頼むため。
一番近い窓を開け放ち、声をかけるのだった。
―――ちょっとしたあとがき―――
たくさんの方に読んでいただき評価をしていただいたおかげで、書籍化いたしました!!
読んで下さった方々のおかげで、夢が叶いました!!
本当に本当にありがとうございます!!
本編もおまけも終了していますが、続編ではなくこちらに投稿すべきだろうと思いまして。予告通り、番外編として更新させて頂きました。
まぁ、何と言いますか……前日譚、ですかね?
そう都合よく、同じ階にキッチン付きの部屋なんてあるわけがないですからね。全部用意させていました。
と、いう事で。
感謝を込めて、記念のSSでした!!
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