最終話 天才マジシャンと助手の彼女

「……!」


 ヒナノの言葉でハッキリと思い出す。そうだ、あの日……文化祭の日の夜にヒナノに同じことを言われて、俺は断ったんだっけ。


 俺がそのお願いを断った理由は、それが出来る自信が無かったから。ヒナノ以外の人にマジックを見せるのが怖くて、やろうとしたら身体が震えて、喋れなくなっていたから。


 だからあの時の俺は、ヒナノだけのマジシャンでいることを選んだんだ……いや。選んだって言えば聞こえは良いけれど、結局は逃げていただけかもしれない。


 別に逃げることが必ずしも悪いことではないけど。でもヒナノから見れば、ずっとモヤモヤしていたのかもな。


『シュン君はこんなに凄い力を持っているのに、私にしか見せないのはもったいない』って。『宝の持ち腐れ』だって。


「────シュン君? 大丈夫?」


 ヒナノの声でハッと我に返る。


「あっ、ああ」


「別に焦って答えを出す必要もないからね? シュン君はゆっくり考えていいんだから、大丈夫だよ」


 ヒナノの言葉で、俺は少しだけ落ち着くことが出来た。うん、そうだ。ヒナノはいつだって俺の味方でいてくれる人だ。


 だから俺がまた断ろうと、ヒナノはきっと嫌な顔ひとつせずに納得してくれるだろう。


 ……でも。あの時と比べて、確実に俺は成長したんだよ。


 別にコミュ障が治ったワケでもないし、あの頃よりマジックの腕が上がったワケでもないけど……それでも。思い出したんだよ。


 マジックの力で人を笑顔にする幸福を。お客さんの驚いた顔や声を聞く快感を。


「……ああ。そうだね。またマジックに本気で取り組んで……大きなステージに戻るのも悪くないかもしれない」


「ホント!?」


「でもね、ひとつだけ条件があるんだ」


「えっ?」


 それでも……それでも俺は臆病だから、いきなりステージに戻るのはやっぱりまだ怖いんだ。だからやっぱり……俺はそこでも彼女を求めてしまうんだよ。


「それは……ヒナノ。君にもまだまだ、俺の隣に立ってほしいんだ」


「……」


 ヒナノは俺の条件が予想が出来ていたのか、さほど驚いた表情は見せなかった。


「時間が無くて教えられなかったマジックとか、まだまだヒナノとやってみたいし。それこそもっと派手なステージマジックとかね。きっとヒナノは上手に出来るよ」


「……」


 でも悩んでいるのは確かだった。うん、そりゃそうだよな。さっき病室でちょこっとやったのとは全く違う……お客さんからお金を貰ってマジックを披露する『プロ』を再び目指すということなのだから。


 プロになれば規模も責任もプレッシャーも全てが大きくなる。だからマジックに今まで全く触れたことの無かったヒナノが、ステージに立つのは無謀とも言えるかもしれない。


 ……でも。それでも。俺は今までの練習で、ヒナノはマジシャンの才能があると確信しているんだ。


 それは技術的ことに限った話だけではなくて、お客さんの心を掴む喋り方や、物怖じしない堂々とした態度。そして予想外の出来事に対してのアドリブ力。


 俺より優れていると思った部分は幾つも上げられるんだ。それが全く無かったら……俺が臆病だからといっても、ヒナノを誘おうとする発想すら浮かばなかっただろう。


「……」


 きっとヒナノはそれを理解してくれている。俺はヒナノの彼氏という特殊な立場でもありながらも、元マジシャンだ。


 だから俺の言葉の信頼性は高い……ハズだろう。


 そしてヒナノは悩みに悩んだ末に。


「……本当に私でいいの?」


 と不安げに言ったんだ。


「ああ。ヒナノがいいんだ。ヒナノじゃなきゃダメなんだよ。だって……」


 俺は水を飲み干したガラスのコップを手に取って、ポケットからコインを取り出す。


 そしてそのコインをコップの底にぶつけたように見せて……カランと貫通させた。


「ええっ!?」


「だって、俺が1番驚かせたい相手はヒナノだから! だから限りなく傍で、近くで俺のマジックを見て欲しいんだ!」


 俺がそうやって言うと、ヒナノは一気に力が抜けたようにゲラゲラと笑って。


「ふふっ、あはははっ! やっばりシュン君は凄いなっ! あははっ!」


 目に涙を浮かべる程、笑い続けたんだ。そしてようやく落ち着いた、という頃になって。


「うん、分かった。私で良ければ、シュン君の傍にずっといるよ。マジックの助手でも……シュン君の彼女としてもね!」


 と、手で涙を拭いながら、元気良く言ってくれたんだ。


「ああ! ありがとうヒナノ!」


「うん! よーし! なら目標は日本一のマジシャン……いや世界一かな!」


「ははっ、随分と目標高いね……」


 ……でも。不思議とヒナノが隣に居れば、それも単なる夢物語なんかじゃなくて……本当に叶っちゃいそうな。


「ううん、きっと私達ならやれるよ!」


「ああ。そうだな!」


 本当にそんな気がしていたんだ。きっとヒナノも同じ気持ちだろう。


「ねぇ、シュン君。私、シュン君のこと大好きだよ!」


「えっ、あっ、俺も! 俺もヒナノが好きだ! 大好きだ!」


「んふふっ!」


 ……俺の物語ショーは一旦ここで幕を閉じる。でもこれはただの終わりなんかじゃなくて……きっと始まりだ。


 新しい世界への挑戦。きっと未来は楽しいことだけじゃなくて、辛いこと難しいことで溢れかえっているかもしれない。


 でも。ヒナノがいるだけで。ただ、俺の隣にヒナノがいるだけで、俺は何でもやれる。絶対になんとかなるって思うんだ。


 そんな謎の自信に支えられて今まで。そしてこれからも。俺、藍野隼也は生きていくんだよ。


 ────────

 数年後。


「あーっ! 久しぶりですな、高円寺氏!」


 突如背後から聞こえてきた、旧友の声にウチは振り向いた。


「えっ、うっそ! オタク君じゃん!」


 そこにはあの頃とほとんど変わらないオタク君……草刈君の姿があった。相変わらずメープルシロップで固めたのか、と思うくらいに髪の毛はカピカピだ。


「んふふっ、オタク君はやっぱり変わらないねー?」


「はは、それは否定はしませんぞ……しかし高円寺氏は結構変わりましたなぁ。髪の毛も服装も落ち着いた色になって。イメチェンしたのですか?」


「あーうん。まぁそんなとこだよ。職場が髪色厳しくて、マジでダルくてね……」


 そう。ウチは何やかんやあって、髪を黒に戻したのだ。でも別に黒は気に入っていない。あぁ金髪が恋しいよ……


 ……というかオタク君、こんな変わっているのによくウチが分かったよね。匂いとかで人を判別しているのかな?


「ええっと、ところで……そちらの方は……? 高円寺氏の彼氏でござるか?」


 そしてオタク君は、かなり気まずそうに……というか若干ビビったように、ウチの隣に手を向ける。


「あー違う違う、これはウチの弟だよ! ほら、挨拶しなさい!」


 そしたら隣に……いや。隣と呼べないくらいにウチから離れた誠也は、かなりダルそうな態度で。


「もうそんな歳じゃねぇってば……アンタは俺のオカンかよ?」


「もー、生意気でごめんなさいね。今中学生で思春期真っ只中なの。オホホ」


「うぜぇ……」


「……」


 お願いだからオタク君くらいはツッコミ入れてよ。ウチが滑ったみたいじゃんか……


 そしてオタク君は決まりが悪そうに。


「ははは。いやはや、こんな偶然もあるんでござるねぇ……」


 と話を繰り返した。


「偶然じゃなくて必然だと思うぞ、草刈」


「なっ!?」


 また聞き慣れた声が。オタク君と一緒に振り返ると、そこには何ともまぁクールビューティに成長した委員長の姿が。


「なななっ、二宮氏まで!? 」


「委員長じゃん!!」


「おいおい、いつの話だ……もう私は委員長ではないんだ」


「じゃあなんて呼べばいいの!? 裁判長!? 官房長!?」


「……」


 これも委員長、華麗にスルー。ああ……今更だけど、ボケにツッコんでくれてたあいのーんのありがたさが分かったよ。


 そして元委員長は鞄から何かを取り出して。


「どうせお前達も藍野からこれが送られてきたんだろ?」


 とウチらに招待状を見せてきた。


 これは確かにこれはウチにも届いた招待状だ。だからウチらはこの大きな会場に来ているワケなんだけど……


「そうそう、そうでごさるよ! 何か世界的に有名なマジシャンが集うショーのチケットも入ってて……藍野氏は一緒に見る友達が欲しかったのでござるのかね?」


「……」


「……」


 オタク君の言葉に、ウチと元委員長は顔を見合わせて。「どっちが説明する?」と。


 とりあえず指を突き出すジェスチャーをしたら、元委員長は理解してくれたようで。


「はぁ、まだ気付いてないのか? 藍野はそれの出演者だ……もちろん雨宮もな」


「ええっ!? どういうことでござるか!?」


「だからな……というか、どこから説明すればいいんだ?」


 そんなやり取り中……ウチは警備の人がお客さんを入場させている、つまり入場が開始された瞬間を目撃したのだ。


 それで、いてもたってもいられなくなったウチは。


「あっ、もう入場出来るみたいだよ! みんな行くよっ! ほら、誠也も来て!」


「わっ、高円寺氏!?」


「おい、引っ張るな……」


 2人の手を繋いで、会場の中へと急いで歩いて行ったんだ。


 スターとなった、彼らのマジックショーを見るために。


 ──────────

 完結です。最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました!!!

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陰キャ兼天才マジシャンの少年、隣の席の元気っ子美少女に懐かれてしまう 道野クローバー @chinorudayo

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