第2話 不死の躰
「――あれ? おれ、いったい……」
灰色の床に突っ伏していたペポは、重い瞼を開けた。ゆっくりと体を起こし、白黒ボーダーのポンチョについた汚れを払う。
辺りを見回すと、どこまでも続く鼠色の床以外は、壁も天井も闇一色に包まれている。ここはペポにとって見覚えのある場所だった。
「狭間の世界、だよな? でも、確か……おれって……」
現実世界と異世界を繋ぐ境界線――狭間の世界は、自分が眠りに落ちた時のみ来ることができる特別な場所。先日、異世界で初めて眠りに落ちた時は、この世界の主との約束事を果たせずに来られず仕舞いだったので、訪れたのは今回が2回目だ。
しかし、ペポは不審に思う。
約束を果たしたうえで寝たら来られる特殊な世界。だが自分は、さっきまでダンに連れられて『スマイリー・トピア』の郵便局『
『……君……君! やる気あるのかい? まだキズナの
ペポの背後からノイズがかった声が響いた。振り返るとそこには、ふよふよと浮く謎の青白い光を纏った玉が浮いていた。ペポを異世界に飛ばした謎の存在【
『まったく……車に
初めて会った時は、こちらをからかうような鼻に着く言い方をしていたが、
「いや、だってしょうがねえだろ!! いきなり襲い掛かってくるとか予想してなかったし、あんなの反則だって!!」
『反則だとしても、後ろに下がって避けるとか、やりようあっただろう!? 斧持った敵が現れたのに突っ立ったままで何もしないとか、あり得ないよ!
それで命懸けの仕事に就きたいとか、ふざけるにも程がある! このスカタン! アンポンタン! アホパンプキン!!』
罵詈雑言を浴びせられて内心苛立ちを隠せないペポだが、こいつの言ってることは正論だ、と唇を噛み締める。
突如クマのぬいぐるみが来襲してきたと言えど、右手に持つ血濡れの斧が視界に入った時点で気づくべきだった。コンマ何秒の思考停止のせいで判断が遅れ、結果的に自分のかぼちゃ頭は真っ二つに割られてしまったのだから。
「じゃあ、おれ……記憶を取り戻せないまま、本当に死んじゃったのか……」
最早ここまで。ペポは大きくため息をつき、床にへたり込んだ。
車に轢かれかけたところを、【i】の手引きによって自分は異世界に召喚された。
かつての自分を取り戻すために、そして現実世界に戻るために、【i】とのゲームに乗り、異世界ホロウメアを旅することになった。
だが、辿り着いて早々、謎の襲撃者によって自分は約束を果たせないまま、こうして命を散らしてしまったのだ。
現実世界での危機的状況を打破したものの、異世界でもあのような目に合うということは、やはり自分は死ぬ運命にあったのかもしれない。
全てを諦めかけたペポを見て、蒼玉は普段の冷静な口調に戻る。
『……君、もしかして何もかもおしまいとか思ってない?
私が何で君に
体の中にある
杞憂で終わってほしかったが、まさか嫌な予感が的中するとはね……』
「……おれは、まだ死んでないんだな?」
『ああ。君の場合は通常の
他の
「おれが本気で諦めなかったら、死なないってことだな。……とにかく、この躰をくれてありがとう。おかげで助かった」
『ハァ……。私がなんで記憶を返すチャンスを与えたのか、まったく理解していないんだから……世話の焼ける奴だよ、君は』
「……もしかして、おれを心配してたのか?」
『心配? そんなのしてないよ。まだゲームの勝敗が決まってないのに、横取りされかけて腹が立ってるだけさ』
超常的な存在故か、人間とは地雷も異なるのか、とペポは内心思った。
「でもおれ、死んでないってことは何でここにいるんだ? 狭間の世界は、眠った時に来られるはずだろ?」
『私がわざわざ呼んだんだよ。無鉄砲で考え無しで、見ず知らずの人間にも警戒心を抱かない君に、ちゃんと自分の躰について説明しておくべきだと思ったからね』
「いちいち言い方が嫌味ったらしいな……」
『嫌味も何も、本当の事だろう? ダンとイキシアに会って、この世界の大人はみんな優しいのかって思ったのかもしれない。
でもそれは違う。たまたま君の運が良かったから、優しい大人たちと巡り会えたんだ。悪意で人を傷つける狡猾な者もいれば、なかにはマールスみたいに、命のやり取りもゲーム感覚で楽しむイカレポンチの快楽主義者もいる。
今後あの世界で生きていくなら、付き合うべき人、警戒心を抱くべき人は慎重に見極めると良い。
君は甘すぎるし優しすぎるんだから、せいぜい付け入れられないようにするんだね。自衛が出来なくては異世界で生き残れないよ』
口調はきついが、なんだかんだ言って【i】も優しいのかもしれない。怒る理由は理解できないが。
終末期の異世界を渡り歩くのなら、不死身の躰はありがたい。ペポの安易な発想を、謎の存在は読んでいた。
『……君、まさかとは思うけど、これで何回死んでも問題ないとか思ってない?』
「えっ、違うのか? だって死なないんだろ?」
『ハァ…………。じゃあ聞くけど、異世界に飛ばされて雪の上に落ちた時はどうだった?』
「どうだったって……そりゃあ、雪がクッションにはなったけど、ちょっと痛……あっ」
ペポはようやく自身の構造について理解した。死にはしない。だが、痛覚はしっかりとあるのだ、と。
『私が君に五感を与えたのは、人として過ごしていた感覚がないと不便だろうと思ったからさ。
でもそれ以上に、安易に死なれちゃ困るからだよ。
何度も首が吹っ飛んだり、腕が取れたり、血が噴き出したりして何も思わなかったら、最早君は人として死んだも同義だ。
それに、局面で自分の命を使えばどうにかなるうだろう、なんて軽々しく思って欲しくはない。何をどうしたって戻らない物は必ずあるんだから……』
【i】の言葉は何故か悲哀に満ちていた。まるで大切な人を亡くした未亡人のように、儚げで後ろ暗さを感じさせた。
どうしたんだ、とペポが首をかしげる。しかし、蒼玉は普段の飄々とした口調にすぐさま戻った。
『いいかい? 今の君は、頭を割られたショックで気絶してる。すぐに再生するから問題ないけど、今後は安易に自分を犠牲にしたり、危機に直面してもボーっとしたりしないでくれよ。わかったね?』
「わかった、約束する。確かに死なない躰は便利だけど、痛覚があるなら怪我したくないし、死ぬなんてまっぴらだ。さすがにドMでもないんだし……」
ペポが誓約を交わすと、蒼玉は満足そうに上下した。そしてペポが、元の世界に戻るにはどうすれば良いか、と考えていると、蒼玉はこう言ったのだ。
『――あと、君に備わってるもう一つの力も伝えておくべきかな』
カボチャは転移(と)んだよ異世界に ゆにえもん @blue_you1
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