第1話 林檎と蜂の巣(2/2)

『エデンアップル城』は、内部も荘厳な造りをしていた。


 城門を潜ると、壁は外観と同様に白亜の煉瓦が積まれ、床は赤と黒の格子模様の大理石が床一面に広がっている。さらに天井からは、金剛石ダイヤモンドが散りばめられた豪奢なシャンデリアがぶら下がっていた。


 大広間には右・左・真正面の壁に石造りのゲートがあり、従業員と思しき人物たちが入れ代わり立ち代わりで、ゲートを目まぐるしく潜っている。


 各ゲートの上には『郵便局:蜂の巣ハニー・コム社』『ハーフムーン銀行』『治癒魔法ホーリードロップ医院』と、大きな看板が掲げられていた。


「右が郵便局、左が銀行、そして真正面のゲートは病院に繋がっています。

 ちなみに飲食店や生活雑貨などはここではなく、園内にある店に行けば一通り揃います。――では早速向かいましょう」


 二人は右手のゲートに向かって歩き出す。ゲートの距離はあまり長くないようで、潜ると少し先の景色が見えた。カウンターの周りを、人の足があっちへこっちへと右往左往している。


 灰色の煉瓦で敷き詰められたドーム型のトンネル内は、左右に灯るガスランプで暖かく照らされ、ポキュポキュ、とペポの愛らしいブーツの音が響く。


 そしてゲートを出ると、ペポは眼前の光景に圧倒され、思わず息を呑む。


 郵便局内は広く、そして天井が高かった。ペポの身長が幼児と同程度という理由もあるだろうが、それでも局内はマンションの5階建てくらい高い。


 受付窓口は重厚なダークブラウンウッドの作りで、横一列に机が連なっていた。まだ始業前だからなのか、窓口は真鍮の格子が下ろされている。窓口カウンターは8番まであり、受付係の人たちはカウンター越しに運び屋と話し合っていたり、カウンターに座って書類と睨み合いをしていた。


 さらに、ペポが驚いたのは天井の高さだけではない。


 カウンターの向こう側。職員たちがいるバックヤードは、壁一面に六角形の大きな棚が連なり、幾何学模様を描いていた。そう、あれはまさに――


「でかい……蜂の巣!?」


「はい。ここが、郵便局『蜂の巣ハニー・ コム』社です。名前は言わずもがなでしょう。

 棚は手紙だけでなく、小型、中型、大型の荷物用と区分され、さらに運ぶ場所によって細かに分類されています。

 まあ、人口及び避難所の減少により、今はもう使われなくなった棚もありますが……」


 哀愁漂う運び屋の説明を聞きながら、ペポはじっとバックヤードの職員たちを見つめる。かぼちゃ頭が釘付けになった理由は、大きな蜂の巣型の棚だけではない。


「あの、ダンさん。さっき城門を潜った時にもすれ違ったんですが……アレ、なんですか?」


 ペポは棚を指さした。蜂の巣型の棚の周りでは、蜂たちが荷物を運んだり、手紙を分類している。


 といっても、ただの蜂ではない。その姿はペポと変わらぬくらいに大きく、鈍色のブリキの体を持つ。腹部がポストのようにパカっと開き、内部に手紙を詰めていく蜂もいる。


「あの蜂たちも立派な郵便局員です。『郵便蜂メール・ビー』といい、手紙の配達に特化した機械人形グミですよ。

 ホロウメアは、結界の外に出れば猛吹雪の死の世界です。結晶病の恐怖も相まって、容易に他エリアへの移動もかなわず、今のこの世界は人と人とのつながりが薄れてつつあります。

 そこで10年前から文通が盛んとなり、局員の人員不足解消のために機械人形グミ職人によって製造されました」


「なるほど。機械人形グミなら感染の心配もないから、郵便局員として運搬ができるってことですか!」


「ご名答。ですが、いくら機械人形グミといえど、物理的にブリザードの影響を受けます。

 最初はもっと大きな蜂大型の荷物運びを行っていたのですが、吹雪による整備不良を起こし、道中で故障する事故が多発しました。

 改良に改良を重ね、今は手紙運びに特化した性能となってます。手紙ならば大型の荷物よりも重量が軽く、敏捷さも増して吹雪の中を飛ぶ時間も減少し、ダメージ量を抑えられますからね。

 往路と復路で必ずメンテナンスが必要ですが、それでもかつての郵便蜂メール・ビーと比較すれば性能は段違いです」


 ダンが説明していると、ゲートの方から郵便蜂メール・ビーが飛んできた。ダンが「すみません」と呼び止めると、ブリキの蜂は振り返り、一礼した。


『オハヨウゴザイマス、ダンサン。何カ御用デショウカ?』


 郵便蜂メール・ビーの声は機械仕掛けで抑揚はないが、意外と少女のように愛らしく高い声だった。


「おはようございます。クローバーさんはいらっしゃいますか?」


『局長デスネ? 承知シマシタ。少々オ待チクダサイ』


 郵便蜂メール・ビーはバッグヤードへと飛んでいく。


 すると1分もしないうちに、眼鏡をかけたスーツ姿の女性がこちらへ走ってきた。レモネード色のシニヨンヘアーを黄緑色のシュシュでまとめており、パステルブルーの眼鏡の奥からは大きな栗色の瞳を覗かせている。


「おはよう、そしてお帰りなさいダンさん! 無事に帰ってきたってことは、イキシアさんの依頼を無事こなして下さったんですね? お疲れさまでした!」


「おはようございます、クローバーさん。こちら、領収書です」


 ダンは暗褐色の革コートのポケットから、小さな紙きれを女性に手渡す。ダンが渡したそれは、昨夜イキシアに何かを書かせていたものだ。領収書だったらしい。クローバーと呼ばれた女性は、紙を隅々までチェックし、小さく頷く。


「……はい、確認しました! それで、私に何か用があるとか?」


「ええ。実は――」


 ダンは少し後ろに控えていたかぼちゃ頭の方へ視線を向けたので、クローバーも同様に視線を動かす。


 二人にじっと見られたペポは緊張が走る。


「彼はペポさん。郵便局員志望の機械人形グミです」


「初めまして。おれ、ペポって言いま――」


「きゃ、きゃわ~~~っ!!」


 ペポが名乗ろうとすると、クローバーは手を頬に添え、目を爛々らんらんと輝かせた。女性はしゃがみ込むと、かぼちゃ頭の体を様々な角度から見つめてくる。


 積極的な女性の態度に、ペポは思わず後ずさった。


「あ、あの……」


「あっ、ごめんなさい! 私はクローバーといいます。ここ『蜂の巣ハニー・コム』社の局長です」


 正気に戻ろうと、クローバーは自身の両頬を2回叩く。そして彼女はペポに手を伸ばし、二人は改めて握手を交わした。


「……で、局員志望ってことだけど、このバッグヤードで働きたいってことですか?」


「いえ、あの……おれ、ダンさんと同じように運び屋として働かせてほしいんです」


「はっ、運び屋ぁっ!? あ、えっと……その……」


 何故かクローバーは困り顔になり、視線をかぼちゃ頭から逸らした。するとクローバーは立ち上がり、ダンのコートの裾を掴んだ。


「ちょっ、ちょっとダンさん借りるねっ! ペポ君、壁際の椅子に腰かけてちょっと待っててもらえる?」


「は、はい。分かりました……」


 クローバーはダンを引きずりながら、バックヤードの方へと向かう。一人ぽつんと取り残されたペポは、言われた通り左側にある待合室用の横長椅子に座った。椅子に座ると、バックヤードの方で何かを話し合う二人の姿が見える。ダンの真剣な面持ちは変わらないが、クローバーは眉根を寄せて話したり、時に頭を抱えて唸ったりしているのだ。


 ――やっぱり、運び屋になるのは無理なのか。


 チラと聞いたが、運び屋は別のエリアへの運搬だけでなく、時にモンスターや賊を相手取らなければならない。故に、結晶病の感染は免れようとも、特別な能力もなければ戦闘スキルもない自分が、危険と隣り合わせの職に就くのは無謀と思われても無理もないのだ。


 望み薄だと判断したペポは、郵便局に勤められなければどこで仕事をするか、他にもエリア間を移動できる方法はないかと思考を巡らす。


 5分経った頃、二人はペポの元へと戻ってきた。クローバーは浮かない顔をしていたので、かぼちゃ頭は予想通りの反応を貰うだろうと思いきや――


「ペポ君、お待たせしました。リムブルックの長、マールスさんが執務室でお待ちです。あの奥のエレベーターから8階まで昇ってください」


「え?」


 クローバーは、蜂の巣型の棚の右横にあるエレベーターを指さす。エレベーターの扉は手動で開ける真鍮色の蛇腹タイプのドアで、エレベーターの上部にあるインジケーターも相まって非常にレトロなデザインをしている。バックヤードの壁一面を占める棚の存在感のせいで、今の今までエレベーターに気づかなかった。


「お、おれ……ここで働いていいんですか?」


 目の前に立つクローバーを見上げてペポは尋ねた。クローバーは申し訳なさそうに両手を組む。


「私は……本心で言えば、あまりオススメできません。言い方が悪いかもしれませんが、いくら機械人形グミといえど命の危険が伴う仕事に子供を巻き込むのは、ちょっと……。

 ですが、ペポ君の件をマールスさんにお話ししたら『ぜひ会って話したい』と仰ってたので、もしマールスさんが認めたら、あなたを新入社員として歓迎します! いわば試験ですね」


「ほ、本当ですか!? おれ、がんばります!」


 会って話したい――即ち、面接のようなものだろう。


 何を話すか、エレベーターに乗っている間にだいたい決めておかなければ。奮起するペポは椅子から飛び降り、両手をグッと握って気合を入れる。


「じゃあ、おれ行ってきます! ちゃんとここの職員になってみせますよ!」


「頑張るのはほどほどにね。とにかく応援してます。ダンさん、あとはお願いしますね」


「勿論」


 こうして、ペポはダンに連れられてエレベーターの方へと向かった。二人が上階へ上がっていくのを見送った後、クローバーは不安そうに呟いた。


「……ペポ君、くれぐれも気を付けてね」



     ♢



 エレベーターで8階まで昇ると、ペポとダンが辿り着いた先は無人の大部屋だった。


 明かりが付いておらず、窓から差し込む光のみが辺りを照らしているため、部屋の中は少しばかり仄暗い。アンティークなワインレッドのカーペットが敷かれ、金の幾何学模様が描かれた茶色の壁紙には、剥製の鹿の頭や鎧一式が飾られている。


 部屋の向こうには観音扉があった。おそらく向こうが執務室であり、リムブルックのトップであるマールスがいるのだろう。


 二人がエレベーターを降りて数歩部屋の中へ歩みを進めると、どこからともなく声が響いた。


『やあやあ、私はマールスだ! いつもお疲れ様、ダンくん。お仕事は順調かい?』


「ええ」


 いつも温厚なダンの返答は冷たいものだった。あまり話したくない、という本音が低いトーンに出ている。


 ダンの愛想のない返答を気にすることなく、マールスなる人物はお構いなしにまくし立ててくる。


『ふむふむ。キミがかぼちゃ頭の機械人形――ペポくんだね。ようこそ、『スマイリー・トピア』へ! ようこそ、『蜂の巣ハニー・コム』社へー!』


 高めの男の声は、スピーカーから話しているのか、若干ノイズがかっていた。謎の男のハイテンションな声に、ペポは少し気圧される。


「ど、どうも……。初めまして、ペポです」


『ペポくん、初めまして♪ そして……』


 マールスのあいさつに合わせて、ブラックホールのように渦巻く小さな黒霧が、二人の頭上に現れた。見上げると、霧の中から1m弱のクマのぬいぐるみが落ちてきた。ぬいぐるみは何故か血と鉄錆がついた斧を右手に持ち、振りかざそうとしている。


「……ッ!? ペポさん!!」


「え?」


 異変に気付いたダンがペポを付き飛ばそうとするも、時すでに遅し――


『御機嫌よう』


 クマのぬいぐるみは着地する直前、無残にもカボチャ頭を一刀両断したのだった。

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