第3節 白亜の城の郵便局

第1話 林檎と蜂の巣(1/2)

 翌日の6時頃。『魔女の休息』に訪れたダンは、昨夜言った通りペポを迎えに来た。


 イキシアに店の空き部屋に寝泊まりさせてもらった礼を告げ、かぼちゃ頭は壮年の運び屋と共に、魔女の薬屋を後にする。


「ペポさん、行きましょう」


 初めて『魔女の休息』に連れて行ってもらった時と同様、ペポはダンの少し後ろを歩く。1m近くも身長差があるため、ペポが小走りで後を追う。するとその姿に気づいたのか、ダンはゆっくりと歩いてかぼちゃ頭と歩幅を合わせた。


 ――なんだかんだ言いつつも、ダンさんはやっぱり優しい人だ。彼の顔を見上げながらペポはしみじみ思った。


 ダンとペポは、昨夜初めて出会ったメリーゴーランドや、ゲームコーナーが立ち並ぶ場所まで歩を進めていく。屋内型メインストリートを抜けると、辺りがすっかり快晴となっており、かぼちゃ頭はふと疑問を口に出す。


「……あれ? 夜じゃない?」


 ペポは思い出す。自身を異世界に飛ばした謎の存在【アイ】が、ホロウメアを『永遠の冬の夜に鎖された世界だ』と称していたことを。


 だが、今はどうだろうか。蒼玉そうぎょくが発していた言葉とは裏腹に、清々しい冬の朝だ。まだ顔を出し始めた朝焼けが優しく照らし、冬のしんとした空気が頬を撫でる。


をご覧なさい」


 ダンの指さした方向には、園内をぐるっと覆う鉄格子と、その上に点々と置かれた楕円形のランプがある。ランプは夜の海を漂うホタルイカを連想させる、青白い煌めきを放っていた。


「あのランプの中には『夜光石』という特殊な鉱石が埋まっています。夜光石は旅人の道標みちしるべとして用いられるだけでなく、避難所に住む我々を守る守り石でもあるのです」


「守り石?」


「10年前からホロウメア全土は『冬の夜』に鎖されてます。

 しかし、グミ職人が作った灯篭とうろうと魔法使いが夜光石に込めた魔力で、一定範囲内は吹雪の被害を逃れられるのです。わばあの柵とランプは、ここ『スマイリー・トピア』の住民が安全に暮らすために造られた結界。故に、避難所の中にいればブリザードも防げ、なおかつ太陽も昇ります。

 ――といっても、避難所で見る朝も夜も結界が作り出した偽物であり、四季の再現まではできません。

 仮初かりそめの安寧ではありますが、それでも住民たちの支えになっているのは事実。

 ですから我々運び屋は、生存者たちのもとへ荷物を運ぶだけでなく、厄災を招いたであろう存在を探すことも、仕事に入っています」


「え? この原因を作った存在の目星が付いてるんですか!?」


「まだ確定してはいませんが、可能性は大いにあるかと。

 ……して、ペポさん。今一度あなたに問います。

 あなたがなろうとしている『運び屋』という職は、常に危険と隣り合わせ。

 ペポさんは『結晶病』を発症する可能性はないですが、それでも外に赴けば得体の知れないモンスターや、賊に襲われる可能性も充分あります。もしかしたら、旅の道中で命を落とすこともあり得る。

 運び屋同士は同業者と言えど、一蓮托生の間柄ではありません。不測の事態が起きた際は、同業者を見捨てて荷を運び、厄災の情報を上に提示しなければならない。

 これから待ち受ける危険に立ち向かう覚悟、そして同業を見捨てる乃至ないしは見捨てられるという厳しい現実と向き合う覚悟が、あなたにありますか……?」


 ダンは紅茶色の瞳をペポに向けてきた。温厚な彼にしては珍しく、眉根を中央に寄せ、険しい表情を浮かべている。


 ダンがペポと会った際に、「僕はまだ人の心を捨てたつもりはない」と言っていたのは、おそらく非情な選択を何度も強いられ、人としての心を亡くしかけるほど幾多の修羅場を潜り抜けてきたからなのだろう。


 もしかしたら、今こうして接してくれている哀愁の運び屋も、自分を見捨てる時が来るのかもしれない。あるいは自分が逆の立場になる可能性も――。


 だが、額を床にこすりつけるほどに頼み込んだ時点で、ペポの心は決まっていた。


「おれだって、生半可な気持ちで頼んだわけじゃありません。見知らぬ世界に飛ばされた時から、おれは既に腹を括ってます」


 自分自身を取り戻すためなら、どんな手段も厭わない。たとえ恥辱を受けようとも、苦汁を飲もうとも、四肢がもげようとも、必ず【i】とのゲームに勝ってみせる。


 小さなカボチャ頭の男気溢れる眼差しに満足したのか、ダンはいつもの優し気な顔に戻った。


「分かりました、ついてきてください」


 そして、ペポとダンは再び歩き始めた。メリーゴーランド、ミニゲームコーナーを抜けると、赤と黄色の縞模様が入った大きなサーカス団のテントが見えてきた。


 テントには『世紀の大奇術師ミムラス、炎の海に飛び込む!?』『ガールズバンド【2ツーBビーYワイRアールPピーGジー】、スマイリー・トピアにてライブ決定!』などなど、セピア色のポスターが張られている。


 テントの右手側には数々の飲食店が建ち、早朝からパンを焼く甘く香ばしい匂いが漂ってくる。さらにテントの左手には屋外シアターがあり、煉瓦の壁に巨大スクリーンが張られ、距離を置いた先には年季の入った映写機がポツンと置かれていた。


 しかし、まだ目的地ではないようで、ダンはテントを通り過ぎた後も未だ歩き続ける。


「――にしても、ここって広いですね。まだ奥にもいろんなアトラクションや建物があるし」


「そうですね。リムブルックの長であり遊園地のオーナーであるマールスさんはワンマンな方ですから。広さで言えば、ざっと5万人は住めますね」


「ご、5万!?」


 確か東京ドームも似たような収容可能人数だったはず、とペポは記憶の引き出しを探る。ならばこの遊園地も同等の規模を誇ると見ていいだろう。


「めちゃめちゃ広いですね……。じゃあ、災害が起きた時から皆さんずーっとここに避難してるんですか?」


「いいえ。パンデミックが起きてすぐ、遊園地のオーナーであるマールスさんは、『スマイリー・トピア』を閉園しました。テーマパークは大勢の人が集まりやすいですから、感染拡大予防のためにね。

 ですが、6年前のある日、リムブルックにあった計10か所の避難所でパンデミックが起き、前のリムブルックのトップが亡くなりました。結晶病が蔓延してから早4年。数百万人いたリムブルックの人口も大幅に低下し、1万人ほどとなりました。

 避難所でパンデミックが起きたうえに、頼りとなるリーダーも亡くなった。そんな時、マールスさんが遊園地を久々に開園したんです。今の人口ならば、パーク内でひしめき合って生活することもないだろう、とね。

 彼はかつて自身が経営していた遊園地を、リムブルックの最後の避難所として提供したんです。彼の行為によって救われた住民たちは当然彼をトップに推薦し、今に至るというわけですよ。

 ちなみにイキシアさんが経営しているお店も、マールスさんが場所を提供してくださったんです。加えて僕が所属する郵便局も、彼が支援してくださったおかげで園内に開設できたんです」


「最早救世主じゃないですか! 凄い人ですね、マールスさんって」


 人格者が統治する区域であり、なおかつダンが務める――すなわち、自分も所属することになるであろう機関のトップにいる。ダンの話を聞いて「悪い人ではなさそう」、とペポは安堵する。


 しかし、何故かダンは「人格者」という言葉を聞いて一瞬だけ眉をひそめた。


 かぼちゃ頭は、隣を歩く哀愁の運び屋の表情の変化を見逃さない。


「……ダンさん?」


「いいえ、なんでも。さあ、着きましたよ」


 ダンに連れられて辿り着いた先は――


「うわあぁぁ……っ! すご……!」


 これまでの近代的な建物やアトラクションとは打って変わり、ペポの目の前にはロマネスク建築の外観を持つ白亜の古城がそびえ立っていた。


「ここがリムブルックの生活を支える重要拠点『エデンアップル城』です」


 木造りの荘厳な城門は開け放たれ、大荷物を抱えた運び屋らしき人物や、5歳児くらいの大きさのブリキ製の蜂が羽音を響かせ、城内や城外へと行きかう姿を垣間見る。


「安心してください。彼らも立派な郵便局の職員たちです。中は広くて迷いやすいですから、僕から離れないように」


 こうして、ペポはダンの手引きにより、リムブルックの重要拠点の中へと足を踏み入れたのだった。

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