第2.5節 緑林檎の主

外伝 舞い降りたスパイス

 リムブルックの最後の砦――遊園地『スマイリー・トピア』。


 テーマパークの中心部に立つ白亜の古城の最上階にて、継ぎ接ぎのタキシードを来た男が安楽椅子探偵のように革製のデスクチェアに腰かけ、鼻歌を歌っていた。


「ふ~んふふ~んふ~ん♪ ふ~んふふ~ん♪」


 眼鏡をかけた謎の男は、自身の仕事机に置かれた金魚鉢と同等の水晶玉を眺めていた。机の横には彼のお気に入りのステッキが立てかけられており、持ち手の先端部分には一口かじられた銀のリンゴがあしらわれている。


 水晶玉にはテーマパーク内のあらゆる場所が移されており、住民や建物で不審な事件や問題などが起こってないか、彼は毎日チェックしている。


 だが――


「…………はぁ~あ」


 男は延々と続く地味な作業に飽き飽きしていた。


 リムブルックを治める者という立ち位置に就けば、自身のテーマパークに住民を住まわすことができる。幼少期、親から買ってもらったおままごとセットで、自分の好きな人形を好きな家に住まわせ、自分の好きな洋服に着替えさせていた。心躍ったあのおままごとを等身大で行える。思い描いていた夢がついに実現できると考え、パンデミックが起こった際に久方ぶりに『スマイリー・トピア』を開園したのだ。


 しかし、あれから6年経ち、住民たちはテーマパーク内での生活に慣れきってしまい、面白みもなくなってしまった。


 平和なのは良い。住民にとっては良いことではあるが、男にとって平穏、平淡、平凡は敵だ。リムブルックのリーダーという立場が日常業務ルーティンワークと化してしまい、奇跡的に感染者が抑えられ、避難所を襲撃する蛮族もいないので、退屈な日常に男は辟易としている。


「はぁ……退屈だ。退屈すぎて死にそうだ。

 いや、その程度で死ぬほど私はやわじゃないが、心が死んでしま……ん? おや? おやおやおや?」


 男は水晶玉に映る映像を流し見し、指でスクロールしていると、ある映像に辿り着いた。


『魔女の休息』で談笑するペポ、ダン、イキシアの3人の姿だ。


「ほほぉーう、これはこれは。ククククク♪」


 男は前のめりに映像を凝視する。数度大きく瞬きをした後、水晶玉を指で軽く叩き、ペポの顔を拡大表示にした。半月を描く大きな口からは、歯が剥き出しになる。


「かぼちゃ頭の異邦人――か。とはまた違ったベクトルで面白そうだ。はまるで心がない人形だったからなあ。感情豊かなかぼちゃの機械人形グミの方が非常にそそられる」


 男は愉快そうに笑い、舌なめずりをする。目の前に高級な霜降り肉を出されて高揚感に浸る肉食獣のように。


「いやはや、実に素晴らしい! 生きていてよかったあ! マールスの人生は、なんと輝かしいものだろう!

 ……まあ私はヒトではないがな、ハハハ♪」


 座している椅子をクルクルと回転させながら、マールスは両手を大きく上げて歓喜の声を上げる。1人暗い部屋の中にいるにもかかわらず、彼の台詞は観客に語りかける俳優が如く芝居がかっていた。


「ふぅむ。これはなかなか、良いエンターテイメントを見られそうだ! もそう思うだろう?」


 マールスはに振り返った。何の反応も返ってこないからか、彼はむっと唇を尖らせ、リンゴの飾りが付いたお気に入りのステッキを持ち上げ指して来たのだ。


「――キミだよ、キ・ミ! 

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