第3話 藁にも縋る思い

 イキシアが厨房から白い丸パンの入ったトレーを抱えて戻ると、ペポとダンを含めた3人は夕食を共にした。初対面とは思えないくらいに運び屋の男性と千里眼の魔女は親しみやすく、まるで旧知の間柄のように会話が弾むので、ペポはすっかり2人を気に入ってた。


 そして歓談している最中、イキシアが唐突にペポとダンに向けて問いかけた。


「――ところで、貴方たちはいつ出発するの? 早ければ明日?」


 ペポとダンは魔女の質問の意図が分からず、互いに見合わせ目をパチクリとさせる。すると今度は、イキシアの方が「何故?」と言わんばかりに首を傾げた。


「えっ、だってペポちゃんの同郷の子を探すために、ダンは一緒に行くんじゃないの? 他エリアに行くなら、届け出は早めの方がいいんじゃない?」


「ちょっ、待ってください、イキシアさん。僕は一言も『彼を運ぶ』とは言ってませんよ……!?」


「あら? 『道中を共にする』とか言ってなかった?」


「僕はただ『イキシアさんのもとに案内して、解決策を講じていただく』という意味で言っただけで……」


 ――届け出? 運ぶ? いったい何を言っているのだろうか?


 ホロウメアの日常会話についていけず、ペポは交互に2人を見つめる。困惑する小さな異邦人の姿に、ダンは懊悩おうのうとしながら頭に手を添えてこう言った。


「ホロウメアは9つのエリアに分かれていると言いましたよね? 今や結晶病が蔓延した世の中では、各都市および避難所への移動も容易ではありません。

 そこで我々のように、査定や検査を終えて認可の降りた『運び屋』のみが、荷物の運搬業者や籠屋タクシーとして各都市を巡れるんです。

 ですが、同じ避難所内だったらまだしも、別の都市から都市へ物や人を運ぶためには郵便局および統率者トップへの届け出が必須、という取り決めなんです」


「なるほど! じゃあ、今すぐ届け出を提出しに――」


「それはできません」


 かぼちゃ頭の提案を、哀愁漂う運び屋は一掃した。初めてダンから拒絶されたことによる悲しさと、理由も分からずに申し出を断られた理不尽さに、ペポは悶々とする。


「な、なんでです……?」


 ペポの問いに、ダンは申し訳なさそうに目を伏せた。


「こんな事を言うのは心苦しいですが、僕は義理や人情で仕事をやっているわけではないんです。自分の生活のために運び屋をやっているのであって、対価もなしに危険な仕事をおいそれと引き受けられません……すみません、ペポさん」


 ダンの話を聞いて、ペポは合点がいく。


 自分は先程ホロウメアに辿り着いたばかり。金もなければ対価として支払えるものなど何もない。そのうえ、彼が営む運び屋という仕事は、吹雪が舞う外の世界――つまり『結晶病』という疫病が蔓延する危険地帯を歩き回らねばならないのだ。


 一歩間違えればお陀仏になりかねない命がけの仕事。それを、いくら親しくなったからと言えど、初対面の人間が無償で頼んでいいものではない。


 だが、ペポとて分かりきってはいても、どうしても諦めきれなかった。バッと椅子から飛び降りると、ペポは特徴的な額を地面に擦り付け、必死に頼み込んだ。


「ダンさん、お願いします! おれを運んでください!

 おれ、確かにまだここに着いたばかりで、右も左も分からなければ金もありません!

 でも、おれはどうしても、もう一人の異世界人と会わなきゃならないんです! 自分の記憶と何か関係してるなら、尚更引き下がれません!

 お金は……お金はちゃんと支払います! 後払いになって申し訳ありませんが、でも、おれにもできる仕事を探して、ちゃんとキッチリ支払います!

 だからどうか……どうかお願いします! おれを、あいつの許まで運んでください!!」


 かぼちゃ頭の熱意ある申し出に対し、哀愁の運び屋の反応はなんとも冷ややかなものだった。


「……キッチリ支払うと言いましたが、お仕事の当てはありますか?

 それに、まず彼がどこにいるのかハッキリしていません。もしそうなれば、僕はひたすら彼に辿り着くまで、永遠にあなたを運び続けなければならないですし、その分費用はどんどん膨れ上がる一方ですよ?」


「そ、それは……」


「ペポさん。焦るあなたのお気持ちも分かります。

 ですが、補償の出来ない約束を軽々しく口に出すものではありません。口約束というのは、不誠実な者の好都合な詭弁きべんです」


 ダンの正論に、ペポは言葉も出ない。


 今はあいつを見つけたい。その一心で頼んだとして、いざ支払いを求められたら自分が払えるものは何もない。仕事を見つけると言ったものの、もし門前払いを食らってダンとの約束を反故ほごにしてしまったら、どう落とし前をつけるのか。


 単純なことにまで頭が回らないほど、自分は周りが見えていなかった。土下座をしてまで頼み込んだのに断られてしまった悲しさ以上に、後先考えずに物を言う己の愚昧さに腹が立つ。


 ペポがグッと歯を食いしばっていると、カウンターの向こうからイキシアが声をかけてきた。


「じゃあ、ペポちゃんも運び屋になればいいんじゃない?」


 千里眼の魔女はビーフシチューを口に運びながら、軽いノリで言う。


 何を馬鹿な、と壮年の男性は顔をしかめる。


「イキシアさん、そう簡単に言いますが、まず運び屋は物を運ぶ仕事です。ペポさんは体も小さいのに、重い物を運ぶなど不可能ですよ」


「重い物が運べなくても、他のを使えば運べるじゃない?

 何もペポちゃんが重い物を抱えて運ぶんじゃなく、何かに乗せて、指定された場所まで運べばいいんだから」


「それはそうかもしれませんが……」


「第一、ペポちゃんの体なら感染しないでしょ。飲食もできるし涙も出るけど、そもそもこの子自体なんだから」


 しれっと言ったイキシアの言葉に、ダンは大きく目を見開き、そっぽを向いて黙ってしまった。


 また見知らぬ単語が飛び交ったので、ペポはチラッとイキシアに視線を向ける。


「――GUMIグミ。『Gemジェム Uniqueユニーク Machineマシーン Ismイズム(逸品唯一性機械主義)』。別名『ユニークオートマタ』。

 この世界における伝統工芸品で、意思と魔法エネルギーを持った機械人形のことよ。機械人形グミなら感染もしないから、ホロウメアでは結構重宝されているの」


「へぇ……じゃあ、この体も機械人形グミなんですか……初めて知った」


アイ】が自分に与えた体は、かぼちゃ頭の人形のようだと思っていたが、まさか本物の人形だったとは。飲食も行い、魂の汗も当然のように流れ出ていたので、全く実感がなかった。


機械人形グミは大抵ブリキ製で鈍色の体だけど、あなたはまったく別物の外見をしてるから、普通の人からしたら見分け辛いわね。

 私も最初は異形種に見えたけど、貴方の記憶を見て、人間の魂が入った機械人形グミだったってようやく気づけただけで」


 ペポは床から立ち上がり、しげしげと改めて自分の体を見つめた。


 からだの造りは人形だとしても、人として当然の行為も行えて、感覚もあれば、食欲といった欲求もある。何とも不思議なものだ。


 改めて与えられた器に関心を抱いているペポをよそに、イキシアは未だに渋るダンの説得を試みる。


「ダン……そう頑なにならなくったっていいじゃない。ヒト型の機械人形グミって時点で、既に運び屋の採用基準は満たしてるでしょう?

 お金云々もそうだろうけど、それ以上にペポちゃんを外の世界に連れ出して、危険な目に合わせたくないんじゃない? だから少し冷たく当たったのよね?」


「……なんでもお見通し、ってことですか」


「もちろん。千里眼の魔女を舐めないでちょうだい」


 フン、とイキシアは得意げに鼻を鳴らし、深緑のリップがU字を描く。


 ペポは不屈の精神を瞳に灯して、ただひたすらジッとダンを見据えた。


 魔女の説得と、小人の真剣な眼差しについに降伏したダンは、お得意の八の字眉の微笑を浮かべる。


「……僕の負けですね。分かりました。ダメ元で掛け合ってみましょう。

 あなたを運び屋見習いとして申請し、ともに仕事をこなしつつを探せば、生活費も目的も果たせるでしょうか」 


 ダンは夕食の礼をイキシアに伝えて立ち上がると、外套を羽織り、荷物をまとめた。


 ペポはこちらを背にして歩き始めた運び屋に「ありがとうございます……ッ!!」と、体育会系のように、大きな声で感謝を述べ、深々とかぼちゃ頭を下げる。


 扉の前に立つダンは振り向き、誠実な少年の姿を見てこう言った。


「明日の朝6時ごろに迎えに来ます。寝坊しないようにお願いしますよ、ペポさん?」

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