第2話 ホロウメアの悲劇

 ペポはダンと会話していく中で、異世界と現実世界の共通点をいくつか見つけていった。


 まず第1に、プリンやチョコレートなどの食品や料理、そして遊園地といった場所や物の概念が似通っている。特に料理に関しては用いる材料が多少なりとも違えど、出来上がる料理そのものは同一と言っても過言ではない。


 先程イキシアから貰ったプリンは、ペポの知る現実世界の物と同じだった。ペポ自身の記憶は欠落しているので、あくまで『プリンはこういう味だ』という知識として持っている程度だが。


 次に、各エリアには統括者トップがいるということ。


 各国に首脳がいるのと同様に、ここホロウメアでも9つのエリアごとにトップが君臨して、居住者たちをまとめ上げているのだ。各エリアの代表たちが時折会議をし、現状報告を行ったり、新たな取り決めを設けることもある。


 もっとも、リアルの政治家のように汚職や不倫といった不祥事スキャンダルで降ろされたことなどなく、老衰や病気、事故死を理由に代替わりをしているようだが、それでも各々の任期は長いらしい。


 そして一番の共通点として、多くの民族が共存して暮らしていること。


 ただし現実世界のように、生まれた国や人種が違えど「人間」という括りが同じ――というわけではない。


 ホロウメアでは人間以外にも、龍と人間のハーフの龍人、獣と人間のハーフの獣人、烏天狗や鬼などの妖怪、人語を解する炎を纏った鼠などなど、様々な種族が入り乱れて生活している。


 だがしかし、異種族同士が同じ領土内に生息していると言えど、いがみ合ってはいない。いな、いがみ合う余裕もないほど、ホロウメアはいま重大な危機に直面しているのだ。


「――結晶病?」


 ダンが発した耳慣れない単語に、ペポはオウム返しをする。


「ホロウメアで蔓延まんえんしている奇病です。ていに言えば、体が結晶化して最終的に粉微塵こなみじんになる死の病ですね」


「怖っ……。いつからそんな病気が?」


「……今からちょうど10年前の話です。

 深霜ふかしもの節(12月)の31日の夜。新たな年を迎えようとする直前、ホロウメア全土を猛吹雪が襲いました。冬という季節も相まって、最初は誰も疑問に思わず、数刻もすれば収まるだろうと考えたのです。

 しかし、朝7時を回った頃。少しばかり吹雪が落ち着いたと思い、外に出てみたら太陽が昇っておらず、あろうことか満月がそらに居座ったままだったのです。

 僕だけでなく、周りの住民たちも不審に思い、不安は住民たちの心を侵食していきました。

 それから三日後、ある町民が、自身の体の異変を訴えたのです。昨晩まで不調もなかった自身の右腕が結晶化していったのです。謎の現象は他の町民たちにも起こっており、ホロウメアは恐怖に包まれました。

 医療機関では結晶化の研究が進み、奇病が発生したきっかけはあの猛吹雪が原因であり、人から人へと感染する伝染病の一種だとも判明しました。

 しかし、医学の発達が皮肉にも生命の衰退を助長させました」


「……それは、どうして? 原因が分かったなら、解決策も見つかったんじゃ……」


「いいえ。医療分野が発達して原因と感染源が判明した時点で、すでにパンデミックは止まりませんでした。

 恐怖や疑心に憑りつかれた人々は、医療機関の発表を機に、他者を蔑ろにするようになったのです。結晶病だと判明した者を『病原菌』と揶揄し、あまつさえ避難所コロニーの外――ブリザードが吹く寒空の下に放り出しました。

 まだ手を尽くせば助かる可能性もあった、初期症状の患者も大勢いたというのに……まったく、愚劣の極みだ」


 ペポはゾッとした。


 人の心の奥底に隠れ潜んでいた凶暴な本性が剥き出しになり、無辜むこの民に向けられた様を。常に温厚な男が口惜しそうに両手を組んで歯を食いしばり、一瞬でも憤怒と殺意を滲ませ、獰猛な獣のような威圧感を放ったことを。


 しかし、小さくため息をついたダンは、普段の柔和な男性の容貌に戻った。


「我が身可愛さのあまりホロウメアの多くの住人は心を亡くし、他者を蹴り落してでも生に縋りつこうと惨めに藻掻きました。当時のエリアを統べていた者たちでさえも、手が付けられないほどに。

 結果的に暴動や反乱によってパンデミックは拡大し、何億といた住民も今や数万人まで減り、気づけばホロウメアの9つのエリアの避難所は、各エリアに1つずつとなってしまいました」


「ってことは、この遊園地も避難所コロニーってことですか?」


「仰る通り。この巨大遊園地こそ、ホロウメアの区画の1つ――リムブルックを支える最後の砦」


「そしてこの遊園地の支配人オーナーが、今のリムブルックの統治者ってわけ」


 ダンの説明に、厨房から戻ってきたイキシアが付け加えた。千里眼の魔女はキッチンミトンで包んだ手で、コトコトと音を立てる赤い鍋を持っている。


「二人ともお待たせ。シチューが出来たわよ」


 かぼちゃの少年と運び屋が待つテーブルの上に、イキシアは大鍋をトンッと置いた。そして艶やかな魔女は、緑色の唇を得意げに緩ませて鍋蓋を開く。


「うわあぁぁ……」


 ダンとペポは同時に息を呑んだ。


 蓋を開くと、中からは牛筋肉と野菜やブイヨンが合わさった深みある芳香が、湯気とと共に立ち込めた。


 ペポの腹の虫は先に食べたプリンだけでは満足できず、再び低い唸り声を上げて欲求不満を訴える。


「とりあえず、食べながら話の続きでもしましょ? 二人とも、パンとライスどっちがいいかしら?」


 ペポとダンは口を揃えて「パンで!」と言った。


「ふふっ、はいはい。ちょっと待っててね」


 本当の親子のように息の合った彼らを見て、イキシアは優しく微笑んだ。


 だが、同時に(ダンには口が裂けても言えないわね)と、思いながら再び厨房の奥へと戻っていくのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る