第2節 遊園地『スマイリー・トピア』

第1話 会話に咲いた花

「ぐずッ……ふ、二人とも……ありがとう、ございます……」


 かぼちゃ頭の少年ペポの心はようやく落ち着いた。先程まで初対面の男女の前で泣き崩れていた彼は、今更ながら痴態ちたいを晒してしまったことへの羞恥と後悔で胸がいっぱいだ。


「気にしなくていいのよ。辛かったら辛いって言ってもいいし、逃げる権利もあるんだから。

 ――さあて。私は厨房に行ってくるから、あとはよろしね、ダン」


「勿論」


 目元がフードで覆われた魔女イキシアは、ペポの介抱をダンに任せ、奥へとはけて行った。


 ダンは自身が羽織っていたコートをペポにかける。運び屋の男は分厚いコートに押し潰されて形の崩れた黒のタートルネックの首元を直すと、かぼちゃ頭の小さな背中をゆっくりとさすった。


「本当に強い人ですよ、あなたは。外見は幼子同然なのに、心根はしっかりとして……。

 そもそも、たった一人で見ず知らずの土地に飛ばされ、挙句の果てに記憶をなくした状態で彷徨わなければならないとは、不安と恐怖で満ちていたでしょう。

 もし、自分の子供もあなたと同じ目にあったらと考えたら、胸が詰まりそうです」


「……あれ? ダンさんって、お子さんがいるんですか?」


 ――そういえば、この店に来た時に「妻子持ちの僕」ってイキシアさんに言ってたな。


 ペポはダンの発言を思い返し、何気なく問いかけた。するとダンは、一度瞬きをした後にコクリと頷いた。


「えっ、ええ、まあ……6歳の息子が一人。ちょうど、あなたと同じ背丈くらいでしたね」


「でした?」


 なぜ過去形なのだろうか。疑問が浮かぶと同時に、ペポは哀愁漂う運び屋の言葉を反芻はんすうする。


 ダンの小ぶりの唇はカーブを描くも、眉は複雑そうに歪んだ。壮年の男性は少しばかり言うまいか否か迷った末に、重い口を開いた。


「……暫く会っていないもので」


「お仕事が忙しくて、ってことですか?」


「……まあ、そんなところですね」


「お子さん、きっと寂しがってると思いますよ。お子さんだけでなく、奥さんもきっと……」


「ははは、だといいんですが……。でも、僕はまだ会えないんですよ。今のままでは、リリーナにもコリウスにも、顔向けができませんから……」


 ダンの瞳は悲哀に満ち、ふいっとペポから目を逸らす。


 もしや何か事情があったんだろうか。深く入り込んでしまったことを反省し、ペポは特徴的なオレンジの大きな頭を深々と下げる。


「ご、ごめんなさい! おれ、人様の事情に首突っ込んで……!」


「いえいえ、お気になさらず。あなたは当然の疑問を抱いて質問しただけですから。何の罪もありませんよ。ですから、どうか顔を上げてください」


 ペポはゆっくりと顔を上げて、ダンを見据えた。


 悲壮感溢るる壮年の男性の表情からは、不快感や怒りなどはまったく感じない。相も変わらず、柔和で秀麗な面差しのままだ。


 ダンの顔を見つめていると、ペポはふとあることに気づく。外套やマフラーで見えていなかったが、彼は左耳に銀のリング型ピアスをぶら下げていたのだ。


 ――改めて思ったけど、ダンさんってカッコいいな。チョイワルおじさんって感じがする。


 タートルネックの上からでも分かるくらいに程よく筋肉の付いた体躯、暗い茶系のウェービーヘアー、少しばかり顎鬚を蓄えた悩まし気な甘いマスクと片耳ピアス。おまけにヤンチャそうな外見とは裏腹に、子供に対して目線を同じ高さに揃えて話す紳士的な立ち居振る舞いと、丁寧で物腰柔らかな口調のギャップ。


 同性でも憧れる少し危ない匂いを醸し出したイタリアの伊達男――自分がかつて生きた世界にもしダンが存在したら、おそらくそうもくされていただろう。


「……さん……ペポさん!」


 ダンの呼びかけによって、心ここに非ずだったペポは現実世界へと帰還する。


「大丈夫ですか? また何か思い悩むことでも?」


「ああ、いえ別に! なんでもないっす……!」


 心配そうな面持ちのダンに、ペポは数度頭を振った。


「そうですか? なら良いのですが……。もし何か気になることがあれば遠慮なく言ってください。

 ……あっ、なんでしたら、この世界についての質問でも構いませんよ」


「えっ、いいんですか……っ!?」


「はい。僕が答えられる範囲であれば何でも。まだイキシアさんが戻ってこないようなので、話の種になれば、と」


 ダンはニコリと微笑みかける。先程までつい見惚れていたことも相まってか、ペポは少しばかりドギマギしてしまう。


 いや、それ以上に聞きたいことが山ほどあり、どれから質問すればよいものかと思い悩んでいるのだ。複数人の自分が円卓に座し、脳内で議論しているかのように。


「あの……えーっと……そういえば、ここって遊園地……なんですか?」


 脳内会議で最初に決定したテーマを、ペポが口に出す。かぼちゃ頭の問いかけに、ダンの眉がピクリと上がった。


「ええ、その通り。もしや、遊園地をご存知なんですか? ということは、そちらの世界にも同じものが?」


「そうなんです! でも、なんだかここの遊園地は、おれの知ってる遊園地とはちょっと違うんですよね。なんとなーく古めで懐かしくって、切ないっていうか……」


「ふむ、それは興味深いですね。まさか違う世界同士でも同じような物が存在するとは……。

 ふふ、ペポさんとの会話で得るものも多そうです。私も何か気になることがあれば、あなたに尋ねてみても?」


「はい! おれの記憶にある事だったら、頑張って答えます!」


「ふふふ。今宵は楽しい夜になりそうですね」


 こうして、ペポとダンは互いの世界に関心を抱き、どんどん話が広がっていくのだった。

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