第1.5節 かぼちゃの影

外伝 表裏

 薬屋『魔女の休息』の様子を、店の外からじっと見つめる人物がいた。


「へぇ……あいつがそうか……」


 無機質に発した声から、青年期の男であることが分かる。が、謎の人物は黒のローブを着込んでおり、素顔がよく見えない。影が意思を持って動いている、と言われてもおかしくない風体ふうていだ。


「ふっ、ははは……泣いてらぁ。情けねぇな……」


 薬屋の店内では、カウンターテーブルにかぼちゃ頭の小人と壮年期の男性が。彼らの向かい側には、目元を妖しげなベールで隠した女性が座っている。ボロボロと泣き崩れるかぼちゃ頭を、美男美女が優しく慰めているところだった。


「……あいつ、ぴぃぴぃ泣いてりゃあ済むとでも思ってんのか。せっかく夢が叶ったんだから、もっと喜べばいいのに……虫唾むしずが走る」


 謎の声は異形頭の様子を眺め、憎々しげに吐き捨てた。彼はローブを翻し、遊園地の出入り口へと歩を進める。


「何が『全てを捨てて一から異世界でやり直したい』だ。おまけに記憶がなくなりゃ怖気づいて、『元の世界に帰りたい』ときた。とことん都合よく意見を変えやがる」


 影の語気は強く、怒り心頭といった様子。


 ――何もかも。なにもかもあいつのせいだ。あいつの望みが、俺の全てを変えたんだ。


「クソッ!!」


 彼は行き場のない怒りを右拳に乗せ、たまたま近くにあった娯楽施設のポップコーンワゴンへとぶつけた。鉛の重低音と硝子ガラスの甲高い叫びが、静寂せいじゃくに包まれていたテーマパーク内に響く。


 なんということか。先程まで移動販売車のていしていた物は、たった一度の拳撃けんげきによってスクラップとなってしまったのだ。


「ハァ……ハァ……」


 謎の人影は、った右手を突き出したまま、左手で頭を支える。


 ――痛い。


 彼の痛覚を刺激したのは、ワゴンを鉄くずにした右手にあらず。反対の手でぐっと抑えている前頭葉の方だ。


 ――痛い、痛い、痛い、いたい、いたい、いたイ、イタイ、痛イ……ッ!!!


 頭にギリギリと痛みが走る。まるで脳内を有刺鉄線で縛り上げられているみたいだ。黒ローブの男は激痛を抑えるため、ゆっくりと深呼吸を重ねる。


「ハァ……はぁ……おちつけ……落ち着くんだ俺……そうだ。こういう時は、昔よく見たアニメを思い出すんだ。アニメでも、アニソンでも、ゲームでも、推しキャラでも、自分の好きな事だったらなんでもいい……」


 影は自身に言い聞かせるようにそう呟いた。


 やがて冷静さを取り戻した謎の人物は、いつの間にやら眼前に表示されていた半透明のホロウインドウを一瞥いちべつする。


『マップ内オブシェクト破壊により20エボル獲得。

 残高10410エボル。

 獲得経験値なし。

 次のレベルまであと576Exp必要』


「チッ……! ああ。わーったよ、うっせえな……」


 ホロウインドウがうとましいのか、彼は右手で軽く振り払う。彼の動作に合わせ、薄緑の画面はひゅん、っと音を立てて消滅した。


「異世界に行きたい、か……ったく、変われるもんなら変わってほしいぜ……」


 彼は肺に溜まっていた空気を吐き出す。かぼちゃ頭を敵視する謎の影は、ふっと『魔女の休息』へと振り返った。


「……羨ましいよ。お前はそうやって簡単に未来を変えられるんだからな」


 拗ねた子供のような呟きには、憧れだけでなく、諦めとも取れる含みが感じ取れた。


 そして謎の人影はエントランスへと向き直り、再び歩き出す。


「いいぜ、兄弟。俺が白黒はっきりさせてやる。本当の勇者が誰なのかをな……!」


 謎の人物は、ザッザッ、とパークに敷かれた純白の絨毯じゅうたんの上に足跡を残す。


 しかし、冬将軍の息吹によって、くっきりと残っていた軌跡きせきは、みるみると姿を消した。宵闇よいやみに紛れた影の行く末を知る者は、何人たりともいない。











 そう――











わたし】を除いて。










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