6月の狂詩曲(Rhapsody in June)

井戸口治重

6月の狂詩曲

ジューンブライドの花嫁は幸せになるって俗説だけど、それに乗っかちゃうミーハーってどうなのよ。と、あたしは問いたい。

 大学時代に多少はギリシャ神話をかじったので、由来も理由も知ってはいるけど、それはそれとして敢えて言いたい! 


 夢や理想と現実とは、天と地ほども違うのだよ。と。


 月も序盤だったら、まだ良い。初夏といっても春の延長戦という感じもするし、気温も日差しも中緯度地域のこの辺りはそれほどきつくもない。

 でも、終盤も終盤、かろうじて6月なんていう無理矢理めな日取りは正直キツイ。

 さすがに対岸に位置する日出ずる国のように、毎日雨ばかりで湿気ムンムンというようなことはないが、夏の入り口のこの季節、盛装するにはあまりにも暑すぎる。

 そう。季節は正真正銘の夏なんだよ夏。

 そんな時期にクリス、アンタは結婚式を強行するのか?

 天罰が当たるぞ。きっと。




 つくづく人類の叡智は偉大だと思う。

 例え外がサハラやアマゾンの如き灼熱の地獄であろうが、一歩屋内に入ってしまえば、空調という文明の利器によって、ロッキー山麓の木陰のような涼しく快適な空間が提供されるのだ。

 現代社会に生まれたことを感謝せずにはいられない。

 そしてここがヨーロッパではなかったことにも感謝だ。見るぶんには美しくてよいが、築ウン百年なっていう文化財的な教会では空調設備など望めなかっただろうから。

 諸々のしがらみと義務で教会に早く着いたあたしは、これまた同時に得ることとなった権利と特権を行使して控え室の扉をノックした。


 返事が来るのも待たずに扉を開けると、備え付けのドレッサーに純白のウエディングドレスを纏ったクリスが腰掛けていた。


「まあ、きれい!」


 率直な感想をもらすと、「ありがとう、ルーシー」とはにかんだ笑顔で返事が返ってきた。

 緊張しているのか、はにかんだ表情が引きつった筋肉マヒに見えなくもないのだが。


「ホント、見違えちゃったわよ。あのお転婆なクリスが、こんなステキな花嫁姿になるんだもの。最近のSFXってスゴいわね」


「SFX言うな!」 


 間髪いれず、クリスが口を尖らせながら反論する。さすがにウエディング姿なので手を掲げることはなかったが、いつものラフな格好ならば拳が出ていたような勢いだった。

 うんうん、やっぱりクリスはこうでないと。しおらしいクリスなど、想像するだけで背中がむず痒い。


「でも、ホントきれいよ」 


 一応フォローしておくと、やっぱり自分でも自覚があったのか、「SFXは大げさだけど、まんざらでもないのよ」と言い出した。


「花嫁には憧れたんだけど、ウエディングドレスって見ると着るとでは大違い。こんなに大変だったとは知らなかったわよ」


 キュッと絞られた腰廻りを指差しながら、クリスが不満たらたらに「だってさあ~」と下唇を突出す。


「このドレス。見た目は可愛いデザインなんだけど、実際はコルセットで締め上げてぎっちぎち。ベールを被ってなかったら新手のSM衣装かと思っちゃうわよ」


 苦しさを煽る如く、酸欠の金魚のように口をパクパクさせながら愚痴をこぼした。

 ったく、この娘は。それくらい我慢せいっつうの。先にゴールインするんだ。苦役の一つや二つ、甘んじて受けないでどうする?


「未来に希望を持っている乙女に向かって、夢のないことを言うな」


「ルーシーのどこが乙女よ。あっちこっちで噂の絶えない魔性の女が」


 返す言葉がそれかい。


「やかまし」


 こめかみをヒクヒクさせながら、あたしは手許にあったパンフレットを丸めてクリスの頬を叩いた。


「顔はぶたないでよ! わたしは女優なんだから」


 軽くポンと叩いただけなのに、クリスは大袈裟にヨヨヨとよろめき、頬を押さえて大仰に痛がる仕草を見せる。


「アンタのどこが女優なのよ。根っからの芸人のくせして」

 可愛い顔をしているけれど、クリスほど大人しいとかおしとやかという言葉と無縁な女もそうはいない。

 よく言えば天真爛漫でハツラルなのだが、見た目以外は女としての要素が一切無いと言ったほうがむしろ適切。楚々と澄ました顔など、ついぞ見たことないのだ。

 だけど…


「やっといつものクリスに戻ったわね」


 屈託ない笑顔を見せたクリスに向かって、あたしは今日初めて目を細める。


「わたしはわたしよ。何も変わってないわ」


「そんな風に肩肘張っているところがムリしてる証拠よ」


 クリスは天然で野性児なのだ。時に煩いくらいにウザイところもあるが、パワフルな元気娘なところが彼女の魅力である。

 なのにどうだろう。マリッジブルーの花嫁さながらにアンニュイな表情を浮かべるなど、見た目こそ可憐でしおらしいが、凡そ彼女らしくない。

 素のクリスを知っているだけに、ギャップの大きさに、あたしはただただ驚くばかりなのだ。

 原因は、思い当たらぬ訳でもない。


「リチャードは式に来ているの?」


 訊いた途端、クリスの肩がビクンと跳ねる。

 やっぱり。

 マリッジブルーの原因はそこだったか。予想通りというのかなんと言うのか、あまりにもストレートすぎて拍子抜けするほどだ。 


「招待状は出したの?」


 返事をする代わりに、クリスが首を横に振った。


「だって……」


 一瞬戻ったハツラツさが潮が引くように影を潜め、再びアンニュイな表情が頭をもたげる。


「そんなこと、できるわけないじゃない」


 言外に「わたしを非難するな、不可抗力なんだ」が見え隠れし、同意を求めるようにクリスが答える。

 まあ、ムリもないのだけど。

 リチャードはクリスの夫になるピーターと無二の親友。彼女はリチャードを捨てて、ピーターと結婚するのだから。


    

 クリスとピーター、それにリチャードの3人はベビーカー以来の腐れ縁である。

 いうところの〝幼なじみ〟っていうヤツかな。

 3人ほぼ同じ時期に生れて、同じ公園に遊びに出かけた母親同士が意気投合、そのまま同じキンダークラスに通いだしたという間柄なのだ。



 子供の頃のならいというか一般的な例に洩れず、女子で2人よりも成長が一歩長じたクリスがボスと化して2人を束ね、ピーターとリチャードがくっ付いてきたのも当然の帰結。

 そのままエレメンタリーへ進級し、ジュニアハイ時代にあたしと知り合うことになったのだ。


 初めて出会ったときは驚いたものだ。黄金色に輝く絹糸のように流れるようなブロンドの髪を持つ美少女が、クールな男を力で2人も牛耳っているのだ。

 黙っていればモデルか女優のようなルックスだけに、そのギャップにただただ唖然としたことを昨日のことのように覚えている。


 あたしとクリスが仲良くなったきっかけ?

 訊いたってつまんないわよ。ありきたりだし、盛り上がるようなドラマもないからね。

 気がついたら結構な親友になっていたって言う事だけ。理由は、ピーターとリチャードがおまけで付いていたってことだろうか。それはまあ、別の話だけど。



 見た目の美貌とは裏腹に、クリスの〝お年頃〟はカレッジ卒業間際とかなり遅かった。


 ジュニアハイに入る頃にはボーイフレンドの1人や2人いて当たり前、早々に初体験だってしている娘もいるというのに、クリスはというとこれまた全然もって女の子らしくなかったのだ。

 ハイスクール時代はラクロスに明け暮れる毎日。俊足のミッドフィルダーとして名を馳せて、ミニスカートから見せる魅力的な脚線美で州内の男どもの視線を一挙に集めたというのに、当人は一向にその気が無く、振られた男の数が噂では軽くグロスの桁にまで上ったというのだからスゴイ。


 まああたしに言わせれば、見た目にだまされてアタックする男どもが愚かなんだけど……


 そもそも、綺麗な上辺だけにのぼせあがってクリスの身辺をリサーチしない連中が悪い。

 クリスの両肩にはナイトというか子分よろしく、金魚のフンのようにピーターとリチャードがくっ付いていることを連中は完全に失念しているのじゃないのか? 

 付き合いが長いから身内贔屓みたいなのでなんだけど、ピーターとリチャードの2人は揃いも揃って美形のナイスガイなのだ。

 痩身で匂いたつようなフェロモンを放つピーターに対してフットボール選手で筋骨隆々なリチャード。お互いタイプこそ違うが、どちらもジュニアハイ時代からファンクラブの存在があったほどの超絶美形なイケメン男子。

 どちらも女性に優しかったし、エスコートもスマートで知性と教養もあったのだ。これでモテないほうがどうかしている。

 ただ2人のすぐ傍にはクリスという超美形な女の子の存在があったから、思慮深い女子たちは男どものような盲目的な行動をとらず、ファンクラブを設けてうっとりと眺めるだけにしていたのだ。


 そうこうする内に、カレッジも終盤。そろそろ院に行くか就職か最後の選択をという頃に、やっとのことでクリスがお年頃になりあそばしたのだった。

 そこにいたのが、ピーターとリチャードという長年連れ添った見目麗しい美形の男が2人。

 ルックスは折り紙付き、家柄こそ可もなく不可もなくという平々凡々だが、中身は超優良物件。

 しかも性格はおろか、立ち振る舞いからご飯の好き嫌いまで熟知しているときているのだ。これでどうにかならなきゃ世の中絶対狂ってる。


 もっとも、幼馴染転じての色恋沙汰である。しこも男2人に女1人、つまりは必然的に1人はあぶれる計算だけに、それなりにドロドロとした愛憎激が繰り広げられたに違いない。

 そこんところの経緯は詳しく知らないし、聞きたくも無かったので、詳細な内容は割愛する。3人にしか知らない紆余曲折の結果、今日この結婚式に繋がったのはいうまでもないことだ。

 で、あたしはどうだったのかって? 

 訊いてどうするのか知らないけど、見てのまんま。

 こうやって式に参列しているのだから、これ以上説明する必要もないでしょう。

 そりゃクリスほどじゃないにせよ、あたしだってピーターとリチャードとの付き合いは10年以上と長い。2人が内外共にナイスガイだというのは認めるけど、あたしとしては彼ら2人には〝お友だち〟以上のスタンスを取るつもりはなかった。

 自惚れではなく、それなりに美人だという自負はあるが、所詮は人並みでのレベル。超がつくようなクリスと勝負して勝てるとも思ってないし、そもそも彼ら2人は恋愛ではなく鑑賞するのがもっとも正しい付き合い方だと熟知している。

 ドレスの胸元に出席の証である花を飾り付けると、チャペルの鐘が賑々しく鳴り響き、式が始まる合図を告げた。

    




 オルガンの奏でるワーグナーの曲にあわせて礼拝堂の扉が開き、父親に連れられたクリスが入場してきた。

 控え室で先に見てきたけど、礼拝堂の中で見るウエディングドレスは一段とキレイで、同性であるあたしですら見とれるほど。参列する男連中から放たれた嫉妬と羨望の混じる微妙に歪んだ視線が、痛いくらい次々とピーターに突き刺さる。

 当のピーターは理不尽な扱いに困惑気味だが、これだけの美姫を手中にするのだ、この程度のやっかみは当然と言えば当然か。

 父親との別れを惜しむかのように、クリスは赤絨毯の敷き詰められたヴァージンロードを一歩一歩ゆっくりと歩き、祭壇で待つピーターの元へと進んでいった。


「ここで俺の役目は終わりだ」


 娘を一人前に育て上げて嬉しそうな、でも一抹の寂しさの入り交じった複雑な面持ちで、父親がクリスの手を名残惜しげにそっと離す。

 無理もない。クリスのパパは娘ベッタリだったのだ、できることなら一生箱の中に閉じ込めておきたかったに違いない。

 自分の命より大事な宝物をピーターに手渡すのだ。世間的には非常識でも、ここで最後のハグをすることくらいイエスさまだって許してくれるだろう。


「パパ、ありがとう」


 感極まったクリスが涙声で返事をし、父親を強く抱き返す。

 あまりに濃密な親娘のスキンシップに、祭壇で待つ牧師も少々呆れていたが、まあこれも結婚式の醍醐味のひとつだろう。直前でお預けを喰らった形のピーターも可哀想だが、もとより冷遇されがちな花婿のこと、ここは諦めてもらうしかないだろう。

 まだ式も序盤だというのに、クリスの瞳は涙で濡れていた。それはそれで可愛いから良いんだけど、ここで泣きはらしてしまって後半まで持つのか?


「そろそろ、よろしいかな」


 牧師がわざとらしく咳払いをし、脱線しかけた結婚式の軌道修正を促す。

 さすがに潮時だと感じたのだろう、ちょっとバツの悪そうな表情を浮かべながら父親が参列席のほうに下がっていった。 


「では、式のほうを始めますよ」


 和やかな雰囲気を壊さずに厳かな空気へと牧師が誘うと、2人が牧師の後ろに並び、祭壇と正対した。

 牧師が神の身許に2人に結婚の意思と覚悟の宣誓を促す。

 ピーターが右手を掲げ誓いの言葉を述べようとしたその時、


「え?」


 誰もが後ろを振り返った。




 閉ざされていた扉が開き、差し込む逆光の中に仁王立ちするような人影が映っていたのである。


「リチャード!」


 ピーターが叫び、クリスが息を飲む。間違いない。教会の入口を蹴り飛ばして仁王立ちしているのは、あのリチャードだった。


「何をしているんだ! 君は!」


 突然の乱入者に、神聖な結婚式が妨害されたと牧師が怒鳴る。


「リチャードが乱入って。どういうこと?」


 参列者にしても、それは同じ。

 いかに顔見知りな相手だとはいえ、礼を失する相手に寛容であろう筈もない。皆一様に非難の視線をリチャードに向ける。

 中でも一番激怒しているのはクリスの父親だ。


「今なら不問に伏してやる。早々に立ち去りたまえ!」


 爆発するのを必死に押さえながら、低くくぐった声で警告を発する。

 場所が場所だからただの警告だけだけど、1ドル懸けてもいい。もしここがクリスの家で、親父さんがショットガンを持っていたならば、ためらう事なく引き金を弾いていたに違いない。

 が、リチャードは警告などに耳を傾けていなかった。ただ1箇所、ヴァージンロードの先にある祭壇だけを見つめていたのだ。

 異様なオーラに修羅場であるはずの教会が静まり返る。かくいうあたしだって、この場の雰囲気に押されて声ひとつ出すことが出来ない。

 祭壇のほうに目をやれば、呆然とした面持ちで入口のほうを見つめるクリスとピーターの姿があった。

 無理もない。2人にとってリチャードは恋敵と求愛を捨てた相手になるのだから。


「どうして、今さら」 


 先に呪縛の解けたクリスが口を開く。困惑……いや、嫌悪にも近い表情。

 苦渋の決断を下したクリスにとって、今さらのリチャードは迷惑以外の何者でもないのだろう。

 困惑するクリスに向ってリチャードが口を開く。


「悩んだよ、昼も夜も。キミの言葉を何度も反芻しながら」


 その一言で3人の修羅場が目に浮かぶ。

 幸せな時間が長かっただけに、精算するときの揺り戻しも大きかったに違いない。友情が愛情に変わる過程は、すぐそばであたしも見てきた。

 ライクのときはよかった3人組も、ラブになれば重荷。恋愛の方程式の解に奇数は許されないのだ。


「でも。もう、遅いのよ!」


 声を振り絞り、クリスが叫ぶ。彼女にすれば全ては過去のこと。

 だけどリチャードの口から出たセリフは「いいや」の明確な否定。


「まだ、遅くはない!」


 彼の中では決着がついていなかったのだろう、魂をも絞り出すような大声を放つ。


「愛してるんだ! 誰よりも! だから俺と一緒に来てくれ!」


 指が真っ白になるくらいに拳を握りしめながらリチャードが絶叫する。

 ごめんなさいを宣告された者の遠吠え? 

 クリスの父親は鼻で笑い、参列者からは後ろ指と失笑を浴びせられた。

 ドン・キホーテが思い姫であるドゥルシネーア・デル・トボーソに思いのたけをぶつけたように、リチャードの蛮行も彼の愛ゆえの暴走である。

 傍からみたらリチャードは愚かな道化師だろう。空気を読めないうえに嘲りだけをだけを一身に背負い込む、しかも場の雰囲気をぶち壊すのだから厄介者以外の何者でもない。

 しかし、その正直な心、真っ直ぐな思いは痛いほどに伝わってくる。傍観者であるあたしですらそうなのだから、当事者だったらどうなのか?

 …………

 1分? 1秒? 1時間? 一瞬だか無限だか分からない時間の後、「分かった」とほとんど誰にも聞こえないような小さな声がした。

 周囲の誹り。誹謗の嵐。婚約者への背信。それら全てを背負い込んでなお茨の道を踏みしめていこうというのだ。


「ちょっと、本気なの!」


 ここは夢物語じゃなく現実だ。何もかも捨ててなど耳には心地よいが、その後のことを本当に考えているのか?


「うん」


 ふっ切れたように頷くと、踵を返しリチャードの元に駆けていく。


「リチャード!」


 教会内に響き渡る野太い声。周りがあ然とする中、ピーターは〝愛するリチャード〟の腕の中に飛び込んでいった。


「僕がバカだった。つまらない世間体や見栄で、本当に大事なものを失ってしまうところだった」


「良いんだよ。こうして来てくれたんだから」


 涙でぐじゃぐじゃの頬をお互いに重ね合いながら、ピーターとリチャードが熱い口付けと抱擁を交わす。


「チケットを買ってるんだ。LA行きのバスの」


「教会は?」


「勿論予約してあるさ」


「今度は僕がウエディングドレスを着ても良いかな?」


 正常な神経の人間が聞いたら卒倒しそうな愛の語らいを2人は交わす。


「ちょっと、どういう気なのよ?」


 祭壇に1人取り残されたクリスが叫ぶと、バツが悪そうにピーターが振り返った。


「ゴメンね、クリス」


 沈んだ声で謝る。


「求愛は嬉しかった。他の娘と違って、クリスだったら見た目はともかく中身はまるで男だし、大丈夫かなと思ったんだ」


「はぁ?」


 理解できないという顔をする。


「クリスだったら、結婚生活もできるかな? と思ってOKをしたんだ」


 要するに2人はホモセクシャルだったということ。

 ピーターはクリスの中身が女らしくないから、性癖のカモフラージュというか、自分を騙し世間体を取り繕って結婚もできると感じたのだろう。

 道理で2人とも並み居る美女たちに一切なびかなかった訳だ。


「でも、そうじゃなかった」


 ピーターが首を横に振る。


「男だとか女だという前に、僕はリチャードが好きだったんだ!」


 周囲ドン引きの中、ピーターが高らかに宣言する。


「俺だってピーターを死ぬほど愛してる」


 呼応するようにリチャードが改めて告白する。

 汗臭い薔薇の花が咲き乱れ、へたり込んだクリスがヒステリーを起こすと、教会の中は喜劇というか阿鼻叫喚の場へと化していった。

 


「ったく、冗談じゃないわよ」


 やけくそのようなクリスの恨み節。ここが教会でなくダウンタウンのバーだったら、ボトルの2~3本は開けていたに違いない。

 ダスティホフマンさながらに〝花婿〟をリチャードが攫っていって数時間後。

 おじゃんとなった結婚式に、参列者も退去して、やっと教会にも静けさが戻ってきた。

 クリスの父親は担架に乗せられ病院へ。

 ムリもないだろうな、その気持ちは察して余りある。

 牧師もまた担架に乗せられ病院に。もうちょっと精神面を鍛えようよ。

 参列者の表情は様々。喜んだヤツ、驚いたヤツ、自我崩壊したヤツなど十人十色。所詮は他人で傍観者だから、こいつらは放っておけばよい。

 あたしは親友として、1人取り残されたクリスの傍にいた。


「気にしちゃダメよ」


 言ってハンカチを差し出す。

「悪い夢でも見たと思ったら良いのよ。こんなことは時間がすべからく解決してくれるから」


「ううっ、やっぱりルーシーは優しいわ」


 ハンカチで顔を覆い涙を拭き取ると、そのままチーンと鼻をかむ。

 ったく、ホントに落ち込んでるのか? この娘は。


「ま、なんていったって親友だし」


 あたしはドンと胸を叩くと、クリスの両肩に手を回す。

 それに……


「あたしの愛する人なんだから、誰にも渡したくないのよ」


「へっ?」


 素っ頓狂な声をだすクリスを口づけで黙らせると、耳元で「あたしも気付いたの」と諭すように優しく囁く。


「男だとか女だなんて、関係ないのね。愛の前には」


 そう、彼らが身をもって教えてくれたんだ、愛の前に障害などないことを。

 さっそくLAの教会に予約を入れないと。


 問題なのはあたしとクリス、どっちがウエディングドレスを着るかだけだ。

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6月の狂詩曲(Rhapsody in June) 井戸口治重 @idoguti

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