星灯りの下で

 太古、神がお創りになった、原初の森。

 マルフィーク大森林。


 それは、国の南端に位置し、他国との国境線である山脈のふもとにあり、入ることはできても、出ることはできないと言われた、深い深い森だ。


 その森の、となりの、険しい山の中腹にある丘。

 どうやってそこへたどり着くのかわからないようなそんな場所に、小さなツリーハウスが一軒と、ログハウスが一軒。


 そこには、かつて罪人として騎士団に追われた少年と、罪人の弟して幽閉されていた青年と、巫女であった少女が、一人の幼子を育てながら暮らしていた。


 樹々が生い茂り、外からは何も見えないような場所だった丘を、少しずつ開拓して、ただ眠れればいいような構造だったツリーハウスも改築され、ログハウスも新たに建てた。


 魔法の力もなく、それらをこなすのは、思った以上に大変で、そして思った以上に楽しかった。



 ツリーハウスの中では今日も、愛らしい三編みの少女が赤ちゃんをあやすさまを、その愛おしさを、少しでも紙の上に残そうと、筆を走らせるエクトがいた。


 以前のよりも、絵の具を手に入れるのは面倒になったが、それでも彼の絵筆は止まらなかった。


「エクト、可愛く描けた?」


「もうちょっと待ってね……! うん、いい感じ」


「見せて見せて!」


 ララがはしゃいで立ち上がると、ゆりかごに眠っていた赤子ちゃんが、鼻をひくひくさせて泣きだした。


「わあっ!」

「ごめんごめん、アリーもエクトの絵が、見たいよね!」


「はは、絵で泣き止んでくれたら簡単なんだけど。ね、アリー」



 赤ちゃんの名前は、アル・リノス。愛称はアリー。



 ソルとエクト、ララの三人で考えた。



 ナイルスとワーキを見送ったあと、赤ちゃんを抱いた三人は、歩いたり、ときどき馬車に乗ったりして、たっぷり二日もかけてゆっくりとマルフィーク大森林へと帰った。


 ナイルスの背に乗って、半日で飛び越えた距離は、ゆっくりと歩いてみると、たくさんの見たことのないもので溢れていた。


 幼い頃、ほぼ同じ道を、騎士団の馬車に乗せられて移動したララも、通り過ぎるだけだった景色を、今度は楽しそうに眺めていた。


 マルフィーク大森林につくと、ダナブの使い魔だったフクロウが待っていた。

 フクロウに案内されながら森に入ると、エクトとソルは、道沿いにずうっと花が咲いていることに気付いた。


 フクロウが先導する道は、彼らの目的地である魔女の家と、ソルの拠点までをずうっとずうっと、両端に花が咲き乱れていた。


 まるで、目印になるように。


 これはダナブが、ソルに灯台にいるエクトを迎えに行かせていた間に、仕込んでいたものだった。



 フクロウは、ソルたちが無事に拠点までたどり着くと、深く頭を下げて、魔女の家の方へと戻っていった。

 このフクロウは、今も、ソルたちを何かと助けてくれている。


 拠点に着いてから、ララの身体は少しずつ身体が成長を始めた。

 さすがに一気に十六歳まで成長することは不可能だが、あれから二月ふたつきほどで、身長はだいぶ伸びた。

 今まで、成長する力を夢の世界の燃料とされていた分は取り戻せないが、これからは生きた年月の分、心も身体も成長していくことになる。


「おーい!」


 外から、ソルの声がした。


 エクトが、窓から顔を出して答える。


「ソル! お帰りなさい! 買い出しどうだった?」


「絵の具、売ってた! アリーの服も、いいのがあったぞ」


「ソルー! アリーが泣いてて大変なの~! 早く来て~!」


 ララの声も聞こえた。

 言われてみれば、さっきからわんわんと元気に泣く声が聞こえている。


「はは、今行く!」


 もう空を飛べないソルは、荷物を背負って、はしごを上って家族が待つ、ツリーハウスの中へと、入っていった。



 天高く、空を舞う風が、人間たちの未来を、幸福を願って、海をなで、大地を駆け抜け、森の樹々を揺らした。


 二度と交わることはなくとも、互いの心に、大切なものを遺してきたから。


 それを、大事に抱えて、みんな、自分の足で明日へと歩きだせる。


 ちゃんと、あいしてくれたから。


「いい野菜が手に入ったんだ! 今日のごはんは、ポトフにしようぜ!」


 大切な家族が、手の届く場所に在る喜びを噛み締めて、ソルは言った。


 黄昏始めた空に、気の早い金色の星が一つ。

 隣には、それより少しだけ、小さな赤い星。


 やさしく瞬いて、今日も、世界を見守っている。

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罪咎の星と薄明の空 祥之るう子 @sho-no-roo

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