魔女の弟がいなくなった灯台

 かつて魔女の弟を閉じ込めていた灯台は、今は北方騎士団の管轄かんかつとなっていた。


 中には騎士が交代で泊まり込んでおり、村人も辺境警備兵も、立ち寄ることはなくなった。


 焼け焦げたやぐらも、見張り小屋も、今はもうきれいに片付けられて、見る影もない。


 魔女を刺した兵士は、魔女とエクトの希望もあり、罪に問われることはなかった。

 彼の心は燃え盛るやぐらの中で、とうに壊れてしまっていて。

 これ以上ないほど、彼はもう充分に苦しんでいるのだからと。

 エクトを蹴り飛ばしたことが、エクトに憎悪を抱いたことが、魔女を刺したことが罪だと言うのならば、それらの罰としては充分な苦しみのさなかに、彼の魂は墜ちてしまっている。


 彼の苦しみは、魔女がいなければ、何一つ起こらなかったことだ。

 せめても、彼が穏やかな時を過ごせることを、エクトとダナブと、リノスは心から願った。


 彼は、暖かい、静かな田舎の療養施設に送られた。



 灯台のふもとの村の、暴動を起こし、二人の兵士を殺害してしまった村人たちには、数ヶ月から数年の刑が課された。


 そして村への報奨金は、魔女の死とともに支払われなくなった。


 ただし、村は不思議なことに、その後何十年と、豊作に恵まれ、飢えることはなかったという。

 周囲の地域が干ばつや、大雨に見舞われたとしても。

 大雪が降ったとしても。

 イエド・プリオルの村だけは災害を免れた。


 まるで、魔法のように。


 魔女のあがないのように。



 灯台の守りを担当した騎士たちのリーダーは、赤毛ブルネットの女性騎士だった。


 灯台の上では、赤毛と、墨黒色の髪の女性が並んでいるのが、ときどき目撃された。


 墨黒色の髪の女性は、片腕がなかった。


 村人たちは、片腕がなく、まともな仕事がない彼女は、騎士団に雇われて灯台に住み込んでいるのだろうとうわさした。



 村を、災害や飢饉ききんから守る不思議な奇跡は、この灯台守の女性が年老いて、いつの間にか姿を消す頃まで続いたと言われている。



 ところで、北方地域の地主や大司祭たちが、裏でこぞって蒐集しゅうしゅうしていた絵画があった。

 海と、空と、雲と、美しいが、何の変哲もない風景の絵だった。

 これらは不思議なことに、神が天に還ったというお触れが出た頃から、流通が途絶え、後年、かなりの高値がついたとされる。


 魔女の弟が描いた絵――それは、恐ろしい人殺しの魔女の伝説を、薄れさせてしまうほど、透き通った、美しい絵であった。

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