ラノベ

現代社会で乙女ゲームの悪役令嬢をするのはちょっと大変(二日市とふろう著)

 ブラック企業に勤めていたOLが死んで、生前にのめり込んでいた女性向け乙女ゲームの主人公ではなく、主人公に断罪される側の悪役令嬢「桂華院けいかいん瑠奈るな」に転生してしまう――それだけを聞けばよくある話である。


 複雑な血筋を引いた公爵とは名ばかりの没落華族令嬢とそれに釣り合う家格・権力を持った名士の子たる男子三人。

 同じ華族の同窓生たちとその取り巻き。

 幼くして両親を喪い天涯孤独となった公爵令嬢を暖かく見守る執事やメイドら使用人たち。

 こういった登場人物をざっと眺めた限り、ごくありふれた悪役令嬢ものに見えなくもない。

 ないのだが……。


 ***


 本編のかなり序盤で本作の性質、もっと言えば「主人公の生き方そのもの」を決定づけるイベントが起こる。拓銀たくぎんこと「北海道開拓銀行」の買収である。

 ※拓銀とは1997年に経営破綻した都市銀行「北海道拓殖銀行」のことであるが、フィクションである本作では「北海道開拓銀行」と名称を変えている


 実際、北海道を地盤とする唯一の都市銀行であった拓銀の経営破綻が北海道経済に及ぼした影響は多大なるものがあり、今日の景気低迷にも長く尾を引くと言われる。主人公はこれを買収して救済してしまおうというのだ。

 それは長い不景気で苦しめられた挙句死んだ「持たざる者」であった前世の痛切な記憶、そして「持つ者」となったが故の決意にる。

 このイベントを機に桂華院けいかいん瑠奈るなは決意する。時代に殺されてたまるか、失われた○○年と呼ばれた時代に抗ってみせる――と。


 こうして「拓銀令嬢」の名で知れ渡った架空戦k……ゲフンゲフン、悪役令嬢ものが本作である。

 このエピソードがTwitterでバズって本作を知った人も少なくないだろう。そう、私もその一人である。


 ***


 本作の日本は実在の日本と同様に極東の経済大国であるものの「大サトー」こと佐藤大輔氏の架空戦記「征途」を彷彿とさせる分断国家の戦後史を歩み、統一ドイツのごとく「北日本」を併合する形で近年統一されたばかりである。

 第二次世界大戦はマリアナ陥落で降伏を選び、イタリアのごとく連合国として対独参戦するなど、実際の史実と異なる歴史を歩んだ関係で華族制度や枢密院など大日本帝国時代の社会制度の一部が残存している。これは日本を舞台としたゲーム上で貴族令嬢を登場させるために必要だった理由付けと説明されている。

 一方で大日本帝国の実効支配下にあった南樺太はソ連の影響で共産国家として独立させられ、日本はドイツと同じ分断国家として戦後の昭和期を迎える。これが実在の日本との決定的な違いで、作劇にも大きな影響を及ぼすことになる。


 しかし、この日本がたどった政治、経済の歩みは概ね実際の日本のそれと一致している。

 拓銀、山一證券の経営破綻。

 小泉、ブッシュの日米政権。

 そして、9・11――アメリカ同時多発テロ。


 これらの歴史を知っている転生者、桂華院けいかいん瑠奈るなは未成年にしてその強みを十二分に発揮する。お飾りの華族令嬢を装いつつ「政商」桂華の実権を握る影のプレイヤーとなっていく。

 ここまで見ると悪役令嬢ものとしてはかなり異色だと思うのだがどうだろうか。


 ***


 だが、安心してほしい。悪役令嬢ものの要素もちゃんとある。


 スリリングな駆け引きだけでなく華族令嬢らしい同窓生たちとの日常生活もその時代に合わせて描かれており、彼女たちがどんなものを見聞きしていたかリアリティが確保されている。昭和末期生まれの私も当時を思い出して懐かしくなる。

 日常パートが面白く読めることは年齢や人種、生まれもった境遇などが多種多様なキャラクター群を立たせる不可欠な要素であろう。


 2021/6/18現在、なろうでは488話、オーバーラップノベルスでは2冊刊行済みだが硬軟織り交ぜたリアリティのある展開に引き込まれて、ついつい読み進んでしまうのでボリュームに尻込みせずともよい。


 本作は作品の途中にエピソードが新規追加されるケースが少なくないそうだ。なろうの更新通知は末尾にエピソードが追加されないとわからないので、活動記録にも目を通すことを勧める。


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 現代社会で乙女ゲームの悪役令嬢をするのはちょっと大変

 二日市とふろう 著

 景 イラスト

 オーバーラップノベルス

 https://over-lap.co.jp/narou/865547429/


 現代社会で乙女ゲームの悪役令嬢をするのはちょっと大変

 https://ncode.syosetu.com/n3297eu/

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読書録 有馬美樹 @maria_sayaka

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