花火の下にある無数の人生、そのうちの(少し特異な)ひとつ

 いろいろ杜撰な犯罪計画を決行しようとする男性と、冬に打ち上げられた花火のお話。
 シリアスなトーンの現代ドラマです。少なくとも娯楽作品や大衆小説とは趣の異なる作品で、しかし決して難解というわけではなく、むしろ分量の短さも相まって気軽に読めます。ただし作品を通じて語られるもの、いわゆるテーマ性の部分はあくまで深刻というか、なかなかひとことでは言い表せない重さのようなものを感じます。
 以下、作品自体の短さもあり、どうしてもネタバレになってしまいますのでご注意ください。
 主人公の男性が目論んでいるのは、かつて務めていた職場への空き巣行為。ただ計画がいかにも杜撰というか、ほとんど行き当たりばったりのような形で実行に移して、結果とんでもないことになってしまう、というお話の筋。この主人公の乱暴なところが、はっきり性格に起因しているとわかる、この描かれ方そのものが好きです。
 なにしろ、やることなすこと絶妙に雑。会社を辞めた理由といい、禁煙のレンタカーでも平気でタバコを吸うところといい。それが完全に彼の主観のみを通じて描かれていて、なのでここで彼の性格について評するのはちょっと野暮なのですけれど、でも「あーこういう人いる(いそう)」となるこの感じ。彼がどういう人間なのかが、その振る舞いの細部から伝わってくるところ。それが静かに、でも生々しく身に迫る感じがとても魅力的でした。
 もう一点、これも「彼の主観のみを通じて」というところに関連するのですけれど。真冬に花火が打ち上げられる、その理由が作中に一切書かれていないところ(書かれているのは作品紹介欄のみ)が最高でした。
 事情を知っていれば希望を感じられる光景であっても、でも知らないものにとってはなんだか不気味ですらある。この「知らないこと」がそのまま世間との隔絶を示し、まったく分かたれた存在である「男(主人公)」と「住人たち」の、でもその目に映る花火にはきっと何も違いがないこと。同じ時と場所、同じ光景すら共有しているはずが、でも双方向に理解すら叶わない異界と化しているかのような。このコントラスト、特に主人公が「気味の悪さを覚え」るところなんかは、もう本当に好みど真ん中でした。
 わずか3,000文字強の分量ながらも、しっかり芯のあるシンプルな小品。描かれている内容はもとより、その書き表し方に魅力のある作品でした。