ぼくらのサイバーパンク21

DJ T-ono a.k.a. 小野利益

まえがき

 よく、笑う人だった。


 FPSの配信というものがいかに難しいかというのは、歴戦経たエンターティナーでさえ語られる。その理由はどこか適当なFPS配信を訪ねてみると明白だ。経験者でなければ試合の状況が不可解であり、かつ配信者が沈黙しがちなのである。大きな大会やその練習であれば猶更、ゲーム自体への理解がなければただの放送事故に等しい絵面を見せつけられることとなる。チーム戦であれば会話自体は増えようが、その会話は大抵の場合ゲームそのものに関する相談であり、外野との距離はますます広がる。さらに言えば、FPSに限らず不特定プレイヤーとの対戦や協力となれば、礼節を欠いた発言の頻度も多くなる。それがVtuberというものであろうと言われれば否定のしようもなかろうが、しかしそれでも気分はいいものではないことは確かだ。


 彼女は実によく笑っていた。


 「橋が転んでも笑う」人の愉快さというものはここまでなのかと驚嘆せざるを得なかった。銃を拾っては笑い、人を撃っては笑い、味方に回復されては笑い、死んでも笑い、殺しても笑う。その人は初めてFPSに触れていたが、そのすべてに心から笑っていた。その声は朗らかで、しかし優しく。

 僕が生まれた時には祖母というものは既にこの世にはいなかったが、しかしもし僕に祖母がいたなら、こんな風に笑う人と共に喜びを分かち合えたのだろうか。僕は知らない。知る由もない。その全てを捨て去ったのは、まぎれもなく自分だ。

「違う。捨てたんじゃない。選んだんだ」

 暗い部屋、画面の蒼光に照らされながら一人つぶやく。確かめるように。噛み締めるように。そして彼女と同じ戦場で会えることを祈り、然程に意味の見いだせない彼女と同じFPSに戻る。これが僕の半年の全てだった。

 

 サイバーパンク。

 人類はかつて、未来を宇宙に見、また科学の進歩に見た。けれど空ははるかに多く、人の歩める足ははるかに小さい。それを知った人類は、希望を情報技術の先に託した。いや、それはもはや希望ではなかった。或いは一種の黙示とさえ思われた。立ち並ぶ高層ビルと汚染されたネオンサイン街。大企業に抑圧された社会のなかで、天才的ハッカー達が駆け抜ける。

 今の自分の生き方は、とてもじゃないが劇的でもなければロックとも呼べない。奈落の溝底のような生活だ。夢にとっくに捨てられたのに、それでも夢を捨てきれず、いろんなものを、大事なものをぼろぼろと零していき、最後に画面上の見ず知らずの誰かに愛を見出そうと必死になっている。10年前の自分がこうはなるまいと嘲笑った姿そのものであろう。

 だが、10年前の自分に笑われようと、僕はこの生き方から退くつもりはない。劇的でもない。ロックでもない。だが僕は、虚勢を張って今日も自分に言い聞かせる。

「最高にサイバーパンクな人生だと」

 

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