第2話 蒼天の花

 現代で『セタカの花』についての手がかりを掴んだアルドは古代へ向かうため、ザルボーの町にある一軒の家へと向かった。家の中では、女主人が忙しそうに掃除をしていた。


「なぁ、また家の中にある人形見せてもらえないか?」

「あぁ、別にいいけど…。それそうと、あんた急に現れたり消えたりしてないかい!?」


 女主人が恐るおそるアルドに聞いてきた。

 ここの家にあるワラ人形は、触れると古代に繋がる時空の穴を出現させる不思議な人形だった。前回も、この場所から古代に行った。その時、時空の穴に入って行くアルドを女主人は目撃していた。それを、なぜか幽霊のしわざと勘違いするようになってしまった。


「気のせいだよ(でもないけど)、ちょっと疲れていただけじゃないか?オレのことは気にしなくていいから、自分のことしていてくれ」

「そうかい?…まったく、旦那が帰るまで捨てられないから取ってあるけど、不気味な人形だね…」

「ははは…」


 女主人が台所に向かった隙を見て、アルドは人形に触れた。

 すると一瞬で辺りが明るくなり、人形から光の渦が現れた。時空の穴だ。

 次第に光は強くなり、目が眩むほどになった。女主人が眩しそうに眼を手で覆っている。その隙に、アルドは中へと入って行った。

 その先にあるのは、BC20,000年の草原の村『サルーパ』だ。


 時空の穴を抜けると、柔らかな日差しがアルドを照らした。暖かいそよ風がアルドを優しく包み込む。振り返ると、時空の穴はゆっくりとその場から消えていった。


(またあの人、驚いているだろうな…)


 アルドは女主人が、自分が消えたことで人形を処分してしまうのではないかと不安だった。あれがなくなると合成鬼竜に頼むことになるが、あれはすごく目立つ。

 それに比べて、あの家にあるワラ人形はサルーパへ来るのに一番早くて良い手段のため、今後も利用したいと思っているからだ。


 村に着いたアルドは、さっそくセタカを探すことにした。

 サルーパは辺境の小さな村だ。ミグレイナ大陸の北東に位置し、本土から孤立した島にある。パルシファル宮殿から自然を求めて移住する者も少なくないらしい。

 ここは豊かな自然に囲まれ、森林浴が名物になっている穏やかな場所だった。


 木々の間から聞こえる鳥の鳴き声に耳を澄ませながら、アルドは村のあちこちを探して回ったが、セタカの姿は見えない。


「なぁ、セタカ知らないか?」


 近くを通りかかった村人に、セタカの居場所を尋ねてみた。


「あの二人か?あぁ、せっかく危ない森から無事に戻ってきたのにな。ちっとも村で見かけないんだよ」

「…そうなのか」

「若い二人だから色々あんのかもしれねぇが、頑張ってほしいもんだ」

「そう…だな。ありがとう」


 どうやら、セタカは村になかなか顔を出していないようだった。

 リルディとセタカに何があったのか、ベガの森での出来事を含め村人たちは何も知らない。


(あんなことになったなんて、誰も知らないだろうな…)


 アルドは複雑な心境だった。もしあんなことがなければ、二人は今頃村で静かに暮らしていたかもしれない。でもそんな未来は訪れなかった…


(なんとしても、セタカを見つけないと……!)


 アルドは気を取り直して、再び村人にセタカの居場所を聞いて回った。


「なぁ、セタカ見なかったか?」

「セタカの兄ちゃん?最近はいっつもどこかに出かけてるんだ。リルディお姉ちゃんも最近見ないし、何かあったのかなぁ?」

「そうか…」

「あ!でもこの前、村の大人がチャロル草原の奥にある滝の近くで見たって言ってたよ!」

「あの滝か…。そうか、わかった。ありがとうな」


 村の子供から、やっとセタカの居場所を突き止めることができた。アルドはさっそくチャロル草原へと向かった。


 豊かな緑と花が咲くチャロル草原の奥には、大きな滝がある。

 そのパワーに圧倒される人も少なくない、その滝の裏には洞窟がある。そこには滝から流れる水を糧に、ひっそりと根を張る小さな樹があった。岩の隙間から差し込む太陽の光で、小さな樹の周りには虹がかかり、神秘的に輝いている。


 アルドは滝の裏から洞窟内に入った。足元は湿っていて、気を付けないと滑って転んでしまいそうだった。しばらく進むと、薄暗い通路の奥で緑色の光が輝いているのが見えた。さらに近づくと、誰かがその輝く何かを持っているようなシルエットが浮かんできた。


(あれは……リルディだ)


 そこには石化したリルディが、緑色の宝玉を持って静かに立っていた。

 魔女レプティレスにかけられた魔法で、蛇の魔物メデューサにされそうになった時、彼女はセタカを含めた村の人々を傷つけないようにと、宝玉に自分の目を写し、自分自身に石化の呪いをかけた。


「リルディ……」


 アルドは胸が締め付けられるような気持ちだった。


「ああ、君か…その節は世話になったな」


 どこからか、聞き覚えのある声が聞こえてきた。アルドは辺りを見回してみたが、誰の気配も感じなかった。すると、石化したリルディの陰からセタカが現れた。心なしか少し痩せており、瞳は愁いを帯びている。


「リルディをここまで運んだんだ。ここなら誰にも邪魔をされずに二人きりでいられる」


 セタカはリルディを愛おしそうに見つめていた。


「そうか…。セタカ、お前は本当にリルディのことが大切だったんだな」

「いつか俺が死んでしまっても、リルディのそばにいてやりたい。リルディにさびしい想いをさせたくないからな」

「そうか…でも無理はするなよ。そんなことしたら、リルディが悲しむ」

「ああ…」


 二人は少しの間、リルディを眺めていた。滝の音が洞窟内に響き、隙間から差し込む光が二人を優しく包み込んだ。

 アルドはセタカに聞こうとしていたことを思い出した。


「そういえば、セタカって花の種とか植えたりしなかったか?」


 セタカは目を丸くして驚いた。


「花?いったい、なんのことだ?」

「いや、それがセタカの花っていう名前の花があるらしくて。青空のように澄んだ青色をしていて、とても珍しい花らしんだ…もしかしてお前が花を植えたりしたのかなと思って」


 アルドが花の説明をしても、セタカはピンとこないようだった。少し考えるような素振りを見せたが、しばらくするとまたリルディの方を向いた。そして、ゆっくりと話し始めた。


「俺は今までもこの先も、何かする気はないよ。ただここで、リルディと一緒にいることぐらいさ」


 セタカの横顔は、悲しげだが少し幸せに満ちたような表情だった。

 リルディは石化してしまったが、病気で死んだわけではない。彼女を人間に戻すことはできなかったが、セタカにとっては死んでいく彼女を看取るよりも、石化しても美しい姿でいるリルディと共に過ごすことのほうが、はるかに幸せなのかもしれない。ただ、リルディの魂は解放されずにまだ留まったままだ…。彼女は今、この現状をどう思っているのだろう。


「そうか…わかった。邪魔して悪かったな」

「いいんだ、気にしないでくれ」

「セタカ、またどこかで会おう」

「ああ、またどこかで」


 そう短く言葉を交わすと、セタカはアルドを見つめながらゆっくりと頷いた。

 アルドもそれに応えるようにゆっくりと頷き、そしてその場を立ち去った。


 薄暗い洞窟から出ると、太陽の光がまぶしく感じた。滝から流れ落ちる水しぶきが陽の光に当たり、輝いている。


(セタカ、だいぶ気落ちしていたな…。花については何も知らなそうだったし。とりあえず一度ザルボーに戻って状況を報告しよう)


 アルドはひとまずザルボーへと戻ることにした。

 二人に関する情報もセタカの花についても、収穫はなかった。しかし、セタカの姿を見ることはできた。前より少しやつれていたが、彼のリルディに対する思いは今でもずっと変わらずにあった。


 アルドはセタカの花についての情報を話すため、急いでザルボーに戻った。サルーパの村のはずれにある時空の穴に飛び込むと、女主人が驚いて腰を抜かしている姿が見えてきた。


「ごめん!驚かせたな!」


 そう言うと、アルドはそそくさと家を出た。ザルボーの町は相変わらず暑く、砂が舞っていた。とりあえず、アルドは男と別れた酒場へと向かって歩き始めた。

 酒場の方へ向かって歩いていると、正面から花を探している男が勢いよく走ってきた。


「み、見つかりましたか?」

「ごめん……、それらしい情報を知っているやつに聞いてみたんだけど、何も知らなかった」

「そ、そうですか……」

「すまない」

「い、いえ!それよりも、目撃情報が入りまして……!」

「なんだって!?」


 男は嬉しそうに話し続けた。


「は、はい!最近、砂漠に突如現れた大樹の近くで不思議な青い花を見たという話を聞いたんです」

「あの砂漠の中心にできた森の中のことか」

「は、はい。なんでも、大樹の周りに珍しい青い花がびっしりと咲いていたそうです」

「なるほど、青い花だとセタカの花の可能性もありそうだな」

「で、ですよね!……それで、お願いなのですが」

「ああ、わかってるよ。砂漠には魔物が出るからな。代わりに摘んでくるよ」

「あ、あ、あ、ありがとうございます!!!」


 男のものすごい勢いに、アルドは驚いてしまった。


「と、とりあえず村で待っててくれ。摘んだら、必ず渡しに行くから」

「は、はい!よろしくお願いします!」


 男は何度もお辞儀をしていた。そんな姿を見届けながら、アルドはルチャナ砂漠へと向かった。

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