第6話 連綿の意志

「大丈夫か!ここに水がある、これを飲んで気をしっかり持て!」

「……た、たの…む。リル…ディ……を……」

「なんだ?この石の像のことか……!?」

「か……彼女を…こう…させたの…は、お…れな……んだ。だけ……ど……おれは……」

「もうしゃべるな!今、呪文で体力を回復させてやるからな」

「……」

「!!??これは!!(彼の半生が、走馬灯のように私の中に流れ込んでくる!)」

「……」

「……。そうか、お前はそこまでしてこの女を守りたかったのだな」

「たの…む……」

「もうよい、お前の意志は伝わった。いいだろう、私がこのリルディを守ると誓おう。お前と出会ったのも、お前の半生が見れたのも、何かの縁かもしれないからな」

「あ…り……がと……」

「よいのだ、よくここまでひとりで守り続けたな(体力が回復しない…、もうこの命はもたないだろう)」

「あと……は…たの……」

「あぁ、心配するな。リルディの呪いが解けるその日まで、お前の話は語り継ぎ、リルディを守っていくと誓おう」

「……」

「(穏やかな顔でいったか……、せめてこの男の思いだけはリルディのそばに残してやりたいところだな)」


(……、『黄泉がえり』)


------


「――こうして、私のご先祖様はセタカ様に『黄泉がえり』の呪文を使いました。この呪文は、人が亡くなる寸前に使うことで、その死者の思いをカタチに変えて転生させることができます。魂は旅立ちますが、彼の思いはこの世に残すことができる……きっと、ご先祖様はセタカ様の思いだけでも、リルディ様のそばにいさせてあげたかったのでしょう。そうして、セタカ様の思いは花となり、リルディ様のそばで咲き続けることになったのです」

「そうだったのか……セタカ…」

「セタカの花は、そんな思いが込められている不思議な花です。そのため、リルディ様の周りでしか咲くことができません。今までも、この場所を見つけた旅人やトレジャーハンター、商人がセタカの花を持ち帰ろうと摘んでいきました。しかし、必ず何度か戻ってくる…、そして枯れてしまう花に落胆して、諦めて帰っていくのです。私はその様子をいつも陰から見ておりました、あなた方のことも……」

「そうか、セタカの花はリルディのそばから離れて生きることはできない。つまり、リルディのそばから離れると枯れてしまうんだな」

「はい……、私たち守り人はセタカの花が摘まれた後の土を手入れし、再びきれいな花が咲くようずっと手助けをしてきました。そして、リルディ様の呪いがいつ解けても大丈夫なように、苔や汚れがつかないよう、きれいにしております」

「だからリルディがずっと変わらずきれいなままだったのか!」

「……?あなたはリルディ様を以前にも見たことが?」

「ん?あぁ、いや。こんな森にあるのにきれいだなと思ってただけだ。(時空を超えられる話は、ここではしない方がよさそうだな……)」

「ご先祖の呪術師は、サルーパという村に留まりながら、リルディ様とセタカの花を見守り続けました。誰一人、投げ出さずにずっと……ここまで守ってきました」


 アルドはただただ、話に耳を傾けていた。隣で一緒に話を聞いていた男をふと見ると、男は静かに震えていた。


「おい、大丈夫か?」

「す、すみません…そんなことがあったとは……」


 男の目からは涙が出ていた。


「わ、私は……大切な人に喜んでほしくて、珍しい花をプレゼントしたいと思っていました。でも、この花は贈るわけにはいかない。あなた方が、何万年もずっと守り続けている大切な花だと知った以上……、この花は大切にここで守られてほしいと心から思います」

「……あなたなら、そう言うと思ってました」


 男の言葉を聞き、謎の人物はゆっくりと立ち上がると、かぶっていたフードを静かにはずし、長い髪をなびかせた。現れた女性の顔を見て、男は驚いて言葉もないようだった。


「き、君は……!」


 アルドには、何が起きているのか状況が把握できずにいた。二人が目の前で見つめ合い、男は目を丸くして驚いているのに対し、フードを外して顔が現れた女性は、にこやかに微笑んでいる。


「今まで黙っていてごめんなさい。そう、私が呪術師の末裔です」

「ま、まさか……そんなことがあるなんて」

「私はあなたの気持ちに気づいていました。そして、それがとても嬉しかった。あなたが私にプロポーズするためにセタカの花を探していると町で聞いた時は、驚きました。あの花のことはあまり知られていないし、とても珍しいものと噂されていましたから」

「き、きみはここまで魔物に見つからなかったのかい?」

「私たち呪術師の子孫は、先祖から伝わる魔除けのおまもりのおかげで、リルディ様とセタカの花が咲いている場所まで魔物に遭遇することなく、お二人の場所まで行くことができます。でも、あなたは危険だと知っていながらここまで来た……、私はその気持ちだけで充分嬉しく思っていました」


「ちょ、ちょっと待ってくれ!つまり、あんたが彼がプロポーズしようとしていた人なのか?」


 アルドは頭の中を整理しようと必死だった。リルディとセタカの花を守り続けた呪術師の末裔が、男がプロポーズしようとしていた女性であること。そして、その正体を男もアルドも知らなかったことを。


「そのようですね。ふふふ」

「わ、私は…あなたとこの先、一緒にここを守っていきたいです!どうか、私と結婚してくれないでしょうか!!」


 男は精いっぱいの気持ちを込めて、彼女にプロポーズをした。当初予定していた、花束を持ってとはいかなかったが、男の覚悟は本物だった。


「もし、あなたがこの話を聞いても花を持ち帰りたいと言っていたら、私は断っていました。“愛する人への強すぎる思いは、時として厄災をもたらす”と先祖から言い伝えられてきたからです。でもあなたは快く諦めてくれました。それに、セタカの花がなくても、私はあなたのまっすぐな気持ちを常に感じていました。ちょっと頼りなくて、自信がなさそうでも、あなたの優しいところが私も好きです」


 そう言うと、彼女は顔を少し赤くした。その様子を見て、男は嬉しそうに彼女に問いかけた。


「じゃ、じゃあ…いいんだね?」

「はい、私で良ければ。末永くよろしくお願いします」

「や、やったーーーーーーーーーーーーーー!」


 男は泣きながら喜んだ。そんな姿を見て、彼女は優しく微笑んでいた。

 アルドはほっとしたと同時に、嬉しくなった。男が彼女のために、必死になって花を探していたのを見てきたからだ。


「ほ、本当にありがとうございました」

「いいって。それより、二人でリルディとセタカの花をこの先も守っていってあげてくれ。オレからも、よろしく頼む」

「はい、彼と一緒にこの先も守り続けていきます」

「あぁ……そうしてくれ」


 セタカとリルディが成し遂げられなかった、共に生きていく道を、この二人は歩むことができた。セタカの花とリルディは、この先もずっと離れることなく一緒だろう。

 セタカの花が結びつけた男と守り人の女性の手によって、この先の未来も花は咲き、いつか目覚めるかもしれないリルディはきれいに輝き続ける。


「あらあら、顔に汚れがついていますよ」

「え!?あ!本当だ!」

「おい、さっそく見せつけるなよー」


三人の笑い声をひそかに聞きながら、まるで祝福するかのように、リルディとセタカの花は穏やかに光を放つのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

蒼天の花と連綿の意志 とだまり @marihiro

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ