第5話 枯れゆく花の秘密

「す、すみません!お待たせしました!」


 男は花が枯れないように、水を湿らせた布を巻こうと考えた。そのための布と水を用意するため、二人は一度ザルボーへと戻ってきていた。家に着くと男は急いで準備を始め、布と、布を濡らすための水を瓶に入れた。


(行きも帰りも、なるべく魔物に遭遇しないルートで行こう……)


 アルドはなるべく最短で往復できるルートを頭の中で考えながら、砂漠地帯へと向かっていた。ここまで来たら、花をプレゼントするまで見届けよう。そう決めていたからだ。


 砂漠地帯に入ると、アルドの考えたルートは奇跡的に魔物に遭遇することなく、森の中まで進むことができた。

 森の中は、さっきまでの砂漠の熱風とは少し違う風が吹いている。木々が風に乗って飛んできた砂を受け止めてくれるので、風が爽やかに感じられる。そして、木陰が砂漠地帯に降り注いでいた灼熱の太陽の熱を、少し冷ましてくれていた。


 二人は大樹の根元に続いている道を探した。細いけもの道は、鬱蒼と生い茂る木々の間にひっそりとあるため、すぐに見つけることができずにいた。


「あ、見つけた!」


 アルドはヴァルヲを頼りに、ようやく見つけることができた。ヴァルヲはそんなこと気にもせず、細い道をすいすいと進んでいく。足元がなかなか見えないので、アルドはヴァルヲの姿を追いかけるのに必死だった。

 すると、ヴァルヲが急に耳をピン!と立てはじめた。何かの気配を感じているようだった。


「ん?どうしたヴァルヲ」


……にゃあ。


ヴァルヲは何かをじっと見つめているようだった。アルドも視線の先に目をやったが、何も見えない。


「ヴァルヲ?なにか見えるのか……?」

「ど、どうしたんですか!?急に立ち止まって……」


 男が後ろで怯えていた。辺りをきょろきょろと見まわしている。


「ヴァルヲが、何か見つけたみたいなんだ」

「え、な…なんですか」

「わからない、でも何かをじっと見ているみたいなんだよ」


 ヴァルヲはまだ何かをずっと見つめている。その先に見えるものは、魔物なのか?それとも別のモノか……。

 しばらくすると、ふっと我に返ったようにまた進み始めた。


(なんだったんだろう……、何事もなかったようにしているけど)


 ヴァルヲの背中を見つめながら、二人は細いけもの道を再び進み始めた。

 しばらくすると、やっと大樹の根元に出ることができた。やはりここは砂漠地帯にあるとは思えないくらい、ひんやりとした空気が流れている。周りを囲む木々のおかげで、砂漠地帯から吹く風が浄化されているようだった。


 二人はセタカの花が咲く、石化したリルディの元へ向かった。

 セタカの花はリルディを囲むようにして咲いている。まるで花がリルディを守り、優しく包み込むかのように……。


――花を摘み終わると、男は持ってきた小瓶の中にある水を布にかけ始めた。たっぷりと湿らせたせいで、水滴が滴っている。


「それなら大丈夫そうだな」

「は、はい!本当にありがとうございます!」

「帰りも最短ルートでザルボーの町まで行くから、離れずについてくるんだぞ」

「わ、わかりました…!」


 森の中はまだ暑さが和らいでいるのでそこまで心配はないが、問題は森を抜けた後だった。さっきの花の様子を見ると、相当暑さには弱いらしい。これだけ水で布を湿らせたが、どこまで乾かずに持っていけるかはわからない。そして町に戻ったら、すぐに家の花瓶で水分補給をさせないと、きっと枯れてしまうだろう。

 アルドは想定される問題を頭の中でイメージしながら、準備を整えていた。男も、次こそは!と意気込んでいる。


「よし!行こう!」

「は、はいっ!」


 二人は準備万端で、細いけもの道を再度引き返した。ヴァルヲはさっきとは違い、何事もなく、ただひたすら歩いている。その足取りは止まる様子はなさそうだった。


 細いけもの道を出た二人は、砂漠地帯に繋がる道へと急いで向かった。砂漠地帯に出たら、今よりも魔物に見つかりやすくなる。少しでも倒す数は減らしたほうがいいだろう。アルドは腰に装備している大剣に手を置き、いつ魔物が襲ってきてもすぐに戦闘態勢に入れるように準備した。


(今度こそ、必ず花をザルボーの町まで枯らさずに持っていく!)


 アルドは呼吸を整えた。セタカの花を、男の家まで枯らさずに持っていく。そのミッションをクリアするために。


「よし!森を出るぞ!」


 しかし、男の返事はなかった。


「ん?おい、大丈夫……か……」


 アルドが振り返ると、男は呆然と立ち尽くしていた。


「なぁ、どうしたんだ?急に立ち止まって……!?」


 アルドは男が持っているセタカの花束が、また枯れてしまっているのを目にした。さっきと同じように茎は下を向き、葉が落ちかけ、花は萎びてしまっている。

 花束を巻いている布は、まだ水滴を滴らせているのに…。


「……どうして!」


 アルドは悔しさでいっぱいになっていた。花が枯れる原因は、気温の急変によるものではないのか。こんなに慎重に運んでいたはずの花が、森を出る前に枯れてしまうなんて。アルドは目の前で起きていることを、信じたくないと思っていた。


「は……花が……どう…して……」


 男は花を見つめたまま放心状態になっていた。なんで枯れてしまったのか、原因不明のまま、また振出しに戻ってしまったからだ。

 二人は何も話さず、ただただ花束を見つめていた。


「……すまない、オレの力不足で」

「い、いえ、あなたが悪いわけではないですよ。問題は、この花がどうしてこんなに簡単に枯れてしまうのか……その原因さえわかれば……」

「そう…だな……」


 気が付くと、太陽の光は少し低くなり始めていた。このままだと、夜になってしまう。夜の砂漠地帯は、昼間には出現しない魔物も出歩く可能性がある。このままここにいては、危険だとアルドは思っていた。


「とりあえず一度ザルボーに帰ろうか。このままだと夕方になってしまう。夜はどんな魔物が出るかわからないし……」

「そ、そうですね…」


 男の声は小さく、元気がなくなっていた。そんな姿を見て、アルドは胸が締め付けられる思いだった。


「じゃあ、とりあえず森を出るぞ。……あれ?ヴァルヲはどこだ?」


 気が付くと、ヴァルヲの姿が見えなくなっていた。


「おーい!ヴァルヲー!どこだー?」


 アルドが呼んでも、鳴き声が聞こえない。アルドは少し嫌な予感がしていた。ヴァルヲがいなくなることなんて滅多にないので、余計に心配になっていた。


……にゃあん


どこかからヴァルヲの鳴き声が聞こえた。アルドはもう一度耳を澄ませてみた……、この鳴き声は、いったいどこから聞こえてくるんだろう。


……にゃあ


「あっちだ!」


あの細いけもの道から、ヴァルヲの鳴き声が聞こえてくることに気づいた二人は、急ぎ足で来た道を戻り始めた。さっきあの道を通っている時、ヴァルヲは何かを見つめていた。その理由がわかるかもしれない。そう思うと、アルドの足取りは早くなっていった。


(ヴァルヲ……いったい何を見つけたんだ!?)


 二人は細いけもの道を再び進み、大樹の根元へと急いだ。しばらくするとヴァルヲの鳴き声は、聞こえてこなくなった。アルドは心配になりながらも、慎重に進んでいった。


 けもの道を抜けると、大樹の根元に再び出てきた。周りを見回した限りでは、荒らされている気配もなく、魔物がいる様子もない。さっきまでと同じように、ひんやりとした心地の良い風が穏やかに吹いている。


「ヴァルヲ!どこだ!?」


アルドが呼ぶと、ヴァルヲの鳴き声が聞こえてきた。


にゃあん


鳴き声は、セタカの花が咲いている方から聞こえてきた。二人はゆっくりと、慎重に鳴き声が聞こえる方へ進んでいった。


「ヴァルヲ……?」


 ヴァルヲは、石化したリルディと戯れているようだった。しかし、よく見るとリルディのそばに人影があるのが見えた。


「誰だ……!?」


 アルドが近づくと、そこにはフードを被った何者かが佇んでいた。特に警戒する気配もなく、ただヴァルヲと戯れている。


「あなたの猫でしたか……、またここに戻ってくるとは思っていました」

「どういうことだ!?」


 フードを被った謎の人物は、ヴァルヲを撫でながらゆっくりと話し始めた。


「私は、このリルディ様とセタカの花を先祖代々守り続けている『守り人』です」

「守り人?」

「はい……、私たちはいにしえの時代にて、この世を去りゆくセタカ様にリルディ様を守っていくと誓った一族。そして、私はその末裔です」

「なんだって…!?」


 アルドは謎の人物が話す内容に、驚きを隠せなかった。時を超えることができるアルドは、まだ生きているセタカと話をしてきたばかりだ。そのセタカが死ぬ間際にそんなお願いをしているなんて……。アルドは張り裂けそうな気持を押し殺し、謎の人物に話しかけた。


「少し、詳しく話を聞かせてくれないか……」

「私の先祖は、呪術師でした……」


 謎の人物は、ヴァルヲを撫でながら静かに語り始めた。


「セタカ様は、石化したリルディ様をずっと見守り続けたそうです。彼は半生をすべて、リルディ様の為に捧げました。時々涙を流しながら、いつか奇跡が起こって目覚めるかもしれないと、そんな日が来てほしいと願いながら……。しかし、その願いも叶わず。セタカ様は日に日に弱っていき、ついには衰弱してしまったそうです。そんな時、私の先祖である呪術師が洞窟の中で倒れているセタカ様を発見しました。もう生きる気力もないほどに弱り切っていたそうです」


 謎の人物は、そのまま静かに語り続けた。

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