第4話 夢の中で聞こえる声
茂みを通り、アルドは男を連れて再び大樹の根元に戻った。
さっきの戦いで体は疲れ切っているが、ここのひんやりとした風が火照った体を冷やしてくれた。
「ほら、あそこにあるのがセタカの花だ」
アルドは、セタカの花が咲いている場所を指さした。
男は目をキラキラと輝かせて、すごく嬉しそうな顔をしている。その顔を見て、アルドは探した甲斐があったと心から思っていた。
アルドの体は、思ったよりも体力を奪われている。少しずつ体が重くなるような感覚になり、立っているのもやっとになってきていた。
(ここからまた帰り道に魔物に襲われるかもしれない、今のうちに少し休んでおくか)
「すまない、オレは少しここで休んでいるから、摘み終わったら教えてくれ」
「あ、あ、あ、ありがとうございます!!」
そう言うと、アルドは大樹の根元に寄りかかり目を閉じた。
大樹の葉が風に揺られて、音を出している。吹き抜ける風が頬に当たると、ひんやりとして心地よかった。
体のあちこちが痛い……。戦いの直後は気にもならなかったが、アルドは満身創痍だった。擦り傷や痣が鈍く痛む。
(けっこうやられてたんだな……)
そう思いながらアルドは眠りについてしまった。
「ほ、本当に……ありがとうございますっ」
男は小さな声でつぶやくと、セタカの花を摘み始めた。
アルドは眠りながら、夢を見ていた。風の音が少しずつ大きくなっていく……
(……な……いで……)
誰かがアルドに囁いた。夢の中での出来事なのか、現実なのか、どちらかわからない。でも誰かがアルドに何か伝えようとしているのは確かだった。
(誰だ…?オレに何か伝えようとしているのか?)
その声は小さく、そして少し悲しそうだった。
言葉がはっきりと聞こえない。でも、悲しさだけは伝わってきた。
(お……が…い……そ……なを……)
(いったい誰だ?オレになんて言おうとしているんだ?)
アルドはなんて言おうとしているのか、聞こうと必死だった。しばらくすると、その声はだんだんと大きくなり、何を言っているのかもはっきりしてきた。
(お……きて……)
(ん…?)
(起きて……くだ……さい……)
(なんだ?なんだかさっきと声が違うような……)
「お、起きてください!」
「うわっ!びっくりしたぁ」
アルドは大きな声に驚き、飛び跳ねてしまった。ふと横を見ると、男がセタカの花を持って立っている。束になると、その青さはさらに澄んで見えた。まるで小さな青空を腕の中で抱えているようだ。
「す、すみません。寝ていたところを起こしてしまい…」
男は申し訳なさそうにアルドに声をかけた。
「あぁ、大丈夫だ。寝てしまっていたようだな…ごめん」
「い、いえいえ!お気になさらず!!あれだけの戦いでしたから、疲れてしまうのも当然です!!」
「はは、ちょっと手強かったからな」
「む、むしろこれだけの傷で済んだのが奇跡のようで…本当に、あなたにお願いしてよかったです!!!ありがとうございます!!」
男は今にも泣きそうな顔で、アルドに感謝の気持ちを伝えていた。その姿を見て、アルドは少し微笑ましく思う反面、こんなに丁寧に感謝されるのはなんだか少し照れくさかった。
それにこの花だけはどうしても見つけたいという思いもあった。
古代で出会ったセタカとリルディの二人。魔女レプティレスのせいで、悲しい別れをしてしまった……。リルディは石になってしまったが、魂はまだ生きたまま、呪いが解ける日を待っている。しかし、彼女が目覚めた時にセタカはもういない。
何千年という時が二人の仲を引き裂いてしまった。こんなに悲しい結末は、そうはないだろう。そんな運命を目の当たりにしたアルドは、この男には同じ思いはしてほしくないと思っていた。
「それで、花は摘み終わったのか?」
「は、はい!おかげさまで、これで私も勇気をもって彼女にプロポーズができます!」
男の手に持っていた花束は、とても小さくまとまっている。アルドはもう少し大きい花束を想像していたのに、男が作った花束は数本束ねただけのものだった。
「それだけでいいのか?沢山咲いているのに」
「え、ええ。希少な花と聞いていたので、沢山摘んだら申し訳ないと思いまして…」
男は少し顔を赤くしながら、そう答えた。その様子を見て、アルドは男の優しさを感じていた。
「そ、それよりも。お体の具合はどうですか?」
「ああ、少し寝たせいか楽になったよ」
「よ、よかったです…」
「待たせてしまって、すまなかったな」
アルドはそう言うとゆっくりと立ち上がった。腰に付いている大剣と、オーガベインがいつもより重く感じたが、体のだるさはさっきよりも取れていた。
「よし、じゃあ行こうか」
「は、はい!」
アルドと男は、先ほど通った細いけもの道を引き返した。茂みの中から、時々何かが動く音が聞こえる。襲ってくる気配はないので、気にせず進むアルドに対して、男はいちいち反応していた。
「いいか、どこから魔物が出てくるかわからないから、オレから離れるなよ」
「は、はいっ!」
幸いにも、魔物が襲ってくることもなく、けもの道を抜けることができた。
砂漠に繋がる森へ出ると、さっきまでいた大樹の根元より少しだけ気温が暑く感じた。
(やっぱりあそこは特別な場所だったんだな)
アルドは改めてそう思った。
森から抜ける道の真ん中には、さっき戦った死の鉄人の亡骸が横たわっている。完全に沈黙しているので、起き上がることはないだろう……しかしここは用心して進もうと、アルドと男は息を潜めながら進んだ。
やっと森を抜けられる。そう思った矢先―
「あぁああああぁああぁぁぁぁぁぁぁああ!!!!!!!!」
後ろを歩いていた男が急に叫んだ。なんとも情けないような、悲しいような声で叫んだので、アルドは慌てて振り向いた。
「ど…どうしたんだ!」
「は、花がぁ…」
アルドはそう言われ男の持つ花束を見た。すると、さっき摘んだセタカの花がすべて枯れてしまっている。茎はすべて下を向き、葉は数枚取れてしまっていた。さっきまで澄んだ青色をしていた花びらは、可憐さを失って萎びていた。
つい数分前に摘んだばかりの花がこんなことになるとは考えられない。この森にいる魔物の魔法にかかってしまったのか、それとも大樹の根元とは違う気候に耐えられなかったのか…原因は色々と考えられた。
「と…とにかくもう一度戻って摘みなおそう!」
「で、ですがまた同じように枯れてしまったら……」
男はあまりのショックに呆然としていた。こんな短時間で花が枯れるなんて現象を体験してしまったから無理もなかった。その姿にアルドも同情するしかなかった。
「ここは砂漠地帯だし、暑さに弱いのかもしれないぞ」
「そ、その可能性もありますね…」
「ああ、ここに来るまで魔物に遭遇しなかったから、魔法とかではなさそうだし」
「で、では一度、花束が枯れないよう持ち帰るための布と水を家に取りに行きたいのですが……」
「もちろん、ついていくから安心してくれ」
「あ、ありがとうございます!!」
アルドはここまできたらとことん付き合おうと決めた。男が必死になって探し求めているものだし、それに、男がプロポーズに成功するところをアルドも見届けたいと思った。
「よし、じゃあ一度ザルボーに戻るぞ」
「は、はい!よろしくお願いします!」
そう言うと、二人はザルボーの町へと戻っていった。
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