第3話 休息の地

 ルチャナ砂漠は、サルーパから近いところにある砂漠地帯だ。

 じりじりと太陽が照り付ける過酷な土地だが、最近は突如現れた大樹と森により体感温度は少し和らいでいる。サルーパの人々からすれば、この砂漠地帯に現れた森はオアシスのような存在でもあった。


 アルドは大樹のある森に向かって進んでいた。

 この辺りにはまだ強い魔物が棲みついている。油断をすると、とても危険だ。慎重に森まで進まなければならない。時々小さな魔物がアルドの周りをうろうろ歩いていたが、なるべく戦わなくていいように岩の影に身を潜めた。


 森に近づくにつれて、肌で感じる温度が下がってきていた。さっきまで滝のように流れ出ていた汗は、少しずつ治まってきている。――


 砂漠地帯を抜け森の中に入ると、幾分暑さは和らいだ。さすがオアシスと言われるだけのことはある。旅人たちからすれば、たしかにここは休息の地だ。

 森の中を少し進んだアルドは大樹の根元を目指そうとしたが、木々が鬱蒼と茂っているため、なかなか近づけそうになかった。

 男の話では、セタカの花は大樹の近くに咲いているという。このまま諦めて帰るわけにもいかず、アルドは必死でどこか通り抜けられそうなところがないか探した。


「困ったなぁ……。大樹は目の前なのに、奥に進めそうな抜け道がないぞ」


 周りを見回しても、道らしいものは見当たらない。―森のあちこちにドグマの塔の残骸が落ちているのが見えた。地面に深く突き刺さってしまっている瓦礫もあり、まるで遺跡のようだ。時々、爽やかな風が森の中を吹き抜ける。

 この風はいったいどこから吹いてくるのだろう。―


「ん~どこかなぁ」


……にゃあ。


突然、ヴァルヲが茂みの一点を見つめて鳴き始めた。じっと見つめて動かない。


「ん?どうしたヴァルヲ」


……にゃあ!


次の瞬間、ヴァルヲは茂みに向かって走っていった。


「あっ!ちょっと待てよ!ヴァルヲ!!」


 アルドはヴァルヲの後を追いかけようと茂みに足を踏み入れた。

 すると、そこには隙間を縫うように細いけもの道が現れた。ここからなら先に勧めそうだ。アルドはゆっくりと踏み出し、ヴァルヲの後を追った。


「おーい、ヴァルヲ。どこに行ったんだ?」


 腰より上まで生えている草木を避けながら、やっと茂みから抜け出したアルドは、目の間に広がる光景に言葉が出ずにいた。

 ここは砂漠地帯にあるとは思えないほど、澄んだ空気が流れ、そよ風が優しく吹き抜けている。陽の光は柔らかく、日陰は少しひんやりするほどだ。アルドはさっきまでとは確実に違う、不思議な空間に出てきていた。

 アルドの目の前には、大樹の根元があった、そのすぐそばで青く光る何かが目に入ってきた。


「……あった」


 青空のように澄んだ青い花びらが、風に優しく吹かれながら揺れている。それも一輪、二輪ではない。セタカの花がまるで青い絨毯のように咲いていた。

 大樹の枝の間から差し込む木漏れ日に照らされながら、アルドに向けてまるで微笑んでいるかのようにセタカの花は佇んでいた。


「やっと見つけたぞ。セタカの花!これのことだったんだ!」


 アルドが少しずつ花に近づいていくと、見覚えのある人影が見えた。そこには、石化したリルディが静かに立っていた。

 宝玉が光り輝き、リルディの顔を優しく照らしている。その顔は優しそうだが、どこか悲しそうでもあった。

 何万年とここにいるはずなのに、リルディの体に苔や汚れはほとんどついていない。ついさっきまで誰かが掃除をしていたかのように、きれいだった。


「この時代にセタカはとっくにいないはずだ。いったい誰が……」


 その時だった。


「ぎゃーーーーーーー!た、助けて~」


 どこからか助けを呼ぶ声が聞こえた。


「さっきの場所だ!一度戻ろう!」


 アルドは急いで茂みの道を引き返した。


「どこだ!?どこにいる!?」

「ひ、ひえぇ~」


 男の声と共に大きな振動が森中に響き渡った。草木が揺れ、砂ぼこりが舞い、何本か木が倒れていった。


「大丈夫か!」

「た、助かった~。すみません!ずっと追いかけられてて…」


 そこにいたのは、ルチャナ砂漠でも危険度の高い魔物『死の鉄人』だった。金の模様が入った鎧兜で覆われた巨体、呼吸をする度に音を立てながら揺れる兜の隙間から光る眼が、アルド達を見下ろしていた。


「こっ、こいつは…死の鉄人だ!ものすごく手強いぞ」

「そ、そうなんですか…!」

「あぁ……。頼む、ヴァルヲを連れて向こうへ逃げてくれ!」

「わ、わかりました…!」


 男はヴァルヲを抱きかかえ、走って逃げていった。

 二人が避難したのを見届けると、アルドは装備していた大剣を握り戦闘態勢に入った。


(ここで逃げても、必ず追ってくる…。なんとかして倒さないと…!)


 死の鉄人は鉛のように重たそうな大きな拳を上に持ち上げると、大きく振りかざしてきた。拳は巨体に似合わずものすごい速さでアルドに向かってきたが、アルドは危機一髪で避けることができた。そして次の攻撃に備えるため、急いで体制を整えた。


 轟音と同時に、森の木が数本吹き飛ばされてしまった……。拳だけでも木を薙ぎ払ってしまうその怪力と巨体に似合わないほどの俊敏さに、アルドは焦りを感じた。


(このままだと、ちょっとマズイな…)


 死の鉄人の攻撃は考える時間を与えることなく、容赦なく続いた。避けるたびに木々が折れ、破片が吹き飛び、避けきれずに腕に傷がついてしまった。


 アルドは攻撃をかわしながら、一瞬の隙が生まれるのを待った。今、下手に動いたら命取りだ。冷静に判断し、反撃のチャンスを待たないと……そう考えながら、左右に避け、タイミングを見て後ろに回ったりした。とにかく死の鉄人を動き回らせ、体力が減っていくのを待つしかない!そう思っていた。

 アルドのすばしっこさに、死の鉄人はついに怒りの声を轟かせた。ものすごい勢いで腕を左右に振り、自棄になっている。

 そして、息を切らせながら両腕を下したその時。――


「よしっ!今だ!いけぇぇええええええっ!!」


 アルドは剣を上から大きく振りかざした。死の鉄人はアルドの姿を見るなり反撃をしようとしたが、さっきの攻撃で体力を大幅に消耗したため、腕がなかなか上がらずにいる。

 このタイミングを、アルドは狙っていたのだ。どんな時でも諦めない。必ず、どこかにチャンスはある。アルドはそう信じていた。


 アルドの剣が死の鉄人の肩に大きく降りかかる。その素早さに追いつくことができず、ついに大きなダメージを与えることができた。

 死の鉄人は、静かに膝から倒れていった。振動が、森中に響き渡る。


「はあ、はあ……倒したか?」


 アルドは恐るおそる近づいてみた。息をしている様子もなく、体全体から生気も消失している。死の鉄人は、完全に沈黙した。


「やった…!ついに倒したぞ!」

「た、倒したんですね!!」


 後ろの方から男の叫ぶ声が聞こえた。ヴァルヲを抱えて、男がアルドのもとへ駆け寄ってくる。抱えられているヴァルヲはのん気にあくびをしていた。相変わらずな態度に、アルドは少し安心した。


「す、すごい…本当にあの巨人をやっつけるなんて」

「手強かったけどな、なんとか倒すことができたよ」

「あ、ありがとうございます!本当に、命拾いしました…」


 男は何度も深く頭を下げていた。


「それよりも!なんでこんなところまで一人できたんだ?砂漠地帯には魔物が沢山いるし、それが怖くてオレに頼んだんだろ?」

「は、はい…そうなのですが…やはり大切な相手へのプレゼントなので、自分で摘みにいかなければと改めて思いまして……なので、あなたの後ろをこっそり追いかけたんです。そしたら、急に姿が見えなくなったので、周りを探していたらあの巨人に遭遇しまして…」

「そうだったのか…、でも、一歩間違えれば死んでいたかもしれないんだぞ?」

「は、はい…本当にありがとうございました」


 男は泣きそうになりながら、アルドに再び頭を下げた。なんとなく、憎めないやつだとアルドは思っていた。


「と、ところで…セタカの花は見つかりましたか?」

「ああ、見つかったよ。」

「ほ、本当ですか!!」

「こっちだ。また魔物が出てくるかもしれないから、オレのそばを離れるなよ」

「は、はい…!」


 アルドは男を連れて再び、茂みの通路へ戻っていった。

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