蒼天の花と連綿の意志

とだまり

第1話 愛する人のために

 時は現代、ここは砂漠の町ザルボー。

 つい先日ルチャナ砂漠にあったドグマの塔が崩れ去り、突如として砂漠地帯に大樹と森が現れた。

 この大樹は太古の昔からこの地に根を張り、ザルボーの人々を見守り続けたという者もいる。なぜ砂漠で育つのか、その謎を学者たちがこぞって解き明かそうとしているらしい。


「この町に来るのは、なんだか久しぶりだな」


 アルドは久しぶりの訪問に懐かしさを感じていた。

 ここに来るのは、幽冥の魔女レプティレスと戦って以来だ。相変わらず砂ぼこりが舞うこの町は、灼熱の太陽と乾いた地面が訪れる者を汗だくにする。風が吹いていなかったらとっくに干からびてしまうような過酷な土地だが、時々強く風が吹くせいか、家の中にまで砂が入ってくることもあった。


 アルドは砂の混じる風のせいで、目を細めながら歩いていた。ここの風にはまだまだ慣れない。砂が目に入ると、涙が止まらなくなる。手で顔を覆いながらじゃないと、なかなか進むのも難しい。

 ちょうど宿屋の前を通りかかった時、後ろからひとりの男が話しかけてきた。


「あ、あの。あなたは剣士ですか?」

「ん?オレは剣士というより、旅人なんだけど……」

「ど、どちらでもいいです!私の頼みを聞いてくれませんか!?」


 いきなり頼みごとをしてくる男の勢いに、アルドは少し戸惑ってしまった。

 しかしどこか思いつめたような表情をしていたので、とりあえず話を聞くことにした。


「落ち着けって!……とりあえず話は聞くから」

「ほ、本当ですか!?ありがとうございます!」


 男は嬉しそうにそう言うと、落ち着きを取り戻して話し始めた。


「じ、じつは…私には心から愛する人がいるんです。その人はとても大切な人で、今度プロポーズをしようと思ってます!」

「おぉ!それはすごいな!…で、頼みってなんだ?」


 男は少し顔を赤くしながら、話を続けた。


「そ、その……彼女にプロポーズする時に、特別な花をプレゼントしたくて」

「いいんじゃないか」

「で、ですよね!そ、それで…その花を摘んできてほしいというのが頼み事なんですが……」


 アルドはなんだか理解できずにいた。

 花を摘みに行くことは誰にでもできることなのに、なぜ彼は自分で行こうとしないのだろう?と思ったからだ。


「摘んできてほしいって……そんなの自分で行ったらいいんじゃないか?そのほうが、相手に気持ちが伝わると思うぞ?」

「そ、そうなんですが……実はその花はとても珍しいもので…、どこにあるかもあまりわかってないんです」

「そうなのか!?……たしかに特別な花とは言っていたけど」

「はい……そ、それに危険な場所に咲いているかもしれなくて、私のような者では魔物にすぐにやられてしまいます…」

「なるほど。それでオレに頼んできたのか」

「は、はい…あなたは魔物と戦えそうに見えたので……」


 男はすごく申し訳なさそうな顔でアルドを見ていた。


(仕方ない、頼まれたら断れないからな。それに、オレもその珍しい花がどんなものか見てみたいし…)


「わかった。オレで良ければ摘んでくるよ」

「ほ、本当ですか!?」


 男がとても嬉しそうにしていたので、なんだかアルドも嬉しくなってしまった。


「それで、その花ってどんな色をしているんだ?」

「はい、花は青空のようにきれいな青色をしているそうです」

「名前はわからないのか?」

「はい……すみません。でも、たしか何かの周りにしか咲かない特別なものだと聞いたことがあります!」

「なるほど……。まぁ考えていても仕方ないから、まずは情報収集をしてみるよ」

「ありがとうございます!!私も色々調べてみますので、何かわかりましたら声をかけてください!」

「あぁ、わかった」


 そう言うと、男は何度もお辞儀をして走り去っていった。その後ろ姿にはやる気がみなぎっているようだった。

 男を見届けると、アルドはさっそくザルボーの町で情報収集を始めた。


(まずは情報が集まりやすそうな酒場に行ってみるか…)


 これまでも酒場で色々な情報を得たことがあるアルドは、手始めにザルボーの酒場に向かうことにした。酒場には色んな人が集う。旅人や話好きな人、他の土地から来ている商人などが色々な話をしているので、酒場の店主は物知りだったりもする。


(あそこに行けば、なにか手がかりを掴めるかもしれない)


 アルドはそう思っていた。

 それにしてもこの町は暑い。草木がほとんど生えていないせいで木陰で休むことも難しい。名物の砂蒸し温泉は気持ちいいが、外気はそれとは別物だ。そんなことを思いながら、アルドは酒場の入口へ入って行った。


 酒場に入ると、カウンターの前で吟遊詩人が店主と楽しげに話をしている。

 各地を旅して、そこで見たことや聞いたことを、楽器を奏でながら唄い聴かせる吟遊詩人。彼なら何か知っているかもしれない。そう思ったアルドは吟遊詩人に花の情報を知っているか尋ねてみることにした。


「なぁ、あんた吟遊詩人だよな?」

「やぁ、私になにか用かい?」

「ちょっと聞きたいことがあるんだけど…」

「聞きたいこと?……あぁ!そうか、私の唄が聞きたいんだね?良かったら一曲聴いてくれないかい?」


 吟遊詩人はアルドの話を遮って、唄う準備を始めてしまった。

 その様子を見てアルドも断ることができなくなり、一曲付き合うことにした。


「まぁ、別にいいけど…」

「そうかそうか!ではぜひ聴いていってくれ」


 そう言うと、吟遊詩人は嬉しそうに楽器を手に唄い始めた。

 優しい音色が、店内に響き渡る。酒場の店主も一杯飲んでいるのか、赤い顔をしながら目を閉じて聴き入っている。その様子を見て、アルドも静かに聴くことにした。


― 今はもう はるかに遠い昔…

 ククトルージュの地に 真実の愛を

 誓い合った 若い恋人たちがいた。


 幸せな恋人たちを 試練が襲う。

 なに どこにでもある話さ。

 だが ここから先は どこにでもある

 お話とは ちょっと違う…。


 女は重い病にかかり 男は嘆いた。

 嘆いた末に 男は禁忌の術に

 手を染めた。


 その結果 恋人だった娘の姿は

 すっかり 変わり果ててしまった。


 娘は 血を流す 真っ赤な目で

 凍りついた男を 見つめた後で

 こう言った。


 愛しい人 どうか悲しまないで。

 あなたと過ごした 時間は

 私にとって 薔薇色の日々だったわ。


 女は物言わぬ 石と化し

 男はそのそばで 嘆き続けた。


 そうして 若者は 生涯を

 泣いて暮らし 愛する彼女のそばを

 決して 離れることはなかった。


 今も二人は 離れることなく

 互いを 思い続けているという。


 はるか遠き ククトルージュの地で… ―


 悲しくも美しいその唄に、アルドは何かを感じていた。どこかで見た光景が、唄になっている気がしたからだ。


「これは……セタカとリルディのことだ…!」

「お!なんだアンタ。セタカの花を知ってるのか?」


 アルドの言葉を聞いて、酒場の奥で酒を飲んでいた大男が話しかけてきた。

 見た目からして、どうやらトレジャーハンターのようだ。


「ん…?セタカの花ってなんだ?」


 アルドの問いに、大男は大きくため息をついた。


「はぁ~、おまえ知らねぇのか。セタカの花っていうのはな、世界中のトレジャーハンターが探し求めている宝『緑の宝玉』へ導いてくれる花だって言われているんだ」

「…緑の宝玉?」

「あぁ、なんでも珍しい宝玉なんだが、これがなかなか見つからなくてよ。アンタ、いまセタカって言わなかったか?」

「あぁ、セタカは俺の知り合いの名前なんだ」

「人の名前か…そうか。俺が知っているセタカの花っていうのは、青空のように澄んだ青色をしていて珍しい花らしいんだ」

「青色だって!?」

「おう、もし見つけたら教えてくれよな!」


 トレジャーハンターはそう言うと、店主にお金を払い店を出ていった。

 アルドは今の話を聞いて何かを感じていた。


 探している青い花の名前は、もしかしたら『セタカの花』のことではではないか…。そしてその花と古代のサルーパで出会った『セタカ』はなにか関連しているのではないかと。


(もし、セタカと関係があるなら直接本人に聞いたほうが早そうだな……)


「よし、とにかく古代へ行ってセタカを探そう!あの後、どうなったか心配だしな」


 確かなことはわからないが、セタカの花は古代であの事件と何か関係があるかもしれないと、アルドは感じていた。


 古代サルーパの村で起きた大事件。

 人々を脅かしていたメデューサの呪いを阻止するため、向かったはずのベガの森で知った衝撃の事実。愛する人リルディを病で失うくらいなら、どんなことが起きてもかまわないと誓った青年セタカの想いは、予想外の結果を招いてしまった。

 想い合う恋人たちを引き裂いた、呪いの元凶となった幽冥の魔女を討伐したアルドだったが、リルディは自分が呪いを受けてメデューサに変身する前に、自らの瞳を見ることで石化の呪いを自分にかけたのだった。

 その結果、メデューサが村を襲うという未来を救うことはできたが、リルディを救う未来は訪れなかった。


 彼女が何万年もの間、メデューサとして生きてきた未来は大きく変わることはなかったのだ。


 そんな悲しい結末を迎えた後、セタカとは会えずに旅に出てしまった。

 あの一件以来、彼らのことが気になっていたアルドにとって、現代で出会った男が探す『セタカの花』には、なにか不思議な縁を感じていた。


「よし、行こう古代へ。時を超えて、セタカにもう一度会いにいこう」


 これはセタカたちを救う手掛かりが見つかるかもしれない。アルドはそう思いながら、再び古代へと時を超えるのだった。

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