35 Brave in the Suits


 1


 夢や憧れ。

 言うなれば、自分はそれらへのアプローチを誤った存在。

 眩しい光を発することのできない自分を愛せず、自分の中に本当は灯っている微かでも確かな輝きを見出せず、先んじて世を魅了したものの背中を追っては妬むことしかできなかった。

《皆さん、こんなことを伝えたくはありませんが》

 雨宮の脳裏に微かな後悔と哀しみがそよぐと同時に、雨宮を含む五人のマスク内に葛飾の通信音声が届く。

《ステラブラックを除く四体の活動限界が近づいています。リミットを越えれば、スーツは着ぐるみに戻る——そしてその頃には、皆さんの身体は》

「わかってるよ、葛飾さん」

「いつでもそういうしがらみの中でやってきた仕事だ。今更特別なことじゃない」

 ジェイドも、セルリアンも、マスク越しにわかるくらい、清々しく微笑んでいる。

「……いいことを聞いた」

 同じ微笑みでもこうも違うかというほど、マスターローブの内側には邪悪なそれが感じられた。

「長々とやる気はなかったが、遅かれ早かれ片付けられるなら好都合だ」

 そしてまた、それまでステラを圧倒していた滑らかかつしなやかな動きで、マスターは急襲をかける。

 しかし、それが雨宮の待っていた最大の瞬間でもあった。

「フリー・テリトリー‼︎」

 ずん、と聞いたことのない重低音が周囲一帯を圧し潰す。よろめいた四人が視界を戻すと、目の前に迫っていたマスターローブが、まるで身体を鎖で繋がれたかのように不自由そうによろめいていた。やがてその重圧の雨は、的を絞るかのようにマスターのもとへと集約する。

「雨宮大河…何を……」

「TWIST!」

 ステラブラックのフルブラストは重圧を操る力を発揮すると、倉敷から聞かされていた。マスターに向けて両手をかざしたまま、雨宮——ブラックは叫ぶ。

「時間がないんだろう! 今までのいたちごっこをまた繰り返す余裕はないはずだ!」

「レイニー……」

「俺だって……技術を、ものづくりを、愛していた! その愛の掲げ方を間違えたこともわかっている……だから!」

 今すぐにでも走り出さなければならないと、頭ではわかっている。それでも、ジェイドたちの両脚はその言葉を聞き届けるまで走り出すつもりがないらしかった。

「俺に、夢を叶えさせてくれ! 誰かの背中じゃない! 自分の手で、自分の力を追い求めるという夢を‼︎」

 何も言わず、ジェイドはその右手にSSジェイドブレードを携える。それを見てか自ずからか、セルリアンはRPセルリアンマグナム・アクションモードを、マンダリンはPSマンダリンファンネルを、ローズはSMローズシャフトを展開する。

「……聞いたな、みんな。……行くぞ!」

 それぞれが決心を込めた一答とともに、大きく息を吸い込んでその地を蹴り出す。

 もう、息は切れたままずっと苦しい。身体が錆び付いてゆく感覚は輪をかけて襲いかかり、肉体が朽ちていくような、生命力がこぼれ落ちていくような絶望感が常に肌にまとわりつく。余剰エネルギー逆流の影響か、心臓は高鳴ってやまない。活動限界と肉体の限界、どちらが先に来るか本当に分からない。

 それでも。

「おおおぉぉ……‼︎」

 レイニー——雨宮大河が切り開いた道を駆け抜け、身動きを封じられたマスターに瞳のピントを合わせる。

「マキシマム・ドリップ‼︎」

「ヴィヴィッド・キャリブレーション‼︎」

 遠距離支援の二人による、射撃ユニットの一斉射。今まではエネルギー波により弾かれていたそれらも、発生させることすらできない今ではほぼ全てがマスターの外装に届く。はじめて、マスターのスーツに傷がつく。

「うっ……くはっ……」

 鉛玉とレーザーの雨が止んだすぐ後、マスターの懐にローズが滑り込む。

「マグネティック・サワー‼︎」

 突き上げるように、SMローズシャフトはマスターの腹部に激突する。声にもならぬ呻き声とともに、マスターは低く打ち上げられ、その身を駆る術をほぼ完全に失う。

「レオン! 覚えておけ!」

 その目の前に、猛烈な風と共に現れたステラジェイド。全身が、瞳を灼くほどに煌々と輝き、翠色の星のように辺りを照らす。

「サイクロン・スカッシュ‼︎‼︎」

 流れ星のように真っ直ぐに、SSジェイドブレードの軌道がマスターローブを突っ切る。その苦悶と無念に染め上げた絶叫をも掻き消す大爆発が、レオンの姿を黒煙に飲み込んだ。

 着地したジェイドは、SSジェイドブレードを手放して続ける。

「生存戦争も選民思想も、俺たちには必要ない」

 ゆっくりと振り向くと、鈍い音と共に地に落ちる一つの影があった。

「人が生きていけるのは、優しさが、愛があるからだ。そこから生まれたテクノロジーを模倣して、人を虐げるものを生み出したあんたの罪は重い」

 徐々に晴れゆく黒煙の中から、血と煤に塗れながらもその表情を変えないレオンが、静かに這い出す。

「……なら、テクノロジーは、何のためにある」

 問われ、振り向く。

 すでにマスクを取り去った四人が、微笑みを返す。

「……何ででしたっけ、葛飾さん」

 機動室にその問いを投げると、葛飾から答えが返ってきたのか、ひとつ息をこぼしたのちにジェイドもそのマスクを脱いだ。

「……愛を形にするため——だってさ」


 街に蔓延っていたビートルローブのスーツが、中枢を打ち砕かれたことによって次々にその機能を失い、人々の身体から剥がれていく。

 騒動の根幹が討たれたことが察せられたのか、ステラたちの戦いの現場にも、警察車両のサイレンが近づいてきた。

 一方で、期が熟したとばかりに、対馬を筆頭とした実動部隊がヴォーグ本社に突入。社長も幹部も全て失い、訳のわからぬままの従業員が残されていたのみだったが、いよいよヴォーグは完全に抑え込まれることとなった。


 ヴォーグ社とTWISTとの戦いが、終焉を迎えた。


 2


「……俺たちで最後か」

 がらんとした機動室を見渡し、対馬は寂しそうに笑う。

 捜査資料が山積していた自身のデスクはもちろん、鍛錬を重ねたトレーニングブース、一息入れてきたラウンジスペース、メカメカしく散らかっていたガレージルームまでも、赴任当初のようにすっきりと引き払われている。

「ですね」

 全ルナローブの鎮圧と、ヴォーグ社の立入捜査、装着員らの心身回復を見届け、TWISTは解散となった。いつか誰かが言っていた通り、本当に目指すべき未来はこの組織が解体された未来だった。


『まだ色々踏まなきゃならないステップはあるんだけどさ、せっかくだから現場復帰したいと思ってんのよ。……後輩の教育とかはちょっと、性に合わねえ気もするんだけど』

 滝沢はからっと笑っていた。

 他三人もそうだったが、アップデートプログラムの反動は凄まじいものがあり、一名を取り留めたことすら奇跡的だったとメディカルチームからは驚嘆された。幸い後遺症などはなく、全員が従来通りの生活に復帰できることとなっている。

『まあ、警察も自衛隊も、身体張って人助けするのは一緒だからな。またいつか、どっかで会おうな』

 南城は嬉しそうに笑いながらも、物騒な場所で会う羽目にならないといいですけどね、と返した。


 一通りのことが落ち着いて、七尾はベイエリア宇宙センターへと戻った。暖かな仲間の歓迎を受け、思わず涙したという。

『みなさんそうですけど、南城さんと滝沢さんに、一番大事なことを教えてもらったなーって、思ってるんですよ。……なんだか色々足引っ張っちゃいましたけど、今度は私が助けられるように、おっきくなりますから』


 根室も、元の所属先である東日本道路交通管制局へと戻った。しかし、その目の色は少し、これまでとは輝き方を異にしている。

『皆さんのおかげで、もっと自分を信じてあげようと思えるようになりました。そうやって色々考えてたら、僕やっぱりもう一度、ちゃんと夢を追いかけておきたいなって、思ったんです。近いうちにこの仕事から離れるかもしれませんけど、皆さんとのことは絶対忘れませんから』


『……とかなんとか聞いちゃうと、私たちが情けなくなってくるわよね』

 乾いた笑いの主は杏樹だった。

『今また技術庁に戻っても、頭の固い男たちに煙たがられるだけでしょ。今までそういうの、一生懸命変えようとしてきたけど、つまらない枠組みに囚われずに戦い抜いたあなたたちに出会えて、私のその戦いに意味があるのか疑問に思えた。——そこでちょうど、倉敷さんが声をかけてくれたの』

 その隣には、くだんの倉敷が胸を張って立っている。

『私も国家安全局には戻らない。この国の、仕事の在り方はもっとよくなる。自分や仲間を思いやりながら、誇りをもって、手の届く範囲のことに全力を込める。そんな君たちTWISTメンバーの姿を見て、私にできることがまだあると思ったんだ』

 もちろん、そこには筑波も一緒だ。

『私も、全力でサポートします』

 はっきりと具体的なことは決まっていないようだが、これからの働き方にさらなる一石を投じる、そんな組織を作るつもりだ。新たなる"特命"が、彼らを待っている。

 ——その前にまず、杏樹は再び滝沢と酒を交わす約束があるようだが。


 葛飾は風京大学の研究室に戻った——が、すぐさま警察の技術顧問として呼び出された。

『ローブの開発現場の解体、まだ特定されていない残りの購入者からのスーツ回収、そうしたことを量産型プリマヴィスタを使ってやっていくそうですよ。自分はそのお手伝い。まだまだ、コンバットスーツとは縁が切れそうにありません』

 困ったような笑みが、南城たちには少し嬉しそうに見えた。

 アイルスタイルの量産化は順調に進み、改良機プリマヴィスタ・ジ・アルジェントとして警察機動隊や自衛隊等に順次配備されるという。その最初の仕事が、葛飾が語ったそれらであった。本当のところ、それを最後に、もうプリマヴィスタが使われることのない未来が一番ですけどね、と葛飾は続けた。最後まで、彼の願いがぶれることはなかった。

『プリマヴィスタのおかげで潤いまくっちゃったからさ、また好きなだけ研究開発に時間を注ぎ込めるよ。お前もなんかいいアイデアあったら教えてくれよ!』

 ぶれなかったのは、三宅も同じだ。アイル・コーポレーションの前途は明るい。


 ヴォーグ社には、事情を一切把握していない奴隷のような従業員しか残されていなかった。それもそのはず、幹部たちは皆ステラに敗退し、身柄を確保されていたからだ。レオンや綱海は最後まで反抗的に振る舞っていたが、伊吹、松雪は何処か振り切れた様子で静かに引導を受けていた。

『ありがとう、ステラジェイド』

 雨宮は自らその両腕を差し出した。南城が最後に見届けた彼の表情は、とても穏やかなものだった。

『罪を償いながら、もっと心躍るものを突き詰めていきたいと思う。何があっても、俺は結局ものづくりが好きなんだ』

『……何でもいいけど、もう戦いは終わったんだ。俺の名前は、南城李人だよ』

 一瞬はっとしてから、雨宮は笑った。

 考えれば考えるほど、南城は何の心得もない自分が技術者たちの戦いに身を投じた事実が不可思議に思えた。葛飾や三宅、倉敷、そして雨宮も、皆誰かのために新しいものを生み出す魅力を追いかけていた人たちだ。だが、であればこそ南城は、さまざまな色や形の心にその都度共感し、警察官として最良の判断を心がけることができたようにも、ここにきて振り返れば思うことができた。

 だから、南城は今はひとまず、最後まで戦い抜いた自分と仲間達のことを、誇っている。

『——ありがとう、南城李人』


「……ああそお。ほな、あれや。いつもの通りにね、よしなにしといてや。はい。はーい」

 無限の海原を一望する、清潔なホテルの一室で、ヴォーグ社・元社長は大きく伸びをした。

 いっぱいに力むとともに握りしめたZion Cellを、脱力するとともにベッドシーツの上へ放り投げた。

「……さて、次はどんな商売しようかね」


 ◇


 忘れ物がないかと尋ねる対馬の声が、空っぽの機動室に反響する。

 だからないですって、とか、うるさいなあ、とか口々に返答というか反論する南城と高槻。三人とも、帰る場所は同じ。警視庁だ。

「高槻も現場仕事、意外といけるんじゃねえか?」

「あたしは当分、オペレーターのまんまでいいですね〜」

「でも夢は警視総監らしいですよ」

「なんだそれ」

 寂しい。

 当たり前に三人が、そして散り散りになった全メンバーがもれなく抱いていた感情だったが、誰一人として肉声に出すことはなかった。

 それぞれが、更なる飛躍とともに、各地で活躍してゆく。

 慣れ親しんだ笑顔に、三人は少し想いを馳せたのち、機動室の扉を閉めた。


 全てのステラシステムは、何者の手にも渡らないよう、そしてまたいつか街が脅威に晒された時のため、極秘の場所に保存されることとなった。ステラブラックが眠っていた場所よりも、もっと厳重で、深い場所。万に一つ、スーツ本体が何者かの手に及んだとしても、マスターシステムと電源管理システムが別々に保管されているため、悪用のリスクは極限まで低い。

 着慣れたスーツだったが、少し寂しさを覚えつつも、やはりもう袖を通すことのない未来を、南城も祈った。

「……これ、帰りは車出ないんですかね、赴任した時みたいに」

「ああ〜そうだよなあ! よし! 今から倉敷さん呼ぶべ」

「軽っ」


 南城李人は警察官である。

 交番勤務、警視庁科学技術犯罪捜査課、そして着装端末犯罪鎮圧処理特命部を経て、この日再び科技捜所属に戻る。26歳・巡査の彼が経験した長くも短いこの戦いの日々は、彼を育む大きな糧であったとともに、日々試練を重ねた中で喜びや誇り、自分なりのスタンスやポリシーなどというようなものを確かに見出す舞台ともなった。


【第七部・完/ブレイブ・イン・ザ・スーツ おわり】


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