九大入試と素因数

 東大や京大などの難関大学の数学入試は、教科書の知識に加えて発想力も必要とされるので良問が多い。

 数学研究部の部室では過去問マニアの成宮がそんな難関大の問題に頭を悩ませていた。それは東大でも京大でもなく旧帝国大のひとつ九州大学。


 n  4=1+210m 2を満たす自然数の組(m,n)を1つ求めよ(2022年度)

  

「本当は誘導つきの問題なんだけど、今回はそれなしでやってる」

「解答はどこまで進んでるんだ?」

 

 俺が訊くと、成宮は無言でルーズリーフを見せた。


 n  4=1+210m 2

 n  4ー1=210m 2

 (nー1)(n+1)(n 2+1)=210m 2

 nが偶数だと左辺は奇数、右辺は偶数になり式は成立しない、よってnは奇数。

 nー1,n+1,n 2+1はすべて偶数だから、この3つの自然数は2を素因数に持つ。

 210=2・3・5・7より、n  4ー1は2以外に3,5,7を素因数に持つ。つまり、n  4ー1は2 3・3・5・7=840より840の倍数。

 

「ここから先が進まないんだ。……いや、左辺が840の倍数で右辺が210m 2だからm 2は4の倍数か」

「つまりmは偶数」

「でも、これでどうやってnとmを求めればいいんだ? もう半分以上は進んでるのに答えが出ない」


 成宮が腕を組んで唸っていると、蚊帳の外だった愛華が顔を出してきた。


「どうした愛華」

「いや、この問題どれくらい難しいのかなと思って……」

「やや難ぐらいかな。この年の九州大学の数学は全体的に難しかったみたいだよ。その次はさらに難化したらしいけど」

「受験生が気の毒に思えてきた」


 確かに受験生の立場になって考えたらメンタルやられるな。……気を取り直そう。mは整数をsとしてm=2sだから、


 (nー1)(n+1)(n 2+1)=840s 2


 これ、(n 2ー1)(n 2+1)の方が考えやすいだろ。成宮のやつ、なんで二度も因数分解したんだ。


 (n 2ー1)(n 2+1)=840s 2


 (n 2ー1)と(n 2+1)をそれぞれ2で割った(n 2ー1)/2と(n 2+1)/2は連続した自然数を表している。

 840s 2を4で割った210s 2は連続した自然数の積。209と211はどちらも平方数ではないからsは合成数でまだ素因数を持つ。それは何だ?

 210の素因数に2はひとつしかないから、sが奇数である可能性は消える。2と奇素数だけで連続した自然数を表すことはできないからな。


 sは偶数だから210s 2の素因数でわかったのは、2が3つで3,5,7がひとつずつ……ってこれ840の素因数全部じゃん。ということは(n 2ー1)/2と(n 2+1)/2のどちらかは840ってことだ。仮に前者が840と等しいなら、


 (n 2ー1)/2=840

  n 2ー1=1680

  n 2=1681

 

 これが平方数ならnは40以上、41 2=1681でビンゴ。残りはmだ。(n 2ー1)(n 2+1)=840s 2にn=41を代入。

 

 (41 2ー1)(41 2+1)=840s 2

 1680・1682=840 s 2

 2・2・841=s 2


 20 2<841<30 2で下一桁が1だから841の平方根は21か29の二択。

 21 2=441より841の平方根は29だ。よってsは2・29=58。

 したがって、m=2・58=116


「題意を満たす(m,n)の組は(116,41)だ」

「途中から早すぎてよくわかんなかった」と愛華。

「でもまあ、ここまで大きいと検算する気にもなれないね」


 成宮はそう言って俺のルーズリーフを眺める。

 

「愛華、やってみるか?」

 

 俺が冗談交じりに言うと、愛華は小さく首肯した。


「今日は全然役に立ててないからね。これぐらいはやらないと」

 

 別に無理に貢献しようと思わなくてもいいんだけど……。

 内心でそんなことを思っている間に、愛華は俺のルーズリーフで計算を進めていく。気が付くと、一番下の行に2825761という計算結果が記されていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

彼らは数学しか勉強できない 田中勇道 @yudoutanaka

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ