双子素数予想の証明の難しさ

 双子素数は(3,5)、(5,7)、(11,13)といったように、差が2の素数の組を表す。無限に存在するかはまだ誰も知らない未解決の問題だ。


「無限にあるのは背理法で証明できないの?」

「証明できない。仮に双子素数の組が有限だと仮定しよう」


 素数を2、a、bとして、1を加えた数をN、1を引いた数をMとする。

 N、Mの差は2で、どちらも2、a、bどれでも割り切れない。

 つまり、2、a、b以外の素数が少なくとも1つは存在する。


「これで証明できるのは素数が無限にあることだけ。N、Mが素数かどうかはわからない」

 

 仮にNが素数だとしても、Mは2、a、b以外の素数で割り切れるしれないし、その逆も然りだ。


「弱い場合は証明されてるんだけどね」


 成宮がふいに言った。愛華が「弱い場合?」とオウム返しする。


「概素数(半素数とも)っていうんだけど、2つの素数の積で表せる自然数のこと。9、15、21みたいな数だね。そして、チェン景潤ジンルンという数学者が次の定理を証明したんだ」


 pが素数でp+2が素数、または概素数であるような数の組は無限に存在する。


「だよね。安藤」

「急に話を振るな……確か1966年だったな」

「二人ともよく知ってるね。それで、双子素数の証明はどこまで進んでるの?」

「双子素数予想の証明で最初に大きな進展があったのは2013年だ」


 2013年5月、数学者のチャン益唐イータンは差が7000万以下の素数の組が無限に存在することを証明した。

 当時の張は無名で博士号を取得していたものの、レストランチェーン店で働いていた時期もあった。そしてニューハンプシャー大学の講師の職に就き、2013年の4月に論文を発表した。


「それがさっき言った素数の組の証明だ」

「でも、差が7000万って結構大きくない?」

「確かに大きい数だけど、具体的な値で証明されたケースは張が初めてだったんだよ」


 同年5月末には上限値は7000万から42342946に、およそ一か月後の6月末には一気に12006に引き下げられた。

 

「その一か月の間に何があったの?」

「『Polymath8』というプロジェクトで簡単に言うと、張の求めた上限値をもっと引き下げるためにテレンス・タオが提案したものだ」

「その名前、何回か聞いたことある」

「タオは数学界では有名人だよ。双子素数の予想に関しても貢献してる」


 Polymath8プロジェクトによって前述したように6月末に上限値が12006まで引き下げられ、7月末には差が4680以下の素数の組が無限に存在することが証明された。

 8月、9月はほとんど進展がなかったが、10月にメイナードは張とは異なる手法で上限値を600までに引き下げた。


「それと同じ時期にタオも同じアイデアを考えていた」


 結局、論文を発表したのはメイナードだったが、その論文内でタオが同じ結果を得ていたことが記されていたそうだ。実際にはメイナードの方が得られた上限値は優れていたらしい。


「そのアイデアって何なの?」

「難しすぎて説明できない。論文はオンラインで見られるけど、全文英語なのは当然として内容を理解するのは相当な時間が必要だろうな。日本語で書かれてたとしてもだ」


 とにかく、Polymath8プロジェクトで2014年4月に7000万だった上限値は246にまで改善された。


「1年も経たずに246までいったんだ。それから?」

「それから先はまだ進展がない。プロジェクトもそこで終了したらしい」


 完全な証明には新しい手法が必要なのかもな。俺にはさっぱりだけど。


 「三つ子素数が1組しかないのはすぐに証明できるんだけどね」

「三つ子?」

「差が2のトリオって言えばいいかな。(3,5,7)がその例だね。というかこれしかないんだけど」

「なんで?」

「余りを考えればすぐにわかるよ。合同式で考えようか」


 差が2の3つの自然数の組n、n+2、n+4の組を考える。nが3で割って1余る数、つまりn≡1(mod 3)のとき


 n+2≡0(mod 3)

 n+4≡2(mod 3)


 n≡2(mod 3)のとき


 n+2≡1(mod 3)

 n+4≡0(mod 3)


「nが3の倍数のときは考えなくてもわかるよね」

「そっか。nがどんな数でも、3つのうち1つは絶対3の倍数になるから(3,5,7)しかないんだ」

「そういうこと。これが双子になった途端に難しくなるんだから数学って奥深いよね」


 成宮が感慨深そうに言う。論文の内容が理解できたらもっと世界が広がりそうだけど、俺には時間がかかりそうだ。



 参考文献

 『素数の未解決問題がもうすぐ解けるかもしれない」ヴィッキー・ニール 訳:千葉敏夫 岩波書店 2018年





 

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