最終話 友情のダンジョンボス

 当たり前の事ではある。

 レイトリーフはこのダンジョンが生まれたと同時に作り出された、ダンジョンボスだ。


 同じボスでも、Tレックスよりも、レイトリーフの方が格としては上なのだと本人は言う。

 レイトリーフを倒せば、ダンジョンは消えるし、

 ダンジョンが消えれば、レイトリーフも消える。


 途中から分かっていた事だった。

 ダンジョンを攻略するためには、レイトリーフを倒さなくちゃいけない――、

 つまり……、それは彼女を殺すのと同じ事なのだ。


 直接的ではなくとも。

 この子を消したのは、わたしたちなのだ。


 ずっと目を背けていた……、

 気づかないふりをして、見つけないようにしていた。


 だけど、レイトリーフは許してくれなかった。

 攻略報酬の果実の効果で、わたしたちを決して、逃がしてはくれなかった。


 脳内にあるレイトリーフの点が薄くなると同時に、

 現実のレイトリーフの存在感も、やがて希薄になってくる。


 目が合うわたしに、レイトリーフが微笑んだ。


 慰めてくれたわけじゃない。


「っ……」


 彼女は奇跡を否定する。

 もしかしたら……、レイトリーフは違う別のどこかで生きているかもしれない、

 また再会できるかもしれない……、その可能性を潰して回る。

 わたしたち自身が、信じたい可能性を徹底的に否定してしまっているのだから。


 果実のせいで。

 ……レイトリーフの消滅を、信じるしかなくて。


「レイトリーフは今まで、楽しめたのか?」


 そう聞いたのは、クマーシュだった。

 その質問は、レイトリーフにとっては的確だったらしい。


 目を見開き、そして噴き出した。


「なにそれっ。クマーシュって、やっぱりずれてるよね」


 ……でも、うん、と、レイトリーフは頷く。


「楽しかった」


 すっごく。

 すっごくす――っごく! 


 両拳を握って、全身で表現する。


「じゃあ、満足か?」


「ううん。でも、悔いはないよ。

 たくさんのみんなと出会って、今日まで一緒にいられた。

 そりゃ、私の事を好んでくれた人ばかりじゃなかったけど、

 それを含めても、楽しい人生だったよ」


 私にとっては短くて、みんなにとってはとっても長い――そんな人生。


「クマーシュも、ラドも、コロちゃんも……、

 私がダンジョンボスだって明かしても、怒らなかった。

 見る目を変えなかった。いつも通りに接してくれた――それがいちばん、嬉しかった」


 特別扱いをしない。

 それが彼女にとって、どれだけ嬉しかったか……。


 モンスターズ・ドットコムの十体の精鋭や、

 お姫様扱いをした人たちや、敵対するメンバーを見れば分かる。


 対等でいたかったんだ、レイトリーフは。

 ……わたしたちはその中でも、唯一とも言える対応をした。


 パーティメンバーとして、一緒に冒険した。

 付け焼刃だったけど、こうして生き残れたのは、お互いに息が合っていたからだと思う。


「私のために怒ってくれた。

 ……私のために敵対してくれた。

 そんなコロちゃんが、大好きっ」


 言いながら、レイトリーフが抱き着いてくる。

 クマーシュでも、ラドでもなく、わたしにしか、これをしない理由は――、

 やっぱり、レイトリーフも女の子だからだ。


 異性っていうのは、やっぱりしづらい部分がある。

 対等な相手であり、同性となると、本当にわたしだけなのかもしれない。


 本音や弱音を吐くのは、いつだってわたしに向けてだった。


 わたしにだけ聞こえる声で、


「ほんとは嫌だよ、消えたくないよ……っ」


 震えた声で、内側の感情を抑え込む。

 レイトリーフの体温が、徐々に感じられなくなる――。


「みんなと、ずっと一緒にいたかった……」


 閉じ込めるのではなく、外に出て、このメンバーで。


 旅を、したかった。


 そう吐露した。

 でも、それはできない。


 だって、わたしたちは――。




「うん! もう大丈夫!」

「レイトリーフ……」


「全部をぶちまけた。綺麗さっぱり! 本当に、残す事はなにもない!」


 スッキリとした顔で、わたしたちから距離を取る。


 風が吹く。ダンジョンが崩壊する、前兆。


「わたしはね、永遠の友情は、あると思うの――」


 ずっと一緒にいれば。

 だって、決して繋がりは消えないんだから。


「だからこの果実を守ろうとは思わなかった。

 認めた相手に、渡したかった。

 だからそういう意味でも、本当に、残した事はなにもないの」


 彼女は空を見上げる。

 レイトリーフの姿は、もうほとんど見えない。

 遠くの先の青空が、レイトリーフを透かして、見えている。


「私の願いは、伝えたよ」


 地面が崩れた。

 わたしたちは抗わなかった。


 ここで落ちる事が、わたしたちのするべき事なのだと、無意識に分かっていた。

 落下する中で、レイトリーフの足場だけは、崩れていなかったのが分かった。

 足場だけ――、彼女の姿は、もうなかった。


 ……見えない。


 頭の中の点は、三つしか存在していない。


 レイトリーフの最後の言葉は、彼女らしい、いつでも再会しそうな、明るい言葉だった。


「ばいばいっ」


 人を寄せつける、魅力的な笑みを見せて。




 ふと目を覚ますと、草原に横たわっていた。


 十五層と似ている……、

 いや、十五層が、ここに似ているだけかもしれない。


 目の前、そこに建っていたはずの、塔の形をしたダンジョンは、

 元から無かったかのように、綺麗さっぱりと消えていた。


 周囲を見渡すと、クマーシュ、ラド……だけじゃない。

 たぶん、モンスターズ・ドットコム化して、

 ダンジョンに閉じ込められていただろう人たちの姿がたくさんあった。


 脱出できた事に喜ぶ者、レイトリーフと別れ、悲しむ者、

 無感動でこの場からすぐに立ち去る者……、


 千差万別の反応を見せ、いつの間にか、この場に残るのは、わたしたち三人だけになった。


 無意識に、円になるように向かい合っていたわたしたちの中で、

 いちばん先に立ち上がったのは、クマーシュだった。

 ……いつも。


 口火を切るのは、クマーシュだ。


「そろそろ、俺もいくよ」


「んじゃ、おれも帰るとするか」


 ラドも立ち上がる。


 ……切り替えが早い。

 でも、ここでレイトリーフをひたすらに引きずるよりは、二人の行動の方が正しい……、

 けど、さ――忘れろっていうのは、無理だよ……。


「忘れる必要はないだろ。俺は絶対に忘れないぞ、あいつの事は」


「レイトリーフはおれたちとずっと一緒にいる事を前提として、

 永遠の友情とか言ってたけどさ、離れても繋がっている友情もあるだろ」


 というか、この果実の効果ってそれを意味しているもんだと思っていたけどなー、と、

 ラドの言葉に、わたしは顔を上げる。


 ……もしかして、レイトリーフ。

 わたしたちにそれを証明しろとでも、言っているわけ?


 離れていても繋がっている。

 このまま疎遠になりようがない印象のつけ方をされているのだ。


 クマーシュの事もラドの事も、一生、忘れず。

 というか、この効果は一生、付きまとわれる力だと思う。


 今更だけど、このあと、喧嘩で別れた場合、かなり鬱陶しい事になると思うけど……。


「そんな考えなんて元からなかった、とでも言いたげだもんな、レイトリーフは」


 眼中になかったんだと思う。

 発想すらないんだ。


 わたしたちが本気で喧嘩をするなんて、思ってもいなかったんだ。

 だからそこにはまったく触れず、こうして、今になって話題として持ち上がる。


 レイトリーフの思い描く理想は、かなり高い所にありそうだと思った。


「……これじゃあ、喧嘩できないね」


「喧嘩なんてしねえよな、クマーシュ。おれたち、仲良しだもんよ」


「鬱陶しいなあ。分かったから、くっつくなよ」


 ラドは冗談っぽいけど、クマーシュは本気で鬱陶しがってる……。

 これも含めて、仲良しと言えるのかも。


「危ないのはお前らだよ。クマーシュとコロル。本気で喧嘩しそうだ」

「そんな事は……」


 否定しかけて、


「いや、あるかも」

「おい」


 あっはっは、とラドが大笑いする。

 わたしたちの冗談を交えたやり取りに、余裕があると感じたらしい。


「その感じなら大丈夫だ。お前らも、おれたちも。ま、次にいつ会うか分からねえけど」


「まあ、そうだな。偶然どこかで会う可能性も少ない。

 こうして居場所が分かっているからこそ、結構、避ける気がするぞ」


 ……それは、なんとなく分かるかも。

 意識しないで偶然、出会った時の方が、嬉しくて話し込みそうだ。


 だから、たぶんこれで一生、出会わない可能性の方が高い気がしてきた。


「仕方ねえよ。おれたちは住む世界が違う」


 故郷とか、そんなレベルの話じゃない。

 わたしたちが活動する世界は、ハンターである二人は、ニアミスはしそうだけども、

 わたしは盗賊だ。


 ……世界が違う。

 望んで、やっと会えるくらいかもしれない。


 と、そこで気づいた。


「あんたら、わたしの居場所が分かるからって、勝手にアジトにこないでよ……?」


「そうか、そういうのも分かっちまうもんなんだな。

 面白そうだ、クマーシュ、今度いこうぜ。家宅捜索だ」


「面白そうだ」

「こなくていいから!」


 友達だ、とか言って入ってきそうだ。

 で、わたしの師匠とか団長は、すんなりと受け入れそうだから怖い……。

 わたしのプライベートルームを荒らさないでほしいのよ、ほんとに……。


「いや、しないよ。本当に嫌ならこっちも遠慮する」


「あ、いや、そういうわけじゃ……」

 なんだか、こっちが悪いみたいに……。


 これもクマーシュの策略なの? 

 ――もうっ、仕方ないなあ。ちょっとは、まあ……。


「少しなら別にきてもいいわよ――でも! 

 事前に連絡すること! 勝手にきたら、張り倒す」


 おっかねえ、とラドが背を向け、

 クマーシュは、分かった、と頷いた。


 別れの時間はもうすぐそこだ。




「じゃあ、わたしはこっちだから」


 おう、と二人が返す。

 三人それぞれ、それぞれの道をいく。


「いつか、また」


 そのいつかの日を、約束しなかった。


 手を重ね合わせる。

 三人、向かい合い、等間隔ではなく、

 一人分の隙間を空けた。


 そこにいつでも、あの子が帰ってこれるように。


 重ねた手が散り散りになる。


 くるりと振り返り、背中合わせのまま、遠ざかった。



 わたしたちは、これから先、


 紡いでいくストーリーが重なる事は、ない。

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ラビットちゃんとダンジョンREX‐【レックス】‐ 渡貫とゐち @josho

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