第38話 ダンジョンの最奥

「あ――――っ! もうっ、こんなところまできてるなんて!」


 と、大声を出して走ってきたのはレイトリーフだった。

 ……なんでいるの? 

 まさか、あのわいわいと盛り上がっているところから、

 わざわざこっちにくるために抜け出してきたの……?


「うん。ちょっと集まり過ぎてうるさかったから」

「レイトリーフの方が空気読めないんだ……っ」


 自由奔放、マイペース……、

 そうだ、レイトリーフは気遣いができるけど、それ以上にわがままだった。


 そして、頬を膨らませて手を腰に当てる。

 見つめる先はクマーシュの背中だ。


 ……察した。

 そりゃあ、あそこまでされたら、言いたい事の一つや二つ、それ以上にあるよね……。


「クマッシュ……? 私に言うべき事があると思うよ?」

「……クマッシュじゃなくて、クマーシュだから」


 それ違うよ!? と呆れたレイトリーフ。

 けど、クマーシュはこういう態度を一貫してるから、呆れる事でもないけど。

 今のはレイトリーフの言い方も悪い。

 回りくどい言い方は、クマーシュには伝わらないんだから。


「よくもやってくれた……ッ!」


 じーっと、見つめ続ける視線を受けたまま、

 クマーシュは気づかぬ振りで歩き続けるが、

 やはり途中で気になったらしい。

 振り向き、レイトリーフと視線が合って、息を吐く。


 あ、諦めた。


「ごめん……、他に方法が思いつかなかった」


 嘘つけ、と思ったけど、真意は分からない。

 クマーシュなら別の案を、一つや二つ、思いついてもおかしくはなかった。

 けど、あの状況じゃあ……、いくらクマーシュでも……。


「嘘だろ」

「まあ嘘だけど」


 ラドの言葉にクマーシュが頷く。


 ……なんでその場にいなかったラドが分かって――。

 思ったが、ラドは状況を見て言ったわけじゃない。

 クマーシュを見て言っただけだった。


「クマーシュが、案一つのまま、思考をやめるわけがないんだよ。

 だから二つくらいは思いついてただろうぜ。

 ただまあ、毎回、絶対に最善を出すからなあ。

 どんな状況だったか知らないけど、別の方法だったら、

 今みたいなハッピーエンドにはならなかったと思うぞ――」


 選択肢を複数個、掴み取り、その先を予測した上で、今回の案を取った。

 ……最善であのレイトリーフの扱いって……、

 じゃあ他の案はどうだったのだろうと、怖いもの見たさで聞いてみたいけど、


「忘れたよ」


 クマーシュは、そう言って追及を逃れた。




「どの層でも適度にコインを落としていたんだよ。

 最初の内は道標としてね。途中から意図的だけど、

 モンスターズ・ドットコム化した人たちのために、チャンスを与えていた」


 吉は出ても、凶は出ないと思っていたからね、と、クマーシュは言う。

 かなり前からそういう策が張り巡らされていたんだね……。

 終盤は、わたしのお金だったんだけど、それでもやっていたなんて……。


 お金が減っていたのは、コインを落としたのも含めていたからだったのね……、

 あの時にそれを言わないのは、さすがだなあ、と思った。


 これ、褒めてないからね。


「そのおかげで、元の姿に戻ったハンターたちが、あちこちに点在していたわけ。

 モンスターズ・ドットコム化したら、身体能力や五感の精度は上がるけど、

 自分が持つ技術の力は劣るからな。

 精鋭十体の達人がいたけど、たぶん、人間の時の方が強いぞ」


「え、なんでだよ?」

 ラドが聞く。良い合いの手だった。


「油断するからな。というか、身体能力が上がる事で、気分がハイになる。

 自信がついて、天狗になる。

 なによりも、いつものバランスが崩れて不調にはならなくとも、絶好調にはならない。

 歯車が少しずれて、狂わなくても、噛み合わなくて違和感として残るんだよ。

 その疑問が迷いになって、動きが洗練されない。

 まあ、それがあっても身体能力の向上があるから、戦っても敵わないけど」


 人間とモンスターズ・ドットコムなら。

 

 それから、クマーシュは付け足した。


「身体能力の向上でも、Tレックスは倒せない。

 力に力じゃあ、なあ。単純に押し負ける。

 だからTレックスには、技術で戦うしかないんだ」


「だから、人間に戻す必要があったんだ……。

 で、あんなにあっさりと倒せたのも、ハンターたちが絶好調だったから、ってこと?」


 そういうことだな、とクマーシュが頷く。

 まあ、へえ、と感心できるくらいには、納得できる解釈だった。


 人間はモンスターズ・ドットコムには勝てず、

 モンスターズ・ドットコムは、Tレックスに勝てず、

 Tレックスは、人間に勝てず――、綺麗なジャンケントライアングルの完成だった。


 例外があり過ぎるけど、図にしてみるとこんな感じで整理できる。


「ほえー、クマーシュ、よく気づいたねぇ」

「だから、俺の名前はクマーシュ……、合ってるな」


「ふふん、そろそろ覚えたもん」


 いや、忘れてたわけじゃないでしょうよ。

 あえて間違えて言ってた、あだ名なんじゃないの?


 そんな会話をしながら、わたしたち四人は、十四層を進む。


 レイトリーフのおかげで行動によって持ち金が減るという現象はなくなっており、

 特に制限なく喋っていられる。

 ちょっと懐かしくて、楽しい時間だった。


 ……でも、それも、あっという間だ。


 十四層のゴールが見える。

 階段を上がった先が、十五層だ。


「いこう」


 誰が言ったか分からない。

 けど全員が、うん、と頷いた。



 景色が一変した。

 辺りは緑色の草原だった。


 草がなびくように、風が吹く。

 遠くの景色が見える。広がるのは青い空だ。


 膝まで伸びる草を掻き分け、進んでいくと、一部分、草が刈り取られていた円があった。


 その真ん中にぽつんと、オレンジの果実が一つ。


 小さな木の、枝に吊るされたオレンジと、葉が二枚。


 すると、レイトリーフがわたしたち三人の前に、オレンジの果実を挟んで立つ。


「はい、ダンジョン攻略の報酬。『オレンジ』!」


 両手の平を見せて、わたしたちに差し出す。


 ……これが、報酬? ダンジョンのお宝?


「うっ、コロちゃん、なんだか不満そう……」

「あ、いや、そんな事は……、あるかな」


 まあ、期待し過ぎていたのもあるかもしれない。

 想像と比較しちゃうと、やっぱりね……。ガッカリ感は少しある。


「もーっ。見た目はオレンジでも、ちゃんと価値のあるものなんだから!」


 そう言って、

 レイトリーフはそのお宝であるオレンジの果実を、木の枝から摘み取った。


「え!?」


 いいの? そんなにあっさりと取っちゃって。貴重なものなんじゃ……。


「持っていたって、見た目は普通のオレンジなんだから、誰も信じてくれないよ。

 ダンジョン攻略の報酬だったんだー、って言ってもね。

 だったら、使っちゃった方がいいじゃん」


 そう言われたら、そうなんだけど……。

 なにが起きるのか、説明がないまま、

 レイトリーフは皮を剥いて中身を取り出し、四等分にする。

 その内の一つを渡された。


「食べ、ても……?」

「いいよー。毒じゃないからね!」


 レイトリーフが言うなら大丈夫だと思うけど……、


「美味いな」

「……確かに」


 男子二人は既に食べている。

 相変わらずの怖いもの知らずだなあ。


 二人の反応を見て、わたしも後に続く事にした。

 レイトリーフがぱくんと食べたのを見て、果実を口に入れる。


 ん、甘酸っぱい。

 甘さの方が、強いのかな。


 さっぱりしていて、食べやすかった。

 一口なのが物足りないくらい……、

 これならいくらでもお腹の中に入りそうだった。


「……ん?」


 変化は早かった。

 頭の中に自然と浮かぶ、地図と点。

 それは恐らく、この場所を示している。


 オレンジの点が四つ。

 集合している図は、今のわたしたちの状態と似ている。


 ……いや、


「わたしたち、そのものなのね」


「うん。永遠の友情を願った果実なんだ。

 一つの果実をこの四人で食べたなら、

 これで私たちは、いつでもどこでも、互いの場所が分かるようになった。

 さすがに連絡はできないけどね」


「場所が分かれば充分だよ」


「もう一つ、分かる事があるの」

 レイトリーフは目を伏せてから。


「その人の死。いま、みんなが見えてる誰かの点が消えたら、

 その人はこの世には存在しなくなった事になる。

 生も死も、はっきりと分かっちゃうの」


 ……レイトリーフ?


 一瞬、目を伏せた理由が、分かったような気がする。


 けど、口に出して言うのは……。


「レイトリーフの点が、どんどん薄くなってる……」


 それがどういう意味なのか、誰もが予想できていた。


 分かっていながらも触れていなかった事に、

 ずけずけと踏み込んだのは、クマーシュだ。


 レイトリーフは焦らない。

 分かっている事を、ただこれから並べ立てるような従順さで。



 己の死を。


 伝える。

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