【後日談】 最終話
あの日、頭痛を訴えながら意識を失い、それ以降、瞼は再び上がる事なく彼女は十八歳の誕生日を眠ったままで迎えた。
祖父で医師である
彼女の多すぎる脳内の超能力細胞は酷使の結果、大量の出血を伴っていた。出血はすぐに止まり溜まっていた血液を抜き取っても、彼女は目覚めない。
早朝の病室に、朝の陽光が差し込んで来る。
少し青白く若干痩せてしまったが、今にも目を開けてくれそうなほど、彼女の寝顔は安らかだ。
力を使った後の状態の情報をあえて彼は流した。某国も、それでは役に立たないと手を引いた気配がある。
現代人の潜在能力として存在するのは、やはりBランクまで。Aランクはこれからの進化で得られる。現代人がAランクの力を得ても、身体の方が耐えられないのだ。今の、彼女のように。
男は少女から贈られたタイピンを使っている。外して、裏側に刻印されたクローバーを見る。彼女が自分の無事を祈って刻んでくれた絵文字が、ぎゅっと胸を締め付けた。その想いのままタイピンをつけなおす。
「僕はここまで洗練されていないさ。でも君の目には、僕がこう見えているんだね。かっこつけたかいがあったよ」
立ち上がると、背もたれにかけていたジャケットを手に取る。そしていつものように彼女の手の甲に軽くキスした。
「それじゃあ仕事に行ってくるよ、眠り姫」
自分が彼女の王子様ではないのは辛いが、
扉の前にたどり着く前に、扉が開いた。
相手はびっくりしたように青い瞳を見開くが、ふっと笑顔を見せる。
「あなた、怪我が治るまでぐらいは仕事を休みなさいよ」
「これが中々、慣れるもので」
出て行く彼と入れ違うように、ライザが
「相変わらず、か。お嬢ちゃん」
白くて長い指で、眠った姿も可愛らしい少女の頬を撫でる。
「早く起きないと、マサがストレスで禿げちゃうわよ?」
超能力とは何だろう。神が与えた、未来に向かうための力なのだろうか。偶然編みあがった、ただの進化の一つであろうか。
続けて部屋に入って来たのは長い黒髪の少女。花瓶の水を変えて戻ってきたところだ。
「あれ? お兄ちゃんもう仕事行っちゃった?」
「さっき出て行ったわよ」
「もう! 本当にワーカホリックなんだから」
花瓶を棚の上に置きながら、ぷんぷんと頬を膨らませる。
ぷりぷり怒ってしまうが、彼の不器用さの理由もなんとなく理解できはする。彼にとって
その
言い争うような声が暫くしたのち、男が部屋に入って来て、無言で椅子にどかっと荒々しく座る。
「どうしたのマサ。病院であんな大声」
「来週、こいつの死亡判定を行うそうだ。あのクソジジイ」
「「は?」」
二人の女性が同時に同じ反応をした。
彼女は命を繋いではいるが、魂はそのままに意識と記憶が先に旅立ってしまったかのようだ。信じたくはなかったが、なまじ接触テレパスと言う能力があるせいで、他の面々よりも
そうなれば、彼女の残した最後の意思を汲んでやる、それしかないと祖父であるあの男は判断したのだ。
死亡判定が行われるという事実を
「だめだ! そんな事、許せるものか!」
半狂乱、という言葉がふさわしいだろう。今までの姿からは想像がつかない程、彼は荒れた。過去のトラウマがそうさせていた。彼の妹は、その判定をもってドナーとして命を終えたのだ。密かに想う少女さえも同じ運命と知ってじっとしていられるはずがない。
いくばくか平静に見える
肩で息をする公務員を、
そして自分が男女関係なく、ちょっとほっとけない感じの人にときめく事を今知った。
後ろから強く抱き止められて、
妹の命の欠片を持つ少女。しかし、彼女は妹ではない。その事にも同時に思いが及んだ。自分を抱きしめ続ける手を、思わずぎゅっと握った。
「ありがとう、
その腕が緩んで離れるが、手をつないだままで向かい合い、見つめ合った。微かだが、二人の心情に気付きの変化が訪れていた。
「とにかく、チャンスは今夜だけ。やれることは全部試すしかないわね。この際、眠り姫を目覚めさせるという、メルヘンな王子様のキスだって構わないわ。全部やってみましょう」
ライザがそう言うと、目前の三者が三様に、それぞれ思うままの方向に目を逸らした。
「……試し済なのね。というか、
「ライザもするか?」と、
「絶対、私は違うでしょう!?」
「全部試すんだろう?」と、
「もうみんな、わけがわからなくなってない? まぁいいけど」
「これで目覚めたら、それはそれでショックじゃない?」
ライザがなぜか腕まくりをし、せーの! という勢いをつけて、
「今のはどう見ても、人工呼吸だろう」
「いいのよ! さぁ次はどうする!?」
しばしの沈黙の後、
部屋に、二人だけが残される。
椅子に座ったまま、男は二人の出会ったあの日の思い出を語り始めた。小さな体で支え連れ帰ってくれたあの日。名前を呼べずに恥ずかしがるあの姿。最初からずっと可愛い子だと思っていたと、少し恥ずかしそうに呟く。
ひとしきり思い出を語り尽くした後、男は立ち上がって、少女に覆いかぶさるようにして細い首に顔を寄せた。
そして耳元で語り続ける。
「いつも恥ずかしくて言いにくい事は、テレパスで伝えて来たが、あれは間違いだったと思う」
心から心に直接送る方が誠実な行動だと思っていた。だが実際は違う事に男は気づいた。自分と相手以外に聞こえる可能性を持って、声に出すという事は世界に向けて宣言するのと同じなのだ。
「愛してる、大好きだ。もっと長く一緒にいて欲しい。今まですまなかった、俺は弱虫だった」
彼の筆不精は面倒さが理由ではない。かつて超能力を理由にぬくもりを突然失ったあの日から、彼の中で人はいつも離れていくものだった。力を拒否しない
「自己中心的で、すまない。
絞り出すその声は、涙と共に慟哭となって漏れ出した。自分が情けないと思う。本当の別れが差し迫ってからやっと、こんな言葉を紡ぐのだ。息が詰まり、喘ぐように、愛していると言い続けた。思いのすべてを出し切ってしまいたくて。後悔しないように、すべてを絞り出し続ける。
不意に誰かが、
慰めるように。
男ははっとして体を起こすと振り向いた。
そこには誰もいない。
だが確かに、彼は誰かに触れられたのだ。
その手の持ち主は、後ろではなく前にいた。
少女は目をうっすらと開き、じっと
「
少女は声を出せなかったが、その唇はかすかに動いた。
「まだ、ポチって呼ぶのか……!」
抱きしめた。さっきよりも、もっと多くの涙が出た。
目覚めたばかりの少女をしばし独り占めしていたが、この喜びは分かち合わなければなるまい。かつて孤高だった、あの仲間たち。
この少女を中心に群れた、一匹狼たちと。
春の日差し、天気は快晴。
青空には交差する二本の飛行機雲。
だが少女はそれでいいと思っている。適当にウロウロして、周囲に迷惑をかけるのは本意ではないし。
だが心残りは、研究者への夢が途絶えた事だ。いつか大学に入って、改めて目指してもいいのだけど。
病院の屋上で空を見上げていたら、不意に体を覆うように、良く知った香りの男が後ろから抱きついてくる。
「わっ、びっくりした」
「どうした、何を考えていた?」
「ん-、一緒に研究、したかったなって」
男は自らの頬を、少女の頬に摺り寄せる。大型犬のようだ。そして耳元で囁く。
「将来の夢を、研究者のお嫁さんに変更しないか?」
少女が驚いて振り返ると、
「YESなら右の頬、NOなら左の頬にキスしてもらおうか」
少女は「どちらから見ての
無言で中間を取って、唇にキスをした。
どうやらそれもYES判定だったようで、きつく少女は抱きしめられたという。
(終)
一匹狼は群れたがる MACK @cyocorune
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