天野白雪 入学式の朝になりました!

 スズメかな?

 鳥のさえずる声がして、私は目を覚ました。目覚まし時計が鳴るより先に起きることができたのは、きっと緊張しているからだと思う。

 今日は、白楽学園高等部の入学式。

 春休みの間に色々あったけど、なんとか入学準備を終えることはできた。あとは、なんとかして卒なくこなせれば大丈夫。

 顔を洗って、姫花お姉ちゃんから誕生日プレゼントにもらった、おそらくは陽太君作の青い羽根の髪留めを使い、首の上、左右の耳たぶの後ろ辺りでおさげを作る。

 お母さんが作ってくれた朝ごはんを食べて、荷物の準備を済ませた私は、陽太君の家に向かった。

 インターホンを押すと、出迎えてくれたのは優花ちゃん。いや、計画上は姫花お姉ちゃんになっているはずだ。

「おはよう、姫花お姉ちゃんだよね?」

「うん。おはよ、白雪」

「竜太さんは? ちゃんと竜太さん?」

「リビングにいるよ。まだ陽太君には変えてない」

 入学式の受付が九時から九時半まで、九時五十分からいよいよ入学式が始まる。学校までは三十分ちょっとだから、九時前に家を出れば間に合うよ。

 式自体にかかる時間は、竜太さんや姫花お姉ちゃん曰く、常識的に考えれば一時間程度で終わるだろう、とのこと。となればだいたい十一時には体育館を退場していることになるね。

 そして週明け、月曜日から学校が始まるから、その連絡事項を教室で確認して、下校。三十分もかからないと思うけど、とりあえず十一時半想定。

 知り合いばかりになることが予想されるから、お昼ご飯はクラスメイトとなった友人たちとファミレスなんかに行くんじゃないかな。この移動に三十分かかると仮定。

 少なくとも中学の卒業式の打ち上げでファミレスに行ったとき、先生方の巡回はあったけど、騒がないようにと釘を刺されるだけで、怒られることはなかった。もっとも、そのあとカラオケとかに遊びに行った組は帰るように促されたみたい。

 ――という前例があるから、入学式の後そのまま遊びに行く人たちに誘われても断ることができる。

 ファミレスに長居したってまさか二時間もかからないはず。まあ長話になる可能性も込みで、一応二時間――いくらなんでもそんなに居座らないと思うけど――と想定しておくとしても、十四時には解散できるだろう。

 というわけで、家を出る直前、八時四十五分に姫花お姉ちゃんと竜太さんを優花ちゃんと陽太君にチェンジする作戦となった。この場合タイムリミットは十四時四十五分。時間的には余裕がある。

 あとは不意打ちで優花ちゃんが頭を撫でられたり、陽太君の耳元で誰かが囁くようなことさえなければ、今日は無事に乗り切れるだろう。……居眠りは、しないよね? 陽太君信じるよ?

、おはよう」

 リビングのソファでニュースを見ていた竜太さんに挨拶すると、竜太さんは私に手を掲げた。

「おはよう、白雪」

 ちゃんづけじゃないということは、陽太君として対応している。よし、今日は出番ないから油断していると思っていたけど、大丈夫そうだ。少しずつ、慣れてきたみたい。

「竜太さん、朝ごはん食べました?」

 そう聞くと、竜太さんは突然動揺したように落ち着きがなくなった。

「お、おう……。姫花が、作ってくれたんだ」

「えへへー。なんか新婚みたいで楽しかったよ?」

 姫花お姉ちゃんが楽しそうに甘い声で報告してくる。……そういえば、この二人の組み合わせで目を覚ますのってなんだかんだで今日が初めてだったんだね。

「そ、そう……よかったね」

 それに新婚みたいでって言うけど、事実プロポーズしあっていたわけだし、本来ならすでにこういう朝を迎えていてもおかしくなかったわけだ。

 ……中身が違うってわかってはいるんだけど、それでもやっぱり陽太君の身体でイチャイチャされるのは……うーん……!

「そ、そういや白雪ちゃん、あれから高林とは連絡取り合ってるのか?」

「高林さん? なんで?」

「いや、昨晩俺のスマホにメッセージ入れてきたみたいでさ。なんか、俺の知らない間にすげぇ仲良くなったみたいじゃん。いや、いいことなんだけど」

「ああ……あはは、まあ」

 漫画を描くのが趣味だと打ち明けてくれたからかな。とても恥ずかしそうだったから、まだ姫花お姉ちゃんと隆太さんには言っていないんだけど……一応まだ黙っておこう。

 それに……。

 思い返すのは、高林さんの家を出る直前、高林さんから耳打ちされた一言。

『――白雪さん、あなた神原君のことが好きなのでしょう? わたくしでよろしければ、いろいろと協力させてくださいまし』

 いったいいつ勘付かれたんだろ……うう~、今思い出すだけでも恥ずかしいよ!

「白雪!? どうしたの奇怪なダンスなんか始めて!」

「なっ!? なんでもないよッ!」

 奇怪なダンスってなに!? 私今どんな身悶え方したの!? これから気をつけよう……。

「とにかく、高林さんを味方につけることができましたから、これで竜太さんの職場の状況も確認できますよね」

「ああ。ものすごく助かる協力者になってもらえたな」

「あとは私たちの人格同居問題をどうにかしないとね」

「優花ちゃんと高林さんの見立てだと、人格チェンジをひたすら繰り返しながら時間経過で観察していくしかないみたいだけどね」

 今は人格チェンジ時にピクリとしか動かないけど、もしかしたら案外、いつの日か突然元に戻る日が来るかもしれない。

「それが終わったら、散々迷惑をかけたんだ。この恩は、白雪と陽太少年をくっつける手伝いで返してやるよ」

「そうだね~。デートの軍資金くらいお姉ちゃんが出してあげよう!」

「茶化さないの! まずは自分たちを早く治すことに集中して!」

「「は~い」」

 まったくもう、緊張感が足りないよ……。

 そうだ。私の恋はこれからだ。

 陽太君はきっと、中学二年のときの卒業式で、陽太君の下駄箱に置手紙を残した先輩を探し出すはずだ。その先輩が今フリーなのかどうか、恋愛的な意味で陽太君のことを想っていたかどうかはわからないけど、二人の気持ちが通じ合っちゃう可能性はなくはない。

 傍観者じゃいられないんだ。

 不幸中の幸いって言いたくないけど、人格同居問題があるから、仮に陽太君がすぐに目的の先輩を見つけることができてもすぐに大胆なアプローチはかけられないはず。

 その間に、なんとかして私に気持ちを振り向かせたい。もちろん、まずは陽太君と優花ちゃんの中から榊さんと姫花お姉ちゃんを助け出すのが先なんだけどね。

 ……あ~もう、本当に大変なことになっちゃったなぁ。

 でも、やるしかないよね。

 うん。やるしかないんだ。

 深呼吸をしたちょうどそのとき、誰かのスマホのアラームが鳴った。

「優花嬢ちゃんのか……ホント準備いいよな、あの子」

 姫花お姉ちゃんが捜査に手間取りながらも優花ちゃんのスマホのアラームを止めて、キッチンからスプーンを持ってくる。

「それじゃ、竜太君。あ~ん」

「…………」

 私がいるからか、というかまだあ~んされ慣れていないのか、竜太さんはぎこちなくぱくり。

「神原君、おはようっ」

「おお……白雪、おはよう。そっちは……あー、姫花さんでしたっけ」

「そうそう。まだ私~」

 目が覚めた陽太君に入学式の準備をするよう言いつけてから、私は陽太君の家のカーテンタッセルを手に取った。

「それじゃ、変えるね」

「うん。入学式、楽しんでおいでね、白雪!」

 優花ちゃんの顔で満面の笑みを作る姫花お姉ちゃんの首に、私も笑顔でカーテンタッセルを巻きつけた。

「もちろん。頑張るよ!」

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メインヒロインは、おとめで一途な幼馴染! 千馬いつき @itsuki-senma

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