神原優花 入学式前最後の会議

「なぁ白雪ちゃん、なんでこんな変人ばかりの巣窟に進学しようとしたんだ!?」

 トンデモない先輩たちの起こした騒動に、榊さんは不安で声を震わせている。

 白雪は一段声を上擦らせて、恥じらい気味に答えた。

「よ、陽太君がいるから……」

「ああもう! じゃあ優花嬢ちゃんは!? 優花嬢ちゃんならもっと上狙えたろ!」

「近いからですけど。あと学校設備?」

 勉強なんてどうせ自分でやるんだから、環境が悪くなければそれでいい。偏差値や教師の質なんかどうでもいいのだ。むしろ通学に時間割かれる方が損失よ。

「それにしたってやばいだろ。刑事事件絡みで新聞に載る高校生に、怒らせたらマジで呪い殺してきそうな先生に……」

「あたしも、まさか学校のお金で遊ぶ先輩までいたなんて思いませんでした。これはおかしな人物リスト作った方がいいかもしれないわね……」

「二人も、新聞部とかその高校生探偵とか呪い使えそうな先生とかに目をつけられないように気をつけてね?」

 白雪の忠告に、榊さんが食いついた。

「なんで俺たちなんだよ?」

「二人とも傍から見れば二重人格なんですよ!? さっき変人ばかりの巣窟って言ってましたけど、事情を伝えるならともかく、なにも知らない人からすれば十分変人リストに載せられますって!」

「あああああそういやそうだった!」

 あたしからも念を押しておこう。

「お願いですから忘れないでくださいね、高林さんに最初にボロを出したのも榊さんなんでしょう?」

「う……すまん」

 項垂れる榊さん。見た目と声こそ陽太のものだが、その落ち込み方に、陽太の面影は一切ない。

「そうだよな。今回は高林だったからよかったものの……誰にバレるかわかったもんじゃねぇ」

「少なくとも、教師にバレれば中国のお母さんたちに連絡がいってしまうかもしれません。あまり心配はかけたくないですし。……あたしと陽太の緊急連絡先に白雪のご両親を設定しておけば瀬戸際で防げるのかもしれませんけど、それでうちの両親にバレない保証はないですし」

「まぁ、たしかに……俺ん家みたいに、いざとなればすぐ駆けつけられる距離でもないしな」

 あたしは頷き、改めて二人に警告する。

「絶対にバレてはいけません。みんながみんな、高林さんのように優しい人ばかりではないでしょうから」

「ああ。気をつけるよ」

 榊さんと揃って頷いた白雪が、懸念点を挙げた。

「でも、姫花お姉ちゃんも竜太さんも、正直優花ちゃんと陽太君の真似ができているかって言われると微妙だよ? もちろん普通の人なら、春休みの間になにかあったのかな? くらいで済むだろうけど……それで誤魔化しきれるかどうか。いっそ、誰か頼れそうな人に最初から事情を打ち明けて、高林さんみたいに協力者を作るのも手かなって」

 居心地が悪そうに呻く榊さんを横目に、あたしも唸る。

「あまり気乗りはしないわね……とりあえず明日は入学式だけだから、あたしと陽太で切り抜けるとして……そこでクラス割がわかるだろうから、土日に考え直す感じかしら」

「そうか、白雪ちゃんのサポート、授業中はないかもしれないのか!」

「はい。おまけにあたしと陽太は双子なので、まず同じクラスにはならないかと。なんなら一学年四クラスあるでしょうから、三人ともばらける可能性の方が高いでしょうね」

「マジか……!」

 震える榊さんだけど、授業中に偶発的な人格チェンジに見舞われることはないだろう。陽太のスイッチは耳に吐息だから、室内授業時はとりあえず大丈夫なはず。体育で男子同士ぶつかりあったときが怖いけど、それくらいだろう。後は六時間のタイムリミットに気をつけるだけ。

 そういう意味では、四人の中で一番気をつけなければいけないのはあたしだ。

 ドーナツ屋での一件も、高林さんがたまたまあたしの頭を撫でようとして姫花さんに切り替わってしまった。

 高林さんに最初におかしな挙動を見せたのは榊さんだけど、最初に人格チェンジを許してしまったのはあたし。

 しかも、中等部から高等部にともに進学する友人たちの中でも、あたしの頭をときどき撫でてくる子には心当たりがある。

 もしあたしが防げなければ、状況を把握できていない姫花さんが友達の前で最短一時間はアドリブ対応しなければならず、さすがにそんなことができるとは思えないので一発アウト。

 そこまで考えて、あたしはつい舌打ちをしていた。

「意外と厄介ね……あたしと陽太――特にあたしは比較的事故で人格チェンジしやすい割に、榊さんと姫花さんはなんとかして自分たちでスイッチを押さなければいけないわけなんだから」

「ま、偶発的にあーんや首に輪っかつけるようなえいい事態にはならんだろうからなぁ……」

 最悪、内申点は落ちるけど、二人には一時間経過後に居眠りでもしてもらうほかない。熟睡しないと人格チェンジしないのは難点だけど、逆にいえば熟睡さえできればあたしと陽太に戻すことが可能なはず。……結局、どうやって狙って熟睡するのかが問題になってくるのよね……。頭痛を装って保健室に行く手はあるけど、そう頻繁に使えるわけにはいかないでしょうし。

「白雪の言う通り、これは協力者を用意しないとまずいかもしれないわね」

「うまく二人とも教室の一番後ろの席になって、隣の席の人を協力者にできるといいね」

「こればっかりは祈るしかねぇよなぁ」

 三人揃って、おもいおもいの姿勢で思考を巡らせる。

「――とりあえず白雪、あたしを姫花さんに変えてもらっていいかしら。とりあえず明日の入学式、あたしと陽太で行くってことを伝えてほしいの」

「うん、わかった。他にはなにかある?」

「そうね……陽太への共有も早めに……くらいかしら」

 そう伝えると、白雪は頷いて、あたしの頭に手を伸ばしてきた。

 目を閉じたあたしの頭に白雪の手が乗った瞬間、左手に違和感。開いていたはずの左手が拳を作るように握る形になっており、中にくしゃりと握りつぶした紙のようなものの感触。あと、ナポリタンソースの香りがする。お昼ご飯はこれからか……いや、済ませたのだろう。お腹がいっぱいな感覚があるし、なにより喉にタバスコ特有の刺激が残っている。

 目を開けば変わらず白雪の家のリビングで、ソファの少しずれた位置に座っていた。薄型テレビに大きな窓ガラスなどいつもの光景だ。推測通り、壁掛け時計もお昼過ぎを示していた。外は変わらずいい天気である。

 なによりも、あたしの首にはカーテンタッセルが巻かれているものの、それを巻いた人が正面にいない。

 開いた左手には『こんな感じで伝言するしかないと思うんだけどどう?』というメモ書き。なるほど学校で人格チェンジする想定で姫花さんからあたしに変えようという試みか。

 となれば。

 あたしは振り返ってソファの後ろに隠れている白雪と目が合う。

「いた。別に白雪が隠れる必要はないんじゃないの?」

「試すようなこと聞いてごめんだけど、どこまで状況理解できたかな」

「食後。ナポリタンでしょうね。で、伝言方法はたしかにこれしかないと思うわ。榊さん……はクラスが違う想定だからリビングにはいないと」

「せ、正解……。竜太さーん、優花ちゃんはこれでいけそうー!」

 廊下で待機していたのだろう、榊さんがすぐに現れた。

「よし、次は陽太少年に試してみようと思うんだが」

「いいですね、早速やりましょう。早く慣れさせないと」

 陽太に変えたら明日の荷物の最終確認をして、最後の打ち合わせね。

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