榊竜太 脱出、白楽学園高等部!

「ご、ごめんなさいね……なんだか、お二人から妙な違和感を覚えて……」

「は、はあ……」

 しおらしく俺たちに謝ってくるこの先生は、名を山本貞江さんという。不健康そうな雰囲気のせいでわかりにくいが、もしかすると二十代かもしれない。この人の年齢の推定は難しい、やめておこう。

 身長は俺より少しだけ低く――陽太少年の背丈がだいたい百七十なので百六十後半か――もっと肉食べた方がいいんじゃ、なんて失礼なことを言いたくなるほど痩せた体型。

「私、生まれつき霊感が強いみたいで……」

 今まで霊だのなんだの信じてこなかった俺だが、今この瞬間に覆された。なにせ人格同居現象を起こしている俺と姫花を指定してきたのだから、霊感か直感かはともかくとしてこの人の勘は当たっている。

「あはは……こ、怖いこと言わないでくださいよ……ほら、白雪だって怖がってるじゃないですか……」

 俺たちの常識の要、白雪ちゃんはといえば、姫花にしがみついて唇を小刻みに震わせていた。

「ご、ごめんなさい……驚かせるつもりじゃなかったの……ゆ、許してぇ……!」

 本当に反省しているのは震えた声から伝わってくるが、いかんせんその声の振るわせ方がホラーそのものとしか言いようがない。まさか狙ってやっている……わけないよな。

 白雪ちゃんも怯えを隠しきれずとも返事をして、なんとか歩み寄ろうとしている。

 それでも会話は途切れてしまい、居心地の悪い沈黙の中、俺たちは荷物をまとめはじめた。

 なにか話題は……と必死に考えを巡らせていると、つい先ほど見た奇怪な光景が脳裏をよぎる。

「そ、そうだ先生!」

「な、なんでしょう……?」

「グラウンドにいた先輩方って、なに部なんですか?」

「グラウンド……? 今日は入学式の準備があるから、部活動は禁止されているはずだけれど……」

 どうやらこの人、平時の会話から声が震えてしまうらしい。これは慣れるしかないな……一年一組の担任と言っていたから、それ以外のクラスになれることを期待するしかない。

「でもみんな、グラウンドにしゃがみこんでましたよ? バケツかなにか、一人一つくらい用意して」

 姫花がそう言うと、山本先生は目を見開いてゆっくりと顔を上げ、天井を見つめながら答えを出した。

「さては美術部かしら……去年は電柱整備の仕事に就いた卒業生に伸縮リフト車を運転させて校舎の外壁に3Dアートを描いて一ヶ月の活動停止になったから、今年はグラウンドでなにかする気なんだわ……!」

「なにやってるんですか美術部! スケールおかしすぎませんか!? 高校ってそんなに中学と違うんです!?」

 白雪ちゃんが戸惑いながらもツッコミを入れると、山本先生はおもむろにカチューシャを外す。

「注意してこなくちゃ……!」

 そして後ろ髪に手を入れた山本先生は、その手を真上に勢いよく跳ねあげた。すると、てっきり後ろ髪だと思っていた長い髪が宙を舞って、オーバーなくらいに顔面を覆い隠す!

「「「「ひぃぃぃ!?」」」」

 姫花のお母さんも一緒に悲鳴を上げると、髪ののれんの向こうから、くぐもった怪しい笑い声が響いた。

「フフフフ……! これ、生徒たちに効果覿面なんです……!」

 そう言って、山本先生はさっきまでののっそりとした動きが嘘のように機敏に動き出した。歩幅は狭く、小刻みに足が動く。猫背のまま上体は左右に小さく揺れて、長い髪が不規則に揺れ動いた。

 なにより、うっすらと輝く紫色の光が山本先生に纏わりついているように見えるのだが、これは俺の幻覚だろうか。

「ななななななにあの人!? なんか有名なホラー映画にあんな人いたよね!?」

「しししし失礼だよ姫花おね――優花ちゃん! いくらなんでも例えが悪すぎるよ――」

 その刹那、はるか遠くから掠れるような、若者たちの阿鼻叫喚が聞こえてくる。

 ……まるで、真昼間から幽霊に出くわしたような、そんな悲鳴だった。

「ねえあなたたちの通う学校どうなってるの!?」

「いやこっちが聞きたいっスよとりあえず早く撤収しませんか!?」

 こうして俺たちは一目散に車まで舞い戻り、姫花のお母さんの運転に任せて学校から脱出を図る。

 ――グラウンドでは、長い髪を振り回す女性が十数人の生徒たちを追いかけまわすという地獄絵図が広がっていた。

 なにか光った気がして校舎を見ると、三階の廊下に誰かいるように見えた。そして、もしも陽太少年の視力を介して俺が認識したシルエットが正しければ、あれは……。

「なあ白雪ちゃん、この学校って映研あるのか?」

「希望すれば受けられると思いますけど……どうしたんです突然」

 と白雪ちゃんには珍しく謎回答が返ってくる。

「……ああ英検か! そうじゃなくて、映画を研究する部活って意味な。いや、大学じゃけっこうメジャーなサークル活動なんだけど」

「さ、さあ? 高校にあってもおかしくないなら、もしかするとあるかもしれませんが……なんでです?」

「いや……それならいいんだ」

「はぁ」

 遠目だったから自信はないが、もしかするとさっきの地獄絵図、けっこう本格的な撮影機材でしっかり記録が撮られていたかもしれん。

 仮に映画研究の部活があったとして、それだけの機材が揃えられるとするならば……この学校、俺の想像をはるかに超える日常を送っているのかもしれない。美術部だって、卒業生が伸縮リフト車で乗り込んできたわけだしな……。

「姫花、帰ったら優花嬢ちゃんに代わってくれないか?」

「う、うん……さすがに一度相談しなくちゃだよね……。私にもできるだけ早めに同じこと教えてね?」

「おう、任せろ」


 というわけで。

 一旦荷物を陽太少年の家に二人分運び込み、姫花の家にお邪魔した俺たちは、ソファで姫花に人格チェンジ。優花嬢ちゃんを呼びだし、ことのあらましを説明した。

「――つーわけなんだが……優花嬢ちゃん、どう見る?」

「そうですね、とりあえずもうちょっと情報収集しましょうか」

 言って、優花嬢ちゃんはスマホを開く。白楽学園、高等部、部活動、校外活動などのキーワードでネットやSNSから片っ端から検索をかけるとのことで、俺と白雪ちゃんも協力した。

 そして、でてきたのは――。

『白楽学園毎月Web新聞』

『白楽学園の高校生、またしても警察に貢献!』

『白楽学園に俺のホームラン捕られたんだけど超悔しい! 仲間を足場にして二メートル跳躍とかふざけんなよ#高校野球#県大会』

 ……やたら話題になってやがる。

「てかこの校内新聞やばいな。スポーツ面文化面は部活動のことだろうけど、社会面ってなんだよ。学校社会って毎月書くことあるのか?」

 優花嬢ちゃんも同じく学校ホームページを開いていたのか、記事内容を読み上げた。

「彼女持ちサッカー部部長、部費で他校女生徒と密会。清純派ダンス部エース、趣味は合コンか」

「ろくなニュースがないよ! というか生徒も生徒だけど新聞部どうやって調べたの!?」

「……あ、校内放送の番組表まであるぞ。毎日お昼に放送するみたいだな」

「待って『ふれあい動物ベイビー』って番組なに!? 『激録! 学園七不思議』ってなに!? まさか校内放送ってラジオじゃなくてテレビなの!? 収録してるの!?」

 フラッシュバックするのは、山本先生が生徒を追い回す現場。あれがランチタイムに放送されるのか……。

「この学校……いったいどうなってやがる……」

 これはとんでもないことになりそうだぞ……!

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