天野姫花 突入、白楽学園高等部!
竜太君の職場の同僚・高林月子さんに、私たちの人格同居現象を知られてしまった翌日。入学式を明日に控えた、白雪たち学生組の春休み最終日。
本来はお母さんが三人分の制服一式を回収してくるはずだったんだけど、私と竜太君の起こした歩道橋転落事故の一件でドタバタさせちゃったから、未回収状態なんだ。
だから私と竜太君も同伴して、これから優花ちゃんたちになりきって過ごさなきゃいけない学校の下見も兼ねよう、という話になったの。
「白雪ちゃんたちは、高等部に立ち入ったこととかあるのか?」
走る車の中、助手席に座る白雪に、運転席側の後部座席に座る竜太君が話しかける。
「高等部への進学試験で一度だけ。中等部と高等部は、敷地の都合で飛び地になっていて、交流イベントもないので、卒業した先輩方とは登下校以外じゃすれ違いもしませんでした」
「なるほどねぇ……」
「そういえば、竜太さんはどんな高校通ってたんです? 出身は群馬県でしたっけ」
「ああ、田舎の公立さ。近所の弁当屋から仕入れてくる日替わり弁当がめちゃくちゃウマくて、そればかり食ってたなぁ。あの弁当屋、学校休みの日に行ってもさ、学生証見せるとごはん大盛サービスしてくれるんだよ……元気してっかな、弁当屋のおばちゃん」
「それ高校じゃなくてお弁当屋さんの話じゃないですか!」
白雪のツッコミが冴える車内、竜太君は私の方を向く。
「そういや、姫花は公立だったんだよな」
「うん、私も公立だったよ。学食もあったけど、量が多いからお母さんにお弁当作ってもらってた。たまに自分でも作ってたけど。ねー」
「ふふ、そうだったわね」
運転していたお母さんが、懐かしげに相槌を打った。
「ちょっとねぇ、二人ともちゃんと勉強してたの?」
「「私立の学食ってどんなのがあるんだろ」」
「聞いちゃないよ! テストで優花ちゃんたちの足引っ張らないでよね!?」
え、定期テストの日って一日多くて三科目――都合三日間は半日で帰れるんじゃないの? てっきり私たちの出番はないとばかり……。
不安が募る私の隣で、竜太君はけろりとしていた。
「まあ……なんとかなるだろ。それより、あれが学校か?」
「うん、そうだよ! あ、二人とも陽太君と姫花ちゃんになりきってね」
フロントガラスの向こう、いかにもな校舎がどんと構えていた。よし、ゆ
車の速度が一気に落ちて、正門を通過。ご丁寧に『ポプラの木』と名札がかけられた並木道を進んでいく。
木々の隙間から見えるグラウンドに目をやると、高等部の制服を着た生徒十名近くが全員しゃがみこんでいるのが見えた。ちょっと遠くてなにやってるのかわからないけど、生徒それぞれの近くにバケツかな? みたいなものが見える。
「ねえ白雪、あの人たちなにしているのかしら? 潮干狩り部?」
「ほんとにそうならシュールすぎるよあれなんの練習!?」
「だから、海辺で潮干狩りをするイメトレでしょう」
「お願いだから発言内容も優花ちゃんに近づけて! でもホントなにやってんだろ……」
気になるけど、今は制服だよね。
並木道を進んだ先にある来客駐車場へ。車を降りるべくドアを開けると、私はうんと伸びをした。
「なんか、ほんとに学校って感じがするわね」
「先生や先輩方の前ではホント気をつけてね!?」
白雪も緊張しているのか、縋るように言ってくる。
「理不尽に耐え慣れてる感、だったな……よし。これから僕はうまく友達もできなくてあまり勉強もできないけど卒業式まで生き残れたらいいな」
「それはただネガティブなだけだよ! どっちか人格チェンジしたい!」
「わ、わかったわよ……」
生徒用昇降口のすぐ隣、職員・来客者用昇降口に向かい、学校のスリッパに履き替える。
窓口には用務員さんがいて、お母さんが用件を伝えて指示を受けていた。どうやらまっすぐ進んですぐの部屋に、新入生用の道具一式が用意されているらしい。
リノリウムの廊下をスリッパで叩き、進んでいく。
用務員室、1F倉庫A、給湯室、1F会議室。この辺りはたぶん、学生は入らないところだろう。続いてカウンセラー室、保健室、表示のない電気もついていない扉。
「ここなにかしらね」
「さあな。おれ――僕らには関係ないだろ」
「見事に陽太君の返しだね……」
一人称は危なかったけど、興味ないものにはとことん興味を示さないのが陽太君だ。
「コツがわかってきたかもしれない。案外行けそうだ」
竜太君は入学式前日というこの土壇場で手応えを感じているみたい。ぎゅっと握り拳を作って得意げな顔。しかし残念、振り返った白雪が次なる課題を指摘した。
「陽太君がそんないきいきとした表情を見せてくれるのは稀だよ」
「やっぱりよくわからんな陽太少年の感性はよお……!」
とか言っているうちに1F多目的室Aの前でお母さんが足を留めた。ここで制服一式が受け取れるらしい。
扉は開いていて、中には長机が三つ並んで制服やらスクールバッグやらを綺麗にまとめたものが五人分くらい置かれている。
「失礼しまーす……」
教卓の椅子に座り、猫背の姿勢で読書していた若い女性教師にお母さんが声をかけると、女性教師はゆっくりとした動きでこちらを向く。
肌は不健康に見えるほど白く、おでこの肌はすべすべで綺麗。前髪はオールバックで黒いカチューシャで留めているみたい。肩甲骨を覆うほどの黒髪が、不気味に揺れた。
「あ……ど、どうも……。新入生の、かたですか?」
あの、お電話が遠いみたいですが――と返したくなるような、昏く小さな声で言われる。
「は、ハイ……」
お母さんの返事に合わせて三人揃って会釈すると、若い女性教師もお辞儀を返してきた。
……やたらゆっくり、のっそりとしたお辞儀だった。
「わ、私……い、一年一組の担任をしています、
その妙な失速感はすぐに私たちにまで伝播して、私たちも「ど、どうも……」と呟きながらやたらゆっくりお辞儀をする。
「えと、お名前を……よろしいですか……」
「あ……私は天野白雪の母なんですが、こちらの神原陽太君と神原優花ちゃんのも受け取りたくてですね」
「天野さんと神原さんですね……では……こちらへ……」
なんだろう、この先生と喋っていると、妙に背筋がぞわぞわしてくる。特にホラーが苦手な白雪は、音を立てて息をのんでいた。
「ご、ご確認ください……。スクールバック、制服はこちらが夏服、こっちが冬服で、五月の衣替えまでは冬服を着ていただき――」
私と白雪、竜太君は、揃って山本先生の指示に従い確認を進める。
三人とも問題なく確認を終えて一安心。
――その油断が、隙を生んだ。
にゅっとした動きで山本先生が私と竜太君の前に立ち、寝不足にも思えるクマの濃い目をぎょろりと見開いて私たちを見比べた。
「あの……し、失礼なこと聞くけど――あなたたち、本当に神原陽太君と神原優花さん……?」
「「ひぇぇぇぇぇ!?」」
私と竜太君は、揃って情けない悲鳴を上げた。
――この人なんなの!? 超怖いんですけど!?
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