第13話 片瀬葉月

 私は普通の家庭で育った。料理好きの母に愉しい父。一人っ子の私。

 周りから見たら恵まれた家族に見えるのかもしれない。けれど両親はどこかぎこちない。話し方は丁寧だし決して怒らない、いつからか違和感があった。友人は私の家を「ドラマみたいに理想の家庭」と言った。

 友人の家はみんな違った。兄弟喧嘩や家族の愚痴、下品な会話で大笑いする。そんな周りの話を聞いているうちに、我が家のようにドラマみたいな家庭があるのかと疑うようになった。家族に少しくらいの不満や問題があるのが普通の家なんだと思っていた。

 私はあまり親に怒られた記憶がない。母親が教育について勉強したらしく、他の家に比べて怒らず教育出来たらしい。


「怒らないって変じゃない?」

 思い切って自分の想いを友人に話した。今まで誰にも言えなかったけれど高校生になって初めて本音を話せる親友が出来たから。きっと解ってくれると思った。しかし予想は裏切られた。


「それは嫌味?」

 親友の第一声だった。

「私ね、昔お兄ちゃんがいたんだ。私が小さい時に死んじゃったの、お兄ちゃんの誕生日に。誕生日が命日だなんて悲しすぎる。時々お母さんは私にひどく八つ当たりをする。多分娘より息子のほうが可愛いんじゃないかって思う。でも肯定されると怖いから私からは何も言わないし聞かない。それを含めて私はお兄ちゃんのことを一生忘れない。こういうのがお望みなの? 葉月は贅沢だよ、自分がどれだけ恵まれているか解っていない」

 親友は泣きそうだった。私はなんてひどいことを言ってしまったんだろう。親友の心にはずっと亡き兄がいたのだ。そして家族への葛藤。それをこんな形で告白させてしまった。

 親友に、しばらく会いたくないと言われた。初めての親友だったのに、どうしたらいいか解らなくなった。

 私は贖罪しょくざいのつもりなのか、明るく振る舞うようになった。恵まれた家庭にいるのだから、明るく過ごさなくては。何となく大学に進学して、中身が空っぽなまま明るい振る舞いを続けた。


 二十歳を過ぎたら両親と話をしよう、ずっとそう思っていたけれどなかなか決心がつかない。

 私は思い切って両親と話した。ずっと疑問だった。どうしてうちはよそよそしいの?

 両親は少し驚いて顔を見合わせたけれどすぐに納得したような表情になった。いつかは聞かれると思っていたのだろうか。言葉を発したのは父親だった。

「葉月には本当は弟がいたんだ」

 親友の告白を思い出す。

 父の話によると私が二歳の頃、弟が生まれた。死産だった。母の哀しみが大変大きかったので、私まで引きずらないよう私に伝えない選択をした。

 両親は今でも弟の月命日を欠かさない。そして私には事実を隠して私に愛情を注ぐことに決めた。ふとした拍子で感情が爆発するといけないので、必要以上に感情が起伏しないように過ごしてきたと。


「私たちの都合だった……自分たちの感情が波立たないように、そう思っていた。葉月には窮屈な思いをさせていたんだね、すまなかった」

 父も母も下を向いていた。私は驚かなかった。親友の告白を聞いていたからだろうか。それとも親友と同じだったから贖罪が終わると思ったのか。

「弟の月命日、私も参加するよ」

 最初に出た言葉だった。何も考えずに本音で出てきた言葉だった。

「命日は六月十五日、明日よ」


 え……? 六月? 今十月じゃなかったの? 一人で整理して考えたかったので「じゃあ明日ね」と言って自分の部屋へ行った。

 スマホを見たら二〇二〇年六月だった。

 部屋の中はいつも通りだった。いつ戻ってきたんだろう。両親と話せたのは何故? マスターに聞かれて喫茶店にワープするまでに起こったことを思い出していたら戻れたってこと?

 机の上にカードがあった。喫茶店でお客に渡していたカード。

【仕事は終わりだ、助けてくれてありがとう。お礼に一つだけ手助けをするよ。私も成仏出来そうだよ】

 マスターからだった。本当に戻ったんだ……。

 嬉しいはずなのに、なんだかすっきりしない。私はスマホで【青森県 喫茶】で検索をしてみた。出てくる喫茶店はみんな店名があるお店ばかりだ。そりゃそうだろう。あの喫茶店らしきお店は出てこなかった。


 リビングに行くと両親が弟の位牌を出していた。今まで私に見つからないように供養していたのかと思うと心が痛んだ。

「今まで知らなくてごめんね、お姉ちゃんだよ」

 部屋に戻るとカードがなくなっていた。夢だったのかな?

 これが私の忘れられない記憶と体験。三年前の話。



―現在―


 あれから私は大学を卒業して地元の企業に就職をした。毎月企画を考えて便利な商品を考えている。ボツになる方が多いので毎月幾つも考える。いい加減ネタも尽きる。息抜きに深夜の音楽番組を見るのが日課になっていた。SNSでバズったバンドが紹介されていた。


「青森県の大学生で結成されたバンド、〇〇(バンド名)です。ギターの藤沢拓也さんにコメントを貰いました」

 聞き覚えのある名前が聞こえた。藤沢くんだ。色白でやせ型、相変わらず前髪が長かった。身長は伸びたみたい。テレビに知っている顔が映った高揚感と、空白の三年間を埋めるように色々と思い出した。藤沢くんがコメントする。

「自分には会いたいお姉さんがいます。片瀬さん見てますか? 自分もっと頑張ります」

 藤沢くんは笑顔だった。笑顔を初めて見た、何ヶ月も一緒にいたのに。周りのバンドメンバーも笑顔だった。画面越しでも伝わる彼らの生命力。

「GWにライブをやるので告知をさせて下さい」

 藤沢くんがライブの日程を読み上げた。字幕でも出た。私はすぐにバンド名と日付をメモした。

 GW、青森に旅行に行こう。自然とそう思った。藤沢くんのライブに行こう。

 お姉さんか……二人目の弟みたいだ。

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ちょっと青森まで 青山えむ @seenaemu

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