第12話 親3
十七時になり、午後の営業を再開した。札をオープンにするとすぐに藤沢父が来店した。近くでずっと待っていたのかな。マスターが、藤沢父の前に姿を現す。
「親父……?」
「すまなかった、私は本当に自分勝手だった。いつも怒鳴り散らかし家族に緊張を与えていた。私のせいで安らぐ時がなかっただろう。お前には同じ道を歩んでほしくない」
藤沢父は事情が呑み込めないといった感じだった。それはそうだろう。死んだお父さんが少し歳をとった姿で現れるなんて普通ならありえない。けれども藤沢父の表情はどんどん険しくなっていった。
「何を今さら……俺の人生を返してくれ」
感動の再会を勝手に想像していた私には予想外の展開だった。そうか、この二人の間にはずっと憎しみが渦巻いていたんだ。相手が死んだあとも憎しみは残るんだ。なんて哀しくて恐ろしい。
藤沢父はマスターに向かって罵声を浴びせ続けた。生きている時はきっと言えなかったんだ、相手が親だから。けれども藤沢父だって藤沢くんに同じことをしてきたのではないか? 考えたらむかついてきたので割って入ろうかと思った。
「もうやめよう! 父さん、僕も父さんを憎むのをやめるよ! ここで終わらせよう。父さんのやっていることは暴力なんだって」
藤沢くんが藤沢父に向かって叫んだ。一歩遅かったら私が口出しをしてもっと混乱していたかもしれない。危なかった。
「何を言っている、私がいつ手を上げた! 嘘を言うんじゃない」
「嘘ではありません。怒鳴ることも暴力です。精神を追い詰めるとやがて体にも不調をきたします。拳を振り上げなくても暴力です、あなたのやっている事は暴力です」
私は極力落ち着いて言った。第三者が言った方がマシだと思って口を挟んだ。
「そんな……今さらそんな……」
藤沢父は
「料理に関わりたいと言っていましたね。どうしてですか」
「妻が出て行って自分で料理をしたんです。初めてなもので何をどうしたらいいのか解らない。本を買っても専門用語が解らない。食材の残り具合を見ても何を幾つ買ったらいいかも解らない。今までずっと妻が一人でやってきたんです。それを私は……野菜を腐らせて捨てている妻を怒り、食材が足りなければ怒っていました」
「そりゃ奥さん、腹立つわ。逆だったらどう? 殴りかかってたんじゃない?」
腹が立ってきたので敬語を使うのを忘れてしまった。
「そんな! 私は殴るなんて絶対にしません」
「言葉の暴力は許されると思っていましたか?」
「私だって親父の言葉の暴力に耐えてきた……」
藤沢父は必死で言い訳を探しているように見えた。何を言っても逆効果だというのが解らないのだろうか。
「自分が耐えたから他人も耐えなくてはいけないの? 自分がされて嫌だったこと、どうして繰り返すの? 事実あなたは父親が死んでも許してないじゃないの。死んでも許せないことを他人に、しかも奥さんにしてもいいの?」
「もうやめてよ! 父さんは反省してるよ」
藤沢くんが泣きそうな顔で言ってきた。
「駄目よ、一時の感情で反省しても駄目なのよ」
もう引けない。藤沢くん、あなたの未来のために私は憎まれても構わない。私は藤沢父の目を見た。
「あなたは全てを周りのせいにしている。自分の意思で結婚をして子供に恵まれたんでしょう? 自分で選択したことよ、いい年をして恥を知るべきだわ」
藤沢父はもう言い返してこなかった。下を向いたまま落ち込んでいるように見えた。しばしの沈黙のあと言葉を発した。
「恥をかこうと思った。自分に足りないのはそれではないかと思っていました。恥をかきそうだと思ったことからはずっと逃げてきたからです。それを怒ってごまかしていた。本当に恥ずかしいです、自分はずっと恥をかいていたんです。それを認めようとしなかった。恥の上塗りです。自分と向き合う、それが必要だったんです。お陰で気付けました。私一人なら気づけなかった」
藤沢父は泣きそうに見えた。やっと本音を言ってくれた。私たちは黙って聞いていた。
「片瀬さん、父さんをもういじめないで……」
藤沢くんが泣きながら藤沢父の元へ近づいた。
「いいの? ずっと辛い思いをさせられてきたんでしょ?」
私はわざとそう言い、藤沢父を見た。下を向いたままだった。
「可哀想な父さんを見るのはもっと辛いよ」
可哀想、この人はずっと可哀想だった。自分では気づかず周りが気付いても放置する。それは「何を言っても無駄」だと思われている人物だから。
本人はそれに一切気づくことなく自身は「何を言っても許される」と勘違いをしている。やがてエスカレートして悲劇に繋がる。負の連鎖は止まらない。誰かが止めるまでは。
「私は今まで……何ということを……妻は許してくれるだろうか」
藤沢父も泣いていた。
「母さんには僕も一緒に話をするよ、二人で迎えに行こう」
私とマスターに挨拶をして藤沢親子は帰って行った。恐らく店を出たら彼らは現代に戻っている。聞いたわけじゃないけれどそう思った。
「さて、次は片瀬くんの番だね」
マスターが私を見てゆっくりと言った。私の番? どういうことだろう。
「何があったんだい?」
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